待機事情とその果て

 バイク便も現在の仕事であるタクシーも、荷物か人間かの違いはあるが、運んでいるばかりが仕事ではない。依頼がない時や予約の時間調整の為に、待機をするのも仕事の一部なのである。

 まあ、タクシーでの待機は、いわば移動可能な屋根付き個室なので、『違法駐停車で捕まらない場所』と『出来ることならば車ごと(直射日光から)避難出来る場所』が好ましい。なので、タクシードライバーには各々、お好みの待機場所が各方面にあるものだ。

 一方でバイク便の場合は、ある程度依頼の出易い地域での待機場所を、指令を出す事務所に指定された。


 私がバイク便に勤務していたのは、秋から春先にかけてだったので、基本的には重装備だ。普通の衣服の上から、冬用ライダーズジャケットの上下を身に付け、首元から寒風が入らないようにマフラーなどで防護している。足元は靴下二重履きに革のライダーブーツ、手元は布の手袋の上にウィンター・グローブ───時速一〇kmで体感温度が一℃下がるのに、高速を走ることも考えておかなければならない以上、可能な限り重装備になってしまうのはやむを得ないことだった。そして、成人男子並みの体格でどこまでも着膨れた上、フルフェイスメットを持って歩く私は、どこからどう見ても男そのものだっただろう。

 事務所から指定される待機場所はある程度決まっていて、雨の日は大きめの役所のロビーや、客足が多くはないショッピングセンターの開放スペースなどだった。どちらも屋根があり、お手洗いも完備されているので、待機場所としては文句ない───ないのだが、暇な日は下手をすると一時間~三時間もその場所に居るのだから、結構いたたまれない。周囲を通る人やテナントの方々からすると、不審者にしか見えなかっただろうと今でも思う。

 そういう意味では、晴れ&曇りの日に指定される場所の方が気楽だった。

 雨や雪に降られる心配がない時の待機場所は、ほとんど公園だ。街中の一角にある児童公園や、県や市が管理する広めの公園が待機場所になる。ここでもやはり、必ずお手洗いと飲み物の自販機がある場所がチョイスされているので、不自由がないといえばない。

 個人的には、児童公園の方が退屈せずに楽しかった。遊んでいる子供になかなか声をかけたりは出来ないが、犬の散歩に来る人とはよく話をした───というより、犬に触らせてもらった。先方もこちらをよく見かけているようだったので、わりと仲良くなった人もいたのだ。しかし、広めの公園の方は、私的には少々問題有りだったのである。

 当時の木立が多い広めの公園には、ダンボールとブルーシートのおうちに住んでいる人が多かったのだ。あまり偏見を持つものではないとは思うが、それでもそれなりに警戒心は高くなる。それらの方々がどんな人々かを、ニュースや新聞ぐらいでしか知らなかったので尚更だ。

 必然的に、待機するのはダンボールのおうちから離れた、比較的通行人が多い一角になっていった。そしてその場所に、やはり一時間~三時間も日向ぼっこをしながら待機していると、眠くなったりもするようになって───やがて、ライダーズジャケットを頭から被ってベンチで寝るようになったのだから、人間は慣れる生き物だというか、女を捨てているというか……。まあ、通常の女子はしない経験だろう。


 そんなふうに、走ることにも待機することにも馴染んではいったのだ。バイク便の仕事も、なかなかに興味深く、面白いものだった。

 しかし、春が終わりかけるころに、唐突に限界が来たのだ。はっきり言おう、五月に入ると九州はほぼ初夏なのだ。ライダーにとって冬の寒さは辛いものではあるが、対策が可能なものでもある。だが、フライパンの上を走っているも同然の路上の熱さや、野外待機中の直射日光の攻撃には抗うすべがないのだ。

 それまでは、何とか男性陣とほぼ同等の仕事をこなしていた私ではあったが、暑さが襲って来たとたんに、男女の基礎体力の違いが出てしまい、あえなく引退せざるを得なくなってしまったのである。

 体力不足が原因の無念の引退ではあった───が、それから数年後から現在に至るまで、タクシーの仕事でその時の経験が役に立っているのだから、無駄な経験では決してなかった。


 そして今日の私も、空の下の何処かで元気に走っている。


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空の下の何処か 睦月 葵 @Agh2014-eiY071504

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