最終話

 ――〈真理の番人〉による侯爵邸の襲撃事件から三日が経過した。


「マルク君が絶体絶命の正にそのとき……さっと駆け付けた私が大精霊ヒュドラの尾へと剣を突き立てて、こう言ってやったのさ。『デカブツ……君の敵はこっちだよ』ってね!」


 冒険者ギルドの中央で、ギルベインさんが鞘の付いた剣を大仰な動きで振るいながら、大声でそう話していた。

 他の冒険者達は、半信半疑の顔でギルベインさんを眺めている。


「……ねぇ、あいつ、あんなこと言ってるけど」


 ロゼッタさんが、呆れた顔で僕へと言った。


「ええ! あのときのギルベインさん、凄く格好よかったです!」


『記憶を捏造されるな』


 ネロが触手で、軽く僕の頭をぺしっと叩いた。


『まぁ……ギルベインの奴も、それなりに頑張っておったことには間違いないがな。我の契約者であるマルクには遠く及ばんが』


 ネロが自信満々にそう言いながら、尾を左右へと振った。



 ――崩落した侯爵邸から脱出した際、タルマン侯爵様はティアナ様を庇って重傷を負ったが……館近くまで来ていた教会魔術師のお姉さんのお陰で、どうにか一命を取り留めた。

 タルマン侯爵様は通常であれば助からない重症であったそうだが、教会魔術師のお姉さんはマナ共振という、他者のマナを利用して魔法を行使できる技術を有していた。

 僕を介してネロの強大なマナをお姉さんに託すことで、死の淵に遭ったタルマン侯爵様を強引に蘇生することができた。


 あの事件で〈真理の番人〉の構成員であったティアナ様の叔父であるトーマスが死に……ゼータ、黒武者は館で倒れていたところを私兵に助け出され、そのまま捕縛されている。

 館の崩落に巻き込まれた頭目のヨハンだが、彼は後日、瓦礫に潰された姿で発見されたようだ。

 できれば僕達が捕まえられればよかったのだが、あのときの僕達にその余力はなかった。


 ヨハンは他領の権力者から支援や指示を受けていた線が強いらしいが、彼が死んだことでその辺りの調べようがなくなってしまったそうだ。

 身元についても不明のようだ。

 彼はどこで、誰から精霊の知識を教わっていたのか。

 大精霊ヒュドラと契約し、王家でさえ忘れてしまった大精霊ネロディアスを知っており、トーマスを出し抜いて生贄にできるだけの高度な精霊契約を行うことができた。

 只者ではないはずだが……というのが、ネロの見解であった。


 騒動の最中で姿を晦ましていた〈静寂の風ダルク〉だが、事件の翌日に崩落した侯爵邸跡に訪れていたらしく、彼も呆気なく捕縛されることになった。

 最初は持ち前の風魔法で私兵相手に派手に暴れていたようだが、主であるヨハンの死を聞くとその場で泣き崩れ、その後はほとんど無抵抗であったらしい。



「ねぇ、ネロ。ヨハンは何をしたかったのかな? あの子の見えていた、真理の精霊って……」


『王国を牛耳り、その潤沢な資源を用いて何かしらの危なっかしい大精霊を現界に呼び込み、それを王座へと添えようとしておったのだろう。真理の精霊についてはわからん。あの童がただ己の妄想に縋っておったのか……童に目を付けた悪しき大精霊がおったのか。或いは、その両方かもしれんな』


「そっか……」


 ヨハンはきっと……心の底から、自分こそが世界を救えるはずだ、そうしなければならないと信じていたのだろう。

 できれば彼も、あの館から救い出してあげたかった。


「ちょっと、マルク! ギルベインの奴を止めてよ。あなたが訂正しないもんだから、あいつ好き勝手に調子に乗ってるわよ」


 ロゼッタさんが肘で僕の身体をつつく。

 顔を上げると、まだギルベインさんが話を続けていた。


「それで私はヒュドラの魔法毒を逆に利用して、相手を自滅させてやったのさ。まぁ、この〈黄金剣のギルベイン〉がいなかったら、もうこの領地は三回くらい滅んでいただろうね、うん」


『もう丸々大嘘ではないか』


 ネロがギルベインさんを睨みつける。


「あの人……戦ってるところ見たことないけど、本当に強かったのか……!」


 信じ始める人も出てきていた。


「天地がひっくり返ってもあいつがそんなことできるわけないでしょ……」


 ロゼッタさんがゴミを見る目をギルベインさんへと向けた。


「今日くらい、手放しに誉めて上げてください。ギルベインさん、本当に命懸けで館の中を駆け回ってくれていたんですよ。あの人がいなかったら、僕もティアナ様も、タルマン侯爵様も生きてはいませんでした」


「マルク……あなた、大人ねぇ……。ごめんなさいね、ギルベインがあんなので……もう、本当に」


「ロゼッタ、どうかな? 私はこんなに強くなったんだけれど! 頭を下げてどうしてもと頼むのならば、この地でまた一緒にパーティを組んであげても……!」


「ちょっと見直し掛けていたけれど、あなたのみみっちさを再認識したので結構よ。それに、何度も言ったけど、私は一つの地に留まるつもりはないの。王国中を見て回りたいの」


「うぐぅ……」


 ギルベインさんががっくりと項垂れる。


『……まさかギルベイン、あの大法螺話でロゼッタの気を引いておるつもりだったのか?』


 ネロの心無い追撃を受けて、ギルベインさんの頭の位置が更にがくっと下がった。


「止めてあげて、ネロ……。ギ、ギルベインさん、そろそろ侯爵様の別邸に行きましょうよ、ね?」


 僕の言葉を受けて、ギルベインさんがぐいっと頭を跳ね上げさせた。


「そ、そうだね、マルク君! なにせ僕達は侯爵様の大恩人にして、この都市ベインブルクの英雄として、彼の別邸に招かれることになったんだからね! この都市ベインブルクの英雄として!」


 ギルベインさんは周囲へアピールするように大声で言った後に、ちらりとロゼッタさんへ目を向けた。


「侯爵様には既に会ったでしょうけれど、とんでもなく気難しい人だって話だから気を付けなさいよ、マルク。特にギルベインの馬鹿が粗相をして、巻き添え食わないように注意しなさい」


「……そんなに私に冷たくしなくてもいいと思うんだけどなぁ」


「言動を改めてから言いなさい。まぁ……あなたなりに頑張ったってことだけは嘘じゃなさそうだから、それについては認めておいてあげるわ。あなたのことは臆病な見栄っ張りだとしか思っていなかったけれど、前者の方はちょっとはマシにはなったみたいね」


 ロゼッタさんはギルベインさんから顔を逸らし、気恥ずかしげにそう口にした。


「マルク君! ロゼッタが、あのロゼッタが私を褒めたぞ! いやぁ、フフフ、これは雹か氷柱でも降ってくるぞ!」


 ギルベインさんが僕の手を取った。


「お、おめでとうございます……?」


「そっ、そんな大喜びする程は褒めてないでしょ!? もう……とっとと行きなさいよ! 侯爵様に呼ばれているんでしょ!」


 ロゼッタさんがギルベインさんへとそう怒鳴った。





「礼を言わせてもらおう、マルク、ギルベイン。お前達の活躍がなければ、吾輩の命はなかった。いや、この領地そのものが悪しき輩に乗っ取られておったかもしれん。侯爵邸こそ崩落したが、死傷者もほとんど出なかった」


 別邸に招かれた僕とネロ、そしてギルベインさんは、二人並んでタルマン侯爵様の前に立っていた。

 タルマン侯爵様の横にはティアナ様の姿もあった。

 直接助けられた身であるため、彼女も面と向かって礼を口にしておきたい、ということらしい。


「深く感謝しております、御二方。マルク、あなたには廃村の教会では失礼を口にしました。改めてそのことを謝罪させていただきます。今でしたら……心から、そう言葉にできます」


 ティアナ様は、そう口にして僕へと頭を下げた。


 廃村の教会……。

 僕が〈不滅の土塊ゼータ〉を倒して、彼女を救出したときのことだ。


『言い方を選ばなかったのはごめんなさい。でも、自分の感情を偽りたくはないの。それをしてしまったら、本当に私は『ただの人形』になってしまうから』


 あのときのティアナ様はそう口にしていた。

 だが、ティアナ様は本当は父親から愛されていたとあの侯爵邸での事件で知ることができて、親子の確執が解けたのだろう。


 きっとタルマン侯爵様からの扱いは『政治の道具』から変わりはしないのかもしれない。

 ただ、それでも、母タリア様の死の真相と、父から愛されていたことを知って、少しは前向きになれたのかもしれない。

 以前のティアナ様ならば、きっとタルマン侯爵を背負って崩れる侯爵邸から親子揃って生還したいなんて、きっと考えなかったはずだ。


「……フン、お前が吾輩の言葉に刃向かい、領地を危険に晒したことは水に流しておいてやる。しかし、忘れるなよ。力を持つ者には責任が伴うのだ。もし甥のトーマスが〈真理の番人〉と共にこの侯爵領を乗っ取っておったら、王国中に災禍が広がり……何十万人が死ぬ事態になっておったかもしれぬ。それは目前の一人を救うことよりも遥かに意味のあることだ」


 タルマン侯爵様は冷たい目で僕を睨んだ。


「は、はい、タルマン侯爵様……」


『あまり気にするな、マルク。この男は潔癖症なのだろう。露悪的に振る舞わねば、気が済まんのだろう。最初からそちを処断するつもりなどなかったはずである』


 ネロが目を細めてそう口にした。


「なっ!」


 タルマン侯爵様が表情を歪める。


「ネ、ネロ! よくないよ! 侯爵様に!」


『我は気付いておったわい。侯爵邸でマルクに対して、そこの娘に対して行ったことを、悪党振って話しておったところからな。自分を見限って、娘を助けてくれと言っておるようにしか聞こえんかったわ』


「ぬぐっ……! そ、そのようなことはない! で、出鱈目を抜かすな、精霊!」


 タルマン侯爵様が、取り乱したように手をバタバタと動かす。


「わ、吾輩は、真面目な話しておるのだ! と、とにかくだ、マルクよ! お前が今のまま甘い考えでおれば、いずれ大きな過ちを起こすことになるぞ。強さとは、物事を決める力でもある。お前の大きな力は、いずれお前に相応の決断を迫ることになる」


『目前の情だけに囚われてもいかん、命を数だけで計算するようになってもいかん……ということであるな。極端に傾けば、あのヨハンのようになってしまうかもしれんぞ。奴の掲げていたような、常に正しい絶対の真理などあるわけがないのだ』


「ま、まぁ、契約精霊がわかっておるのならば、よいか……」


『もっとも、タルマン。そちは後者に傾いているように思うがな。ニンゲンは道具やシステムではない。個人を尊重することを忘れれば、それもまた大きな災いを招くことになるであろう。妥協を覚えることであるな。他者に対しても、自己に対しても』


「ネ、ネロ! その辺りに……ね?」


 僕はネロの背に手を添えた。


「黙って説教聞いてれば名誉と報酬が手に入るんだから、静かにしておいてくれ! こ、侯爵様の機嫌を損ねたら、英雄から豚箱コースだよネロ君!」


 ギルベインさんはネロの肩を引っ掴もうとして、触手で弾かれていた。


『馴れ馴れしく呼ぶでないと言っておるであろうがギルベイン!』


「……随分と聡明な精霊を得たようだな。……ああ、事前に言うことを決めておったというのに、どうにも調子が狂う」


 タルマン侯爵様は気まずげに頭を掻く。


「して……そちらに褒美を取らせたいと考えておるのだが……」


 ここだ……!

 僕は尻込みしそうになる気持ちを抑えて、覚悟を決める。

 ティアナ様を救うためには、きっとこの方法しかない。

 とにかく切り出して、自分の退路を断たなければ。


「あの……侯爵様! 僕から一つ、お願いがあります!」


「欲しいものがあるのか? 無欲そうに見えて、意外なものだ。申してみよ。吾輩の権限の及ぶ範囲であれば……」


「えっと、あの、その……!」


 ……切り出しては見たものの、言葉が上手く纏まらない。

 だが、このまま言い淀んでいるわけにもいかない。

 僕は勢いのままに言葉を吐き出した。


「娘さんを、僕にください!」


 僕はばっと頭を下げ、タルマン侯爵様へとそう口にした。


 タルマン侯爵様は目を見開き、大口を開け、信じられないものを見る目で僕を見ていた。

 ギルベインさんも蒼白した顔で頭を抱えている。

 ネロも触手がぶわっと逆立っていた。


「すす、すみません、侯爵様! この子、その、物の道理がわかっていないところがありまして! いえ、すみません! 本当!」


 ギルベインさんが僕を庇うように肩を抱き、タルマン侯爵様へとペコペコと頭を下げる。


「えっ、え、え……え!? わ、私を……? ど、どうして……なんで!? えっと、その、あの……!」


 ティアナ様は顔を真っ赤にして、落ち着きなく慌てふためていた。

 人形姫と呼ばれていた頃の面影はそこにはない。


「む、むむむ、娘はやらぁーん!」


 タルマン侯爵様も錯乱している様子で、顔を真っ赤にしてそう叫んだ。


『それはこっちの台詞である! こんな冷血女にマルクはやらぁーん!』


 何故かネロがそこへ応戦する。

 タルマン侯爵様に顔を突き合わせて、そう吠えた。


「ご、ごめんなさい、こういうとき、なんて答えたらいいのかわからなくって。えっと、あの、その、気持ちは嬉しいけれど、身分の差があるし……難しいし……そ、それにあの! 私達、お互いのことをまだ何も知らないし、こういうことにはその、順序が……!」


 ティアナ様がしどろもどろになってそう口にする。


 僕はティアナ様へと、そっと手を差し伸べた。


「ティアナ様!」


「ひゃいっ!」


 ティアナ様はびくっと肩を震わせる。


「僕はずっと、とある村の小屋の中で暮らしてきました。僕もティアナ様のように、生まれてきた意味があったのかなって、そう悩んだときもありました。でも、ネロに出会えて、外に出て……色んな場所や人、物や考え方があるんだって知って……今、僕はとっても幸せです。だから……ティアナ様にも、僕の旅について来て欲しいんです!」


『な……なるほど、そういうことか』


 ネロが逆立てていた触手をしなりと下ろす。


「お、驚かせおって……。ど、どちらにせよ認められるわけがなかろうが! 第三子とはいえ、吾輩の……タルナート侯爵家の娘であるぞ! 世間がどう思う? まともに嫁入りできんようになるわい! そもそも若い冒険者の旅に付き合わせるなど、そんな危険なことを……!」


 タルマン侯爵様は汗の噴き出した額を拭いながら、口早にそう言った。


「しかし、侯爵様の第二子は冒険者として旅をして、見識を広げておられると……」


「あいつは男である! それに成人の議を既に迎えておるし、剣の指南も受けておるわ! 娘が冒険者として旅など、タルナート侯爵家は貴族間の笑いものになるわい!」


 口を挟んだギルベインさんを、タルマン侯爵様が怒鳴りつける。


「はぁ、はぁ……傑物だとは思っておったが、さすがに歳相応か。世の中を知らなすぎる。マルク、お前に大恩がなければ、今すぐにでも牢にぶち込んでおったぞ。お前は余程旅に救われたのだろうが、だからといって誰しもが同じ方法で救われるとは思わんことだ。別のものを願え」


「す、すみません、タルマン侯爵様……」


 僕はタルマン侯爵様へと頭を下げた。


『いや、どうであろうな。本当に侯爵家に残しておくことが、侯爵家やその娘にとっていいことだとでも?』


 僕が引こうとしたとき、ネロが口を挟んだ。


「なんだと?」


『タルマン、そちはこう口にしておったな。ティアナの力はタルナート侯爵家では持て余す、どこぞに誘拐されて利用されるくらいならば命を落としてしまった方がよい……と』


「ふん、それがどうしたというのだ。言葉を撤回せよと? 吾輩の言葉は覆しようのない事実だ。間違ったその場しのぎのまやかしや慰めは、より残酷な悲劇を招くだけだ。子供のお守りをしておる精霊にはわからんか」


『そうであれば、凶悪なテロリストである〈真理の番人〉をほぼ一人で退け……大精霊ヒュドラを撃退したマルクの傍に置くことこそ、その娘にとって最も安全な道だとは思わんか? 冒険者として力を付け、マナの扱いを学んでいけば、いずれは自身の身くらいは守れるようになるであろう』


「ぬ、ぬぐ……! し、しかし……!」


 タルマン侯爵様が下唇を噛む。


『〈真理の番人〉が揃って襲撃してくれば、侯爵邸など一溜まりもなかったではないか。連中があれだけ固執しておったのだ。別の団体が目を付けてもおかしくはないぞ? そのときそちは侯爵家と娘を守ることができるのか?』


「だが……だが、体面というものがある! タルナート侯爵家の家名は、そんな私情で蔑ろにしてよいものではないのだ! 我が家が権威を保つことこそ、この王国の安寧の一端に繋がる!」


『タルマン、マルクの同行人にティアナを付ければ、ティアナの身の無事は保障される……テロリストの手にティアナのマナが渡る心配もない。そちもティアナの処遇に頭を悩ませる必要はなくなり、ティアナ自身も政治の道具としてではなく、一人の人間として生きられるのだ。家のため、王国のため……さぞ立派なことだが、極端は視野を狭めて歪みを生むぞ。ここが妥協点だとは思わんか?』


「そ、そう言われても……こんな……」


 ネロの調子に、タルマン侯爵様が圧され始めて来た。


『それに、体面ならば用意してやれるぞ。何せ王家と盟約を結んだ大精霊ネロディアスが、契約者を見つけて王国の視察を行っておるのだ。教養のある案内人くらいは付けてもらわねばな。タルマン、これはそちらにとっても大変名誉あることであるはずだが』


「なっ、なっ……!」


 タルマン侯爵様が大きく仰け反る。


 す、凄い……。

 あんなに交渉の余地が一片もないように窺えたのに、あっという間にそれを覆した。


『フン、驚いたようであるな。この姿は仮初のに過ぎん。我が正体は大精霊ネロディアス、ヒュドラなどとは格の違う存在よ』


「……ネロディアスとはなんだ?」


 タルマン侯爵様の言葉に、ネロががぐっと肩を落とした。


『き、記録でも漁ってみよ! 大貴族なのだから、過去の文献があるであろうが! マルクの精霊紋と照らし合わせれば、それらしいものが見つかるはずである! それらしいものが!』


 ネロが必死にそう口にする。


「確かにそうでもなければ、ただの一少年が大精霊ヒュドラを撃退できたとは思えんが……。しかし、過去の文献はまた調べてみるとして、一番肝心な問題があるであろう」


 タルマン侯爵様が、ティアナ様へと顔を向ける。


「わ、私……ですか? しかし私のことは今まで、全て父様が……」


 タルマン侯爵様は、黙ったままティアナ様の顔を見る。

 ティアナ様は目を閉じて少しの間逡巡した素振りを見せた後、大きく目を開いた。


「……父様、私、この侯爵家の、外の世界を見てみたいです」


「……そうか、では、そうするがいい。今回に限っては、吾輩は止めはせん。だが、侯爵家の名に傷が付かんように……大精霊ネロディアスについて文献を当たり、王家に連絡を入れ……正当な建前を得られてから、である」


 タルマン侯爵様は深く息を吐くと、重々しくそう口にした。

 どこか寂しげな、そして憑き物が晴れたような、そんな顔をしていた。


「やった……! ティアナ様、これからよろしくお願いいたします!」


 僕はティアナ様の手を取る。


「……ありがとう、マルク。それに……大精霊様」


 ティアナ様が足許のネロへと顔を向ける。


『そちのためではないわい! マルクのためである!』


 ネロがぷぃっと、ティアナ様から顔を背ける。

 それからトコトコと僕の背後へと回り、触手を身体へと回してきた。


「ネロ?」


『マ、マルクは我の契約者であるからな! そちにはやらんぞ!』


 マルクが威嚇するように唸り声を上げる。


「べっ、別に、そういうつもりはないわよ!」


 ティアナ様が顔を赤くして叫ぶ。

 その様子に、僕の口から笑みが零れた。


「侯爵様の許可が下りたら、色んなところを見て回りましょう!」


「色んなところって……?」


「僕も外は詳しくありませんから……。でも、不安になる必要はありませんよ!」


 僕は掴んだままのティアナ様の手を引いて、窓へと向かった。

 そこからティアナ様と二人で一緒に首を出す。



「ほら、見てください! 世界ってこんなに綺麗じゃないですか! 僕、行ってみたい場所なんていくらでもあります! 行き先に困ることなんてありませんよ!」



 広がる都市ベインブルクの街並み。


 その先には広大な草原が広がっていて、森に、その果てには海が見える。


 水平線の上には、どこまでも、どこまでも、終わりない蒼空が広がっていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――

「大精霊の契約者」、完結いたしました!

 最後まで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました!


 本作品が面白かったと思っていただけましたら、ページ下部の【☆☆☆】から評価を行って応援をしていただけると、とても嬉しいです!

 今後の活動の励みになります!(2022/1/14)

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大精霊の契約者~邪神の供物、最強の冒険者へ至る~ 猫子 @necoco0531

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