鉱石讃歌
二藤真朱
第1話
さびれた街に歌がする。風切り声だ。絶叫に等しいそれに耳を傾ける奇特な人間などいない。そもそも街と呼んでいいのかさえ差し支えるようなところだ。自律型のコミューターすらめったに通りがからない。みな比較的安全な地下に潜っているか、それともこんな辺鄙な土地にはとっくに見切りをつけてしまったのだろう。天上にさしかかろうとする人工太陽を睨みつけようとするも、それは砂嵐にすっかり隠れてしまっている。こんな場所には目をかけてやる必要もないということだろうか。どこかじゃりじゃりする口内に顔をしかめつつ、風よけフードを目深にかぶり直し、足を動かすことだけに集中する。
亀裂の走る大地をなぞるように、突風が走り抜けていく。
見上げたところで、青い空など夢のまた夢にすぎない。既に失われてしまったその光景は、もはや幻想でしかなかった。太陽すら僕たちを見放してもうどれほど経つのだろう。すくなくとも僕は、青く透きとおるような空というものを一度とした見たことがない。
荒れ狂う風が、行く手を阻むように嘲笑う。
あと数年もすれば、ここも人間が住めるような土地ではなくなってしまうことだろう。だがそれもどうしようもないことだ。「大厄災」なんて仰々しく命名された極端な気候変動によって、人類はほとんどの生活領域を失ってしまった。さらに深刻だったのはそれに伴う領土争い。わずかに残されたまともな生活環境を奪い合うなかで、多くの人命がいともたやすく抹消され、悔恨と醜い傷跡を代償に痛み分けと結論づいた。こんな過酷な環境下で人類がかろうじて生き長らえるには、そのような妥協点に着地するほかなかったのだ。
そうであるからこそ、わざわざ不便極まりないこんな場所に居を構えるような人間はよほどの物好きにちがいない。もしくは人目を避ける理由のある場合だろうが、できれば前者であることを願いたいものだ。平和的に物事を解決できるなら、そのほうがいい。
メールに記載された場所と、現在地を見比べながらふらふらと歩く。吹き荒れる風に翻弄されながら、さまようように足を動かし続けて、どれほど経っただろう。足が棒になりはてる前にようやく目当ての建物を発見し、ちいさく息をつく。
上層階が崩れ落ち、下半分しか残っていないひび割れた個人住宅。なんとか形を保っている、というレベルではあるが、隠れ家としてはちょうどいいのいいだろう。直すための貯蓄がないのか、それとも直したところですぐ崩壊してしまうのか。なんせここはそういう場所だ。吹き止むことのない暴風と化学物質がふんだんに含まれた雨によって、建物という建物はすぐにぼろぼろと崩れて砂と化す。命を奪うそれらで当然植物は育たず、人々は逃げるように姿を消した。
控えめなノックを二回。ややあってからゆっくり開かれたドアの奥には、白髪を丁寧になでつけた老人がひとり。それに、かすかに目を見張る。
年配の人間を見るのはかなりひさしぶりだ。最近では相応の年齢になれば、人々はこぞって人工細胞を取りこみ、老いるだけの人生に見切りをつけている。かつて避けられなかった老化の呪縛から解き放たれるだけに、若いうちから接種を希望する人間が後を絶たない。その後の半永久的な人生を効率的に生きることを考えれば、至極まっとうな判断といえるだろう。おかげで外見と実年齢に奇妙な齟齬がうまれたが、人間の順応速度は存外速かった。
来訪者というものが珍しいであろうにもかかわらず、フードごしのかすかな会釈にでさえ、老人はお待ちしておりました、なんてたいそうな出迎えをしてみせる。最近では訪問するだけでいやな顔をされることのほうが多かったから、すっかり油断していた。何度か瞬きをしてから、ああ、とだれに向けたものでもない言葉をこぼす。
「長旅でお疲れでしょう。たいしたもてなしはできませんが」
はなから期待などしていなかったが、真正面からすまなそうに言われると気が引ける。が、そんなことで面食らっても仕方がないと、軽く頭を振る。
「あの石は、ここに?」
男はこたえない。ただおだやかに微笑んで、どうぞ、と奥へ促す。
特段急ぎの旅でもない。むしろ目的は、ここの書庫にあるという花にある。
こみあげてきた言葉を飲み下し、すすけたフードを取り払う。砂だらけのブーツがいささか申し訳なかったが、彼が気にするようなそぶりはない。吹き飛ばされてしまいそうな砂嵐が、ここでは日常風景なのだろう。追いかけた老人のしゃんと伸びた背中は、いくらかちいさいとはいえしっかりとした芯の強さを感じさせた。
昼時間にもかかわらず、家の中は暗がりが支配している。風の邪魔がないだけましだといわんばかりの環境は、都市部のそれと比べてもまるで意味がない。味気ない灰色の廊下を導かれるまま奥へ進むと、貯蔵用だったのだろう、地下へと続くはしごが重い口を開けていた。
狭くて申し訳ありません、と謝罪の言葉を口にしながら、男がそれを示す。先に降りろ、ということだろう。ひとつうなずいて、錆びついた年代物のはしごに足をかける。
見た目のわりに頑丈なおかげで、僕が全体重をかけても悲鳴ひとつあげない。拍手でもおくりたいところだが、いかんせん不慣れな動作をしながらそんな器用な芸当ができるはずもない。
苦戦しながらようやく足を踏み入れた地下空間は、いたるところにずらりと本棚が並んでいた。
かつて地上階にあった居住空間を改築したようだが、それにしても老人のひとり暮らしには十分すぎるほどだ。しっとりとした古紙の香りが鼻をかすめていく。かびくささはあまり気にならなかったが、びっしりと棚を埋める本の量にはさすがに舌を巻いた。角張った字体の和書から、なめらかな筆記体の洋書まで。背表紙になにも刻まれていないもの、ファイルに手ずから綴じたもの、ぼろぼろで手にとることすらためらってしまうようなものまで几帳面に収められている。ここにあるのはすべて彼のお気に入りなのだろう。じろじろ見るつもりはなかったが、自然と視線がさまよってしまう。それを見て取ってか、管理はほぼ手作業なんです、なんていうとんでもない告白には、さすがにぎょっと目を剥いた。気恥ずかしそうにしているが、これだけのものをひとりで把握するなどはっきりいって正気の沙汰ではない。
――……やはりこんな場所を選んで住むような人間がまともであるわけがなかった。
なかば迷路のような背の高い書架の壁をすり抜け、案内されるまま、居室にちかい部屋に通される。そこもまた壁際は書棚で飾られているから、本当に書籍が好きなのだろう。たかがデッドメディアにどうしてそこまで、と辟易してしまうほどだ。
どうぞおくつろぎください、と朗らかに言われるものの、他人のプライベートがうかがえるような場所で気を許すことができるはずもない。しかしそうとは知らない彼は、ひとり心穏やかにコーヒーを淹れはじめた。
豆から挽かれたコーヒーなんて、いまやかなりの高級品だ。スイッチひとつでコーヒーと成分上ほぼ変わらない液体を摂取できるのであれば、たいていの場合それで満足する。しかし彼はこんな不毛の地に好き好んで暮らしているような人間だ。手間暇かけてなにかを生み出すのが当然なのだろう。思えば、入ってからこれまでロボットはおろか人工知能の姿すら見かけていない。年老いた彼ひとりではなにかと苦労することばかりだろうに、なんて、出過ぎた考えをすぐさま打ち砕く。さすがにそこまで足を踏み入れてしまうのは、なにより彼に対して悪い。
「ひさしぶりのお客様でしたから。年甲斐もなくうかれてしまって」
はあ、と曖昧な返事をこぼす。たしかにこんなところにわざわざ訪ねてくる人間なんていないだろう。だれかと話したいだけならバーチャルで事足りる。時間と労力をさいてまで対面する必要性があるのは、よほど大事の場合くらいだ。それこそ、国家権力を行使するときのような。
いい加減国なんて概念も滅んだようなものなのに、あいもかわらずそういう旧体制が好まれるから、ここは本当に変わらない。
苦笑じみたものを浮かべているうちに、白い湯気の立つコーヒーが差し出された。豊かな、そして懐かしい香りに、ふと、肩の力が抜けていく。
「年寄りの道楽にすぎませんが、お口にあえばなによりです」
苦笑しながらそう語る男は、しかしどこか満ち足りた表情を浮かべている。
彼の半生をインタビューしてまとめたら、それなりにおもしろい記事が書けるような気がするが、あいにく僕にそんな趣味はない。
どうでもいい冗談をかき消すように、ゆっくりと白いカップに手を伸ばす。かつて慣れ親しんだ贅沢な香りを楽しんでから、飾り気のないそれを一口ふくむ。
この無謀な旅に出てから嗜好品の類は口にしていなかったというのに、どうしてこの味を忘れてしまうことができるだろう。
オリザ、と口のなかで彼女を呼ぶ。たおやかに微笑む彼女もまた、歳に似合わずコーヒーが好きだった。
彼女のおかげでコーヒーの知識は徹底的に叩きこまれたが、当の本人は飲む専門で、おなじ味が二度出てきた試しはない。私はいいのよ、と若干口をとがらせ気味にむくれる彼女を知るのは、おそらく世界に僕しかいないだろう。
美味しい、とお世辞抜きの感想が漏れると、それはよかった、と老人は笑みを深くした。
「本題に入りましょうか。あなたはどうして、あの石をお探しに?」
言葉に、僕はすっと目を細めた。
――それは、鉱石に咲く花であるという。
とっくに枯れた鉱山から、思い出したように発見された石。まだひとの手によって採掘が行われていた時代の山だというから、相当古い場所だ。歴史施設として保存区域に指定されようとしていた直前、その石は現れた。
宝石にもならない屑石からそろりと芽吹いたちいさな緑は、人の目に触れることなく育った。鉱山にかすかに差しこんだ光と、きれいな湧き水と、そして適当な温度によって。絶妙なバランスが奇跡的にかみ合って、となんとか理由をこじつけたところで所詮無理がある。鉱石から植物が生えることはない。自然の摂理に反する原理を突きとめようと、何人もの研究者がその鉱石や花について調査したが、だれもが納得するような結論には至らなかった。むしろこの可憐な花はひとの手が加えられた痕跡のない、ナチュラルなものと断定する結果となっている。
値打ちのつけようがないそれが当局によって保管されようとしていた矢先。「大厄災」のつまらない紛争で失われてしまったと聞いていた。
当時は国外に持ち出された噂まで飛び交ったほどだ。当局は知らぬ存ぜぬの一点張りだったから、それも仕方のないことだろう。とはいえ、彼らは本当に知らなかったのだ。そもそもの所有権だってあやふやで、そこから議論が始められようとしていたのだ。なにひとつ明確でない、データでしか確認されていなかったものに、どうして声高に所有権を宣言できるというのだろう。
目を伏せる。そんな僕に、彼のやさしい視線が降りそそぐ。
「約束を、しました」
ずっと身につけていたひび割れた旧式デバイスから、少女のホログラムを映し出す。宮廷絵画のような微笑みを返す彼女の名は、オリザ。聡明で美しい、かつての僕の主人。「大厄災」で重傷を負い、現在は冷凍カプセルの中。再生治療にはいましばらくの時間が必要と言われていたが、それにあとどれほど必要なのかはわからない。ともあれそれまで僕は自由の身、というわけだ。
オリザはあれでいてさみしがり屋だから、起きて僕が傍にいないと知ったらきっと怒るにちがいない。だから僕は、鉱石に咲く花とやらを探すことに決めたのだ。彼女がいない間、僕がどんなに退屈を持て余していたのか、語るために。
「彼女は「花」はあると信じて疑わないひとでした。母親が植物学者でしたから、その影響もあるのでしょう。もっとも本音は、研究対象として取り扱いたいというところにあったのでしょうが」
「……それは、これを譲り受けたい、ということでしょうか」
若干低くなった男の声色に、僕は努めて冷静な口調で返す。
「それは彼女が決めることです。僕にはその権利もない」
淡々としたうわべだけのそれに、しかし男は納得したのだろう。どこかほっとしたそれがまぶしくて、僕はそっと視線をそらす。
まだ湯気の立つコーヒーの黒い面に浮かぶのは、おぼつかない僕の輪郭だった。
「僕はもう一度、彼女と言葉を交わしたいだけなのです」
かすれ気味な言葉とともに、うすく微笑む彼女のホログラムをかき消す。
ひとりでは戦う術すら持たなかった、かわいそうなオリザ。僕はそのためにいたというのに、どうして間に合わなくて。真っ赤な血の海に倒れ伏すオリザは、それでも僕を心配させまいと微笑んで、それっきり。目を閉じてしまった彼女の声は、いまなお僕には届かない。
歳のわりに賢いとはいえ、彼女はまだ人工細胞を入れるにはまだ若すぎた。……幼すぎた、というほうが正しいのかもしれない。
まさかそれが仇となるとは、僕でさえ予期していなかった。あれほど深い傷を負えば、たとえ人工細胞の自己再生機能でさえカバーできる保障はない。けれど未接種よりはずっとましだっただろう。すくなくとも、僕がこんな孤独な旅路を送るようなことはなかったはずだ。
さっと、胸奥に陰が差す。口にしかけた言葉が、しかし音にならずに霧散する。
いまだあたたかみの残るカップを両手で包み、それからひとつ、息を吐く。
「石を、見せていただけないでしょうか」
そのためだけに、果てしない道のりをこうしてやってきたのだから。
喜んで、とにっこり頷いた男は、そうしてやおらに立ち上がった。ぎっしりと並んだ書棚の向こう。書類整理というよりは読みかけの本のためにあるのではないかといわんばかりのデスクから、薄い木箱のようなものを手に取る。
標本箱というのです、とまるで秘密の宝物を見せるようにして、差し出されたそのなかに。
僕は、あっと息をのんだ。
小石と見紛う、発掘された姿のままの鉱石たちが整然と列をつくる。その、中央に。
ほんのり蒼みがかった、ごつごつとした素の小石。磨いたところで何者にもなれないそれから、みずみずしい緑が一筋のびる。細い茎は、しかしたくましく。空に向かって拳を突き上げるように。ひっそりと、だが懸命に深紅の花弁を揺らす。
食い入るように見つめる僕に、彼はその標本箱を握らせた。
「枯れることのないよう、適度な湿気は与えています。それとたまに、日光も」
それが正しいのかはわかりませんが、こんな環境下でも、この子は生きている。
まるで子を愛おしむ親のような口ぶりで、男は語る。ほかにもなにか説明してくれていたが、正直僕の耳にはほとんど届いてはいなかった。ただまじまじと、花の根づいた鉱石に見入る。
「せっかくですからじっくりご覧ください」
気遣うようにそっと離れていった管理人の男に、目すらもくれず。
僕はそれからひとり、その石と対峙した。
物言わぬそれに答えを求めるように。
ほかに居並ぶ鉱石たちもまた、縋るように花を見上げている。いくらか小ぶりなものばかりなのは、冠のように花を戴くその姿に気圧されたためだろうか。彼らの心境ももっともだ。こんな色鮮やかなものを間近で見せつけられては、おなじ原石とはいえさぞ肩身が狭かろう。
薄いガラス一枚隔てた向こう側でなお微笑むその花に、やはり僕はオリザを重ねあわせる。
オリザ。なにも持たない僕にすべてを与えてくれた、たったひとりの主。
彼女が手をとってくれなかったら、僕はあのまま廃棄処分されていた。もとより僕は欠陥品だ。はじめからなにもない。製造番号すら読み取れなくなっていた僕に、新たな名前と生きる命題をインプットしてくれた。やっとともだちができたとうれしそうに僕の名を呼んだオリザは、そのときはじめて、年相応の少女になれたのだ。
空の拳をつくる。オリザの掴み取れなかった未来が、そこにあればどんなによかったか。
「…………オリザ」
ああ、と言葉にもならない声が口の端から滑り落ちていく。
祈るように目を閉じる。いま、僕の隣に彼女はいない。だが、僕が彼女を忘れたことは一度もない。
オリザは科学者だった。まだ十五なのに、その名はすでに界隈で広く知られるほどの。この頃ではそんなことはちっとも珍しいことではなくて、幼少期の潜在テストで簡単にその後の人生が決定づけられる。才能ありと判断されれば諸々の待遇が飛躍的に上がり、住宅環境から教育、金銭面等、あらゆる公的なフォローが約束される。見返りに、そのギフトを当局のため目一杯行使することが求められるけれど。
孤独であわれなオリザ。学問に没頭するのは、わずらわしい世間を忘れさるにはちょうどよかったのかもしれない。研究に熱中し、数々の論文を書き上げ、人々の賞賛を集めたオリザ。……その横顔に一抹の寂しさが浮かぼうとも、彼女は求められるまま、虚像の自身を磨き続けた。
だからこそ僕は彼女の隣にあることを望み、またそうあることを望まれた。
ガラス板を持ち上げる。奇跡と謳われたこの石を、こんなちいさな木箱で守ろうとは正直滑稽だ。セキュリティーの問題以前に、彼の神経を疑ってしまう。
外気にさらされた花びらが、くすぐったそうにちろりと揺れる。それにそっと手を伸ばし、件の石を手のひらにのせる。
赤い花は、僕の胸の内に広がる後悔などつゆ知らず、ただ純粋に微笑んでいる。なにも知らない。なにも考えることのない。クラウド上にしか残っていない、ホログラムのオリザのように。
ちいさく息を整える。それから意を決して、ちいさな石を一息に飲みこんだ。
やわらかな花弁が口内に貼りついて悲鳴を上げる。それを無視して、ごつりとした異物が喉奥を通過する違和感をなんとかやり過ごす。
生体異常のアラームが鳴り響いたが、知ったことではない。体なんてとうの昔にがたがきている。見よう見まねの自己修復を繰り返し、騙し騙しここまでやって来たのだ。ここで動かなくなったとしても本望。……彼に面倒をかけてしまうことだけは、少々心苦しいけれど。
ぱきり、と、乾いた音がする。
もぞりとなにかが蠢く感覚に、つと視線を落とす。
そっと胸元をなぞってようやく、僕は安堵の息をもらした。
それは、白いちいさな花だった。ともに顔を出したのは、まだ若くやわらかい麦の穂。
寄り添いながら、そうして灰色の空を目指す。
僕の胸を貫いて生えてきたそれは、かすかに幼さをのぞかせる彼女の横顔とよく似ていた。
ひとり、頬を緩める。と、どこからともなく、ラピス、と僕を呼ぶ声がした。
とっくに聞き慣れてしまったその声に、反射的に視線を巡らせる。しかし探し求めた姿はどこにも見当たらない。書斎には僕ひとりきり。時代遅れの遺物ぞろいのこの部屋は、沈黙を貫いたまま。ひたと僕を見据えている。
めきめきと僕の体を突き破って、緑の柱が突き上がる。
膝から崩れ落ちる。自立するための部位にまで根が侵入してきたのだろう。思ったより生長がはやいようだ。警告アラームが耳元でしつこく鳴り響く。しかしそれに対抗するすべすら、もはや僕は持たず。
――これが死というものならば、悪くない。
素直にそう思えたのは、オリザがあの退屈な白いカプセルに押しこめられてしまったせいだろうか。あんな窮屈なところは彼女に似合わない。もっとオリザは自由に――、風のように、広い世界を駆け巡るほうがふさわしい。
その隣に、僕がもういないとしても。
自然と笑いがこみ上げる。なにか異常を察知したのだろうか。管理人が慌てた様子で飛び込んできたが、もう遅い。僕の願いは成就した。この先どうなるかは神のみぞ知る。
みしみしと根が這いずり回る。回路を押しつぶしているのだろう。痛覚が遮断されていることが幸いだ。これが生身の人間なら、とっくに発狂している。
男はなんとか僕を救い出そうと手を差し伸べてきたが、それを受けとることすらいまの僕には困難だ。指一本、足の一歩、満足に動かすこともできず。困ったように微笑み返す。彼は泣きそうな顔をしていたけれど、もう僕には、その理由がわからない。
オリザ、と。彼女の名前を呼ぶ。先程の呼びかけにこたえるように。胸元を割って生えてきた数本の麦を、愛おしそうに撫でて。
彼女はそれでも、僕を愛してくれただろうか。
びしり。絡みつく、絡め取る。僕の、オリザの、白い可憐な花を、揺らしながら。
声が上がる。それが僕の喉から発せられたものかどうかは、もうわからない。けれど。
はり叫ぶ。それは。
それはいのちの歌だった。
鉱石讃歌 二藤真朱 @sh_tkfj06
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