色づく扉。

寒川ことは

色づく扉。

 私達は自由と引き換えに選択を迫られる。自由である限り何かを選び続けなければならない。そして、選択を諦めた時、私達から「私」という主語が消え、自分が自分では無くなってしまう。それが自由への対価。代償。

 何かを選ぶと言うことは、別の何かを選ばないと言うこと。何かを選ぶと言うことは、その選択に責任を負わされると言うこと。

 選択は自由だ。自由だった。さまざまな色をしていて、くっついたり離れたり、溶け合ったりしていた。中には目に見えないものもあった。(この世界では、目に見えないと言うことは、存在しないと言うことに限りなく近いけれど。)

 ある日、現実という制約が、選択肢を枠にはめ、形づくり、色をつけた。名前という識別番号がつけられた選択肢は、まるで無数に続く扉のように、私達の目の前に立ちはだかった。扉が現れるたび私達は足を止め、どの扉を選ぶのか悩まなければならなかった。時には期待がそれを困難にした。また時には不安がそれを困難にした。けれども私達は選択という不自由を続けなければならなかった。最期まで自分が自分としてあり続けるために。それが自由への対価だった。


 私はとりわけ優柔不断な人間だった。いつも無数の扉の前を行ったり来たりしては、なかなか扉を開くことができずにいた。そんな私の手を引いてくれたのは、いつも決まって彼女だった。私が開く扉は、いつも彼女が決めたものだった。それでよかった。選択という対価を払うのが嫌だったからじゃない。彼女のそばにいたかったからだ。私が私でなくなってしまうことよりも、彼女のそばにいられなくなってしまうことの方が、ずっと恐ろしかった。彼女のそばにいる。その選択だけが、優柔不断な私を私たらしめていた。

 けれど彼女は違った。ある日の放課後、彼女は一人のクラスメイトを選択した。それは恋という名前の扉だった。私がずっと開けたくても開けられなかった扉だった。

 好きな人ができたの、と言って嬉しそうに頬をそめる彼女を見た瞬間、私の前からすべての扉が消え去った。私は扉が一つもない暗闇の中、ただひとり、立ち尽くしていた。

 それから私は息を潜めて、彼女を避け続けた。私を唯一形作っていた扉を含め、全ての扉があれ以来、目の前から消えてなくなってしまっていた。自分が自分でないような気がした。(そもそも私ってなんだったっけ?)私にできることは、もう何もなかった。私の前に、扉は一つもなかったのだから。

 

 彼女に恋人が出来てから、季節が一つ進んで冬になった。ひどく冷たい雪の降る日の放課後、私は偶然見つけてしまった。彼女が廊下で独り、泣いているのを。きっとあのクラスメイトに泣かされたのだろう。私が声をかけて、彼女の涙を止められたらいいのに。その切実な願いは、私と彼女の間に、一つの扉を出現させた。それは私が大事に鍵をかけていた、あの日消えてしまったはずの扉だった。彼女に私の気持ちが届くことはないかもしれない。それでもいい。彼女が泣き止むのなら、それでいい。彼女のそばに居られるのなら、それが私の扉だから。私は一つ大きく息を吐いて、そっと扉に手をかけた。

 

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色づく扉。 寒川ことは @kotonoha333

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