第三十二話


 一度受け入れてしまえば悩むことのほとんどがなくなったおかげか割かれていた脳のリソースを日常生活に戻すことができるようになり、サカタ君やウチダ君にそっと謝罪することだってリク君が起きないのをいいことに浮気相手同伴で幼馴染のお見舞いにいくことだってできるくらいには図々しくなれたのだけれど安泰になるとそれはそれで小さなことに目をつける余裕まで出てきてしまうのが気に入らない。


「どうして僕と付き合おうなんて言い出したの」


「え」


「言っておくけど僕はそんなにモテるような人間じゃない」


「そんなことないですよ」


「時として、下手なお世辞は残酷な真実以上に人を害するよ」


「……じゃあ、内緒です」


「へえ」


「とても言えないほどに馬鹿な理由ですから」


 彼が僕に触れようとするとき決して向こうから求めてくることはない。寂しくなったら頭の上に喉を乗せたり手を重ねたりすることはあるけれどこの後輩はどうしたいか聞いてきたり受け入れるばかりで何かを期待することは一度もなかった。

 どうやらウチダ君も別に同性愛者ではないようで自身より図体の大きい男の腕に包まれるのが慣れないと言わんばかりにむずむずとしている様子も時折見せる。

 僕は彼をリク君の代わりとして、彼は僕をとても言えないほど馬鹿な理由でメールを送りあったりデートをしたりする関係をつづけて互いを憚らないのだからこんな不誠実なことはないなと思う。

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