第6話 はよ気づいてくれ
──身体(エルフ) 中身(無キャ)──
異世界のエルフと僕との間で入れ替わりは一度や二度では終わらなかった。
一度入れ替わると次の日だったり、2日後だったりで、不規則の間隔で入れ替わりが起こっていて、入れ替わる度に困難の連続だった。
入れ替わった先は異性の身体なのだから、着替えや風呂ではなるべく見ないように気を遣うし、もし見てしまったら罪悪感が僕を襲う。
ただの入れ替わりではなくて異世界との入れ替わりなので異性の身体だけではなくて、異世界にも順応しなければならないのも苦労が絶えなかった。
僕が暮らすこの里だけかもしれないが、異世界は文明レベルが低い。
昔話みたく川で洗濯したり、主に採取・狩りで食料を調達したりで、まるで原始時代だ。
魔術が実在するのに生活に魔術を使うことはないのも理解出来ない。
こんな異世界生活が嫌で逃げ出したら、里の外にいる狂暴で巨大な魔物に襲われる始末である。
生きていくだけでいっぱいいっぱいなのに、妹エルフに中身が変わっていることがバレたら、死にたくなるような拷問されるというオマケ付きだ。
エルフの振りをするのも中々堪える。
色々異世界の不満を話したが総括、異世界生活は最悪だ。
だけど不思議なことに何度か入れ替わっていると感覚が麻痺してきたのか、異世界に慣れたのかは分からないけど、せっかく異世界にいるのだから楽しもうと思うようになった。
例えば、魔術とかは僕が唯一熱中出来る異世界特有のモノだった。
何も持ち得ない僕にとっては魔術を使える特別感はなんとも言えない気持ちよさがあって、
今では入れ替わる度に、妹エルフに隠れて裏の山奥で魔術の練習をしている。
詠唱して魔術の感覚を掴み、無詠唱で自分のものとする。このような段階を踏んで風魔術の鍛錬を続けるうちに次第と魔術のコツを掴んだ。
魔術は魔力をそれぞれ四属性のエネルギーへと変え、そのエネルギーの強弱や方向を調節すれば魔術は完成する。
魔力を風、火、水、土のどれかに変える感覚と、その四属性の強弱と動きを操る感覚さえ習得出来れば中等級魔術までならどの魔術が使えると僕は考えている。
現に二つの感覚を掴めてから僕は中等級風魔術は全部無詠唱で使えるようになった。
魔術書には一つの属性を極めるのがセオリーであると書いてあったので、セオリー通りに次は高等級風魔術を習得しようと思ったのだが、この魔術書には中等級までしか書かれていない。
てな訳で中等級風魔術を全て習得してから次のステージにいけていない。
つまり行き詰っている。
さて、どうしたものか・・・
僕は中等級風魔術『
『
あまりの神秘的な
手に持っていた魔術書は一旦、宙に飛んだ後に再び僕の顔に向かって戻ってくる。
「いてっ」
魔術書が顔に落ちた。
浮遊は強弱と風の方向を絶妙のバランスで調節する必要があるから魔力コントロールの訓練に最適なのだが、入れ替わり先のエルフはスカートしか持っていないのは誤算だった。
てか、魔術を使いながらの考え事自体、上手くいく訳がない。
僕は魔術書を手に持ってから体を起き上がらせて、先ほどの問題について考えながらただ歩く。
歩いているときが一番、問題が打開できるアイデアが浮かぶ気がする。
「さて、どうしようか・・・」
僕が悩んでいる問題とはエルフの太腿に気を取られることではなく、魔術に関して行き詰っている事だ。
もし僕が今以上に魔術を向上するには、高等級魔術の習得するか、違う属性魔術を習得するかの二択だろう。
高等級魔術の詠唱文や具体的な説明は魔術書には書かれていないが、属性魔術は一つの属性に絞るべきであるとは書かれていた。魔術書のセオリー通りに進めるのなら高等級魔術について調べるべきだろう。だが、調べようにもどうやって調べる? 誰かに聞くか? 別の魔術書を探すか? そんな人物や魔術書が身近に存在するとは限らないし、何分、確実性がない。
一方、別の属性魔術に取り掛かるのはどうだろう?
魔術書のセオリー通りではないが、今手元にある魔術書を用いれば風魔術は使えたし、他の属性も恐らく習得出来るだろう。
だが、やっぱりセオリー通りではないってことは、つまり誰も複数の属性を学んでいないって事になる。
となると何かしらのデメリットがあるからにも思えてくる。
どっちにするべきだろう。
僕はそんな自問自答しながら森を進む。
気が付いたら大きめの池に目の前にあった。
考え事をしてるうちにかなり奥まで来てしまったようだ。
里から離れれば離れるほど魔物との遭遇率が高まる。
僕なんかが魔物のエンカウントすればひとたまりもない。逃げるだけでやっとだ。
慌てて元来た道を引き返そうと思ったが人影が池の反対側に見えた気がして、僕の足が止まった。
目を凝らしてよく見てみると、池の向かいに二人の子供がいた。
耳の形状からエルフの子だとは遠くからでも直ぐに分かった。だけど子供だけでこんな奥に何で来ているのだろうと不思議にも感じた。
確かこの辺は危険な魔物が多くいた気がする。
僕は二人の様子をじっと観察する。
どうやら二人は池付近で何かを採取しているように見えた。
ここは危険だから直ぐに里に戻るように注意すべきだろうか?
でも、注意したところで素直に聞いてくれるかは分からないし、怖がられでもしたら落ち込んでしまう。
マイナス思考に考えていると、エルフの子どもとは別に二人の近くの水面にワニのような・・・でもワニにしては大きすぎてまるで恐竜のモササウルスのような魔物が二人を襲おうとしてる様子も見えた。
「・・・にっ逃げて!!」
とっさに大きな声を出すが二人には届いていない。
「逃げてっ!!」
もう一度精一杯に声を出すがダメだ。
聞こえていない。
どうすればいいんだ?
分からな・・・いや、何をすべきかは分かっている。
僕は今すぐにも助けに向かうべきだ。
助けを呼ぼうにも里まで戻るには遠くて間に合わない。
だから僕があの子たちを一人で助けなければならない・・・
なのに、マイナス思考の悪魔が僕に質問を投げかけてくる。
Q.だけど僕一人で助けに行ったところで何が出来る?
A.何も出来ない。
Q.あの魔物は僕に倒せるか?
A.無理だ。
Q.倒せないのなら、子供の身代わりにはなれるのではないか?
A.僕なんか1秒も足止めなんか出来やしない。
Q.助けに行ったところで一緒に殺されるだけしゃないのか?
A.その通りだ。
Q.死ぬ気になれば僕でも何とかなるのではないか?
A.ただの役立たずの無キャは何も出来ない。
異世界で魔術が使えるようになったからって、無キャは無キャのままだ。
何も持ち得ないし、何も出来ない。誰も救えない。
ネガティブな自問自答していて停滞する僕とは対照的に魔物は少しずつ着実に子供たちに近づく。このままではあの子たちは魔物の牙に切り裂かれてしまう。
Q.では、何もせずにあの子たちを見殺しして僕は耐えられるか?
A.そんなの罪悪感で死んでしまう。
僕は中等級風魔術、浮遊行使する。
早く気づいてくれと祈りながら、風魔術を使って全速力で池を横切る。
だが、あと一歩間に合わない。
一人の子供が消えた。
数メール先で子供の一人が魔物に丸呑みにされた。
僕は空かさず中等級風魔術 風刃を使って魔物の首を切断する。
切断した首の元に向かい、ありったけの腕力を使って死んだ魔物の口をこじ開ける。
魔物の口の中に子供はいて、何より生きていた。
僕はその子をなるべく丁寧に抱き抱える。
もう一人の子供は心配して池に入ったので、その子を近くへと引き寄せる。
まだ安心できない。
殺した魔物の血に引き寄せられた数多くの魔物が僕たちを取り囲んでいる。
直ぐに襲いかかってこないのは首が切断された魔物の死体を見て、僕を警戒しているのだろう。
だが、僕たちを捕食するのを諦めていないようだ。
魔物の群れはゆっくりと様子を見ながら近づいてくる。
今のうちに風魔術『浮遊』を使って空中を逃げようとするが、腰の高さぐらいまで水に浸かっているので上手く宙に浮けない。
逃げられないならと風刃を放つが魔物は水中に潜って躱す。
風刃は水中までは届かず、魔物にダメージを与える事ができない。
威力が高い順に覚えてる限りの風魔術を唱えるが、風魔術自体が水中の魔物には効果がなく、近づく魔物を止められない。
魔物の群れは直ぐそばまで達する。今にも一斉に飛びつかれそうな距離だ。
まさに絶体絶命とはこの事を言うのだろう。
火事場の馬鹿力で一つ、助かる方法を思いついたのだが、この方法は上手くいく可能性は低い。
成功体験の無さが諦めろと囁くが、僕は絶対に絶命する訳にはいかない。子供二人を守らないといけないし、今、思い出したが、この体は借り物だった。
死ぬのは勿論、傷をつけるのもダメだ。
一か八か試してみるか・・・
子供二人に掴まるように言ってから、魔術書の土魔術のページを開く。
「高みえと上がれ、上がれ、そして我が足場となれ 土塔」
中等級土魔術、土塔を唱える。
足元の地面が小刻みに揺れてから高く隆起する。気がつくと高い土の塔に僕たちは乗っていた。
水中の魔物は一斉に飛びかかるがこっちまで届かない。
安心した束の間、騒ぎを聞きつけてか、手の形をした炎の魔物に囲まれた。
中等級風魔術、風弾を火の魔物に唱える。
風の銃弾が火の魔物に当たる。
だが、余計に炎が大きくなるだけ。
僕は魔術書のページを捲る。
水魔術のページで捲るのを止める。
「回転せし水の球よ。災厄を貫け 水弾」
中等級水魔術、水弾を唱える。
相手が火だってこともあり、効果抜群だ。
火の魔物に向かって水弾を放ち続ける。
何度も打ち続け、数体の炎の魔物を消火する。
だが、覚えたての水魔術は詠唱無しではまだ使えずに一個体倒すのにいちいち詠唱をしないといけない。しかも炎の魔物は数が多くて徐々に押され始める。
そんな中、足場が大きく揺れる。
困難はさらなる困難を呼ぶ。
足下を見ると池の魔物が土塔を壊そうと土塔に攻撃し始める。
火の魔物に押し込められるのも、塔が崩れるのも時間の問題だ。
僕はまた、魔術書のページを捲る。
闇広がる空に一輪の花を咲かせ給え!
中等級火魔術 花火 を唱える。
空高くに火の玉が打ち上がり、大きな爆発音と共に一輪の花火が派手に咲く。
誰か早く気づいてくれ
水辺の魔物の中でもとりわけ巨体な個体が土魔術で出来た塔に体当たりして、僕たちの足場が大きく揺れる。揺れがあまりに大きく子供の一人が塔から落ちる。
僕は魔術書をとっさに離し、その空いた手で子供の腕を掴む。
子供と代わって魔術書は池に落ちる。
その隙を魔物は見逃さず、一斉に襲い掛かる。
上にも下にも横にも魔物が近づく。
池の鯉が口をパクパクしてる中に投げ込まれる餌の気分だ。
もう絶対に助からないそう思った次の瞬間。
夕陽に焼けた空にいきなり雨雲が現れた。
「凶器なる恵みの雨」
この世界に来て初めに聞いた声と同じ人の声。
この声と同時に鉛のような雨がもの凄い速さで降り落ちる。
火の魔物は勿論、池の魔物にも貫通するほど強い雨が降る。
こんな絶妙なタイミングで、魔物を殺す雨。
これは間違いなく魔術だ。
しかも、この威力と範囲の広さ・・・中等級魔術をゆうに超える。
一掃された魔物を見て、子供を抱き抱えたまま腰が抜けて、眠気も感じる。
そんな僕の前に水柱が現れ、その上に妹エルフが立っていた。
安心と魔力枯渇で気絶しそうだ。
でもやり切った・・・よな?
僕にしては上出来だ。
子供も救えたし、この身体に残る傷を付けてない、それに火、水、風、土、全ての属性を使えた。
今回の入れ替わりは完璧だと胸を張っても良いのではないか?
いや、一つ忘れていた。
元の世界の戻る前に僕はしなければならない事がある。
「なぁ、何か書くもの持っていない?」
「えっ・・・はいこれ」
妹エルフにとっては何故今?だと疑問に思うだろう。だが、僕には気絶する前にすべきことがある。
僕は妹エルフにペンを受け取って、このエルフの体に日本語でメモを残す。
伝えたいことを全部書いてから、思い残すことはないと僕は気を失った。
●◯●◯●◯●◯●
目覚めると、いつもの自分の部屋。
この部屋は苔とキノコに覆われている。
どうやら元の世界に戻ったようだ。
因みに毎回入れ替わるたびに僕の部屋は苔とキノコだらけになる。
他に変化はない。
つまり、入れ替わるたびに僕と入れ替わったエルフは回復魔法を使っていると考えられる。
その度に部屋中がキノコと苔に覆われる。
だけども入れ替わる度に回復魔法を使う意味がないし、そもそもこっちの世界は魔術を満足に使えない。
では、何故にエルフは入れ替わるたびに回復魔法を使う?
考えられる理由は一つだ。
僕と意志が入れ替わるエルフは入れ替わった事に気がついていない。
だから、混乱して無意味に回復魔法を唱え続ける。
早く気づいてくれないと、入れ替わりから戻るたびに苔とキノコの処理を僕がしなければならない。
何度も何度も苔とキノコをむしって、ゴミ袋に詰める。
かなりしんどい。
だが、これは今回で終わりだろう。
今回はエルフの体にメモを残した。僕とエルフが入れ替わっていること、お互い住んでいる世界が違うこと、もうこっちの世界で回復魔法を無駄に使わないで欲しいこと。
ここまで書けば、エルフも入れ替わった事に気がついてくれるだろう。
流石にここまでして気がつかないのなら、このエルフは本当にアホに違いない。
イセカワリ!!!~無キャ男子大学生がポンコツ食いしん坊エルフ女子と体が入れ替わった!? 一滴一攪 @itteki
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