カーリング男子日本代表北京五輪予選敗退を観て、FCバルセロナとSC軽井沢を思う

幼卒DQN

第1話  男子はいったん屈んで

 往事の。それは2008年から。

 ペップ政権のバルサはボールを保持し続けるために、ロングカウンターを封印した。自陣から長いボールを蹴って一気にゴールを狙う……そんなプレーをしなかった。そして成功確率の高いプレーにこだわった。

 成功確率の高いプレー。ショートパスだ。


 ショートパスでボールを一方的に保持し続けながら勝利する芸術的なフットボールで世界を席巻した。パスを小気味いいリズムで繋いで繋いで……。時計の針の音になぞらえ、そんなプレーはスペインでチクタクティキタカと呼ばれ愛される。


 だが、ゴール方向ではなく横や後ろにボールが動き、攻撃に時間が掛かり、相手はがっちり守備陣形を整えてしまう。

 だから当時のバルサは前のめりになって攻撃する必要があった。大半の選手が相手陣に入る。

 そうするとカウンターを受けやすくなる。しかしバルサは全員が優れた技術を保持することでそもそもボールを奪われないようにして、守備の時間を減らした。


 リスキー。だが、危うく、自己陶酔的で、冒険的で、恐れ知らずで、無邪気で、美しい。


 美と強さを兼ね備えるフットボール。世界中から名手をかき集め、生まれた。



 現在バルサはかつての栄華に酔った挙げ句、会長の放漫な経営と世論操作、そして逮捕ののち、コロナ禍の追い打ち、借金苦に喘いでいる。老朽化した選手の代わりが欲しくとも選手獲得ままならず、メッシの給料を捻出できず、それでもリスキーなフットボールにこだわり、拘泥して、勝ったり負けたり。


 選手のレベルが落ちたのに、リスキーな戦術を続けたらどうなる?


 勝てそうもない強豪相手に、今年のバルサは守備を固めてロングカウンターを狙った。するとサポーターから不満が出た。ペップが定義したバルサのサッカーが、完全に固着している。


 

 カーリングの話に移ろう。

 かつて、日本でダントツで強い男子チームがあった。

 SC軽井沢クラブ。

 山口剛史、清水徹郎、両角友佑、両角公佑らの優れた選手を擁し、日本選手権を8勝した。


 クラブが発足した2005年当時、カーリングは北海道や長野のローカルスポーツ。

 司令塔スキップ両角友佑はカーリングを人々に知ってもらうにはただ勝つだけではダメだと考えた。

 人を感動させるようなプレーで勝たねばならない、と。


 そして数学にける期待値ではなく、得られる見返りを重視したプレーを選択した。

 端的に言えば『失敗するリスクが高く、しかし成功すれば高得点を得られるプレー』。ハイリスクハイリターン。


 それは期待値がぐっと下がる、険阻な道のりだ。


 サッカーとカーリングには共通点がある。

 思った通りのプレーをすることが非常に難しい。

 サッカーはほぼ足のみでボールを扱う。足で体を支え時に移動しながら同時にボールも動かすのは困難だ。そもそも足は手ほど器用に動かない。

 カーリングは40mほど先に氷を投じる。そしてセンチメートル単位の精度を求められる。そこまで精緻だと氷の状況も読まねばならず、しかもそれはどんどん変化する。


 2つのスポーツに共通するのは、失敗の可能性が非常に高いことだ。となればリスクマネジメントが必須。


 SC軽井沢は優位に立っている時でも、困難なプレーを選んで、逆転を許した。致命的な失敗を犯した。幾度も自滅した。

 易しいプレーを選択すれば勝てる試合が数多くあった。


 もはやそれは両角友佑の意地だった。その、えて道なき道を行くプレーに魅せられた人も確かにいた。だが、そもそもカーリングには知名度がない。

 それに気づく人はごく少数だった。

 カーリングの面白さを日本人に知ってもらいたい。カーラーに共通する夢。両角はプレイスタイルを変えなかった。


 それでもなお、日本国内においては強かった。世界に出ても勝負になった。2018年ついに五輪に挑む。だが、五輪に出るような強豪に一つミスを犯すと取り返しが付かない。日本は、8位に沈んだ。


 SC軽井沢とバルサは似ていた。敢えて困難な選択をして、観衆を魅了する。だが、一旦不利になるとどこまでも転げ落ちていく。


 技術は負けていない。それなのに。

 

 おそらく、そんな負け方をすることに、耐えられなかった。SC軽井沢から清水徹郎が離れた。両角兄弟も。チーム解散。

 清水は当時カーリングに力を入れようとしていたコンサドーレへ。強力な後ろ盾を得た。



 誰よりも両角が描いていた夢は、図らずもカーリング女子によって叶えられた。

 ロコ・ソラーレだ。


 ロコは銅メダルを獲得。時の人になり、カーリングは注目され、主要な大会はTV中継されるようになった。


 両角友佑は以前よりレベルの落ちるメンバーを長野に呼び寄せチームを組んだ。

 それに伴いプレイスタイルも変化。期待値の高い、リスクマネジメントの利いたプレーを選択するようになった。


 結果論で言えば、SC軽井沢時代からこれで行くべきだった。

 でも、あの向こう見ずなスタイルはきっとファンの脳裏に焼き付いている。


 山口の氷を掃く力スイープと両角の氷を読む力アイスリーディング、清水のテイク打ち出すショットは日本を代表するもので、コンサドーレは日本では優れているもののかつてのSC軽井沢の力には及ばない。

 SC軽井沢に残った山口は新たなメンバーとチームを組む。だが、彼らの力はまだまだ。


 いいこともある。以前より国内の試合は見応えのある試合が増えた。SC軽井沢の優秀な選手が分散しカーリングの裾野が広がり……常呂ジュニアのような新勢力も台頭。


 北京五輪最終予選、コンサドーレは出場枠獲得ならず。順調に五輪出場を決めたロコと異なり、男子は過渡期にある。 

 

 4年程前、フットボールの美と勝利の相関をテーマに小説を書いた。https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054880664043/episodes/1177354054880667417

 今でも思う。勝つことは大事だ。

でも。

 自分たちのやり方をつらぬくことははかなくうつくしい。

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