ばあちゃんの蕎麦

冬生佑花

第1話

ばぁちゃんが死んだ。


七月に九十九歳の誕生日を五人の子供と八人の孫、それに三人のひ孫に囲まれてお祝いした、その半月後に死んだ。



私は孫連中の中でも一番最後に産まれた孫でしかも内孫。



それはそれはもう可愛がられて育った。



高校卒業して一人暮らしを始めたときは泣きに泣かれ、頻繁にくる連絡に嫌気がしたほど。



そんなばぁちゃんが死んだ。



「アンタ、年末帰ってきたと思ったらぐーたら寝てばっかりで。少しは家の掃除手伝ってよ」



「うるさいなぁ。仕事で疲れて羽伸ばしてるんだから少しは休ませてよ」



はい、と母から渡された雑巾に嫌々ながらも重い腰を上げる。



廊下の窓を拭きながら仏間に飾らせたばぁちゃんの遺影を見ても未だにばぁちゃんが死んだって実感がない。



「窓拭き終わった?暗くなる前に買い物いきましょ」



「何買いにいくの?」



「夕飯。あとおせち用品」



「おせち?いいの?ばぁちゃん死んだ年だよ?」



「いいのよ。おばあちゃん、おせち好きだったから、お供えしてあげましょうよ」



そう笑う母と二人でスーパーに買い物に行く。



久々に地元のスーパーに来たけど殺風景だな。



一人暮らししてる家の近所のスーパーじゃ、この時期多くの客が買い物籠溢れんばかりにして、レジ前では長蛇の列を作っているのに。



「こっちのスーパーは買い物しやすくていいね」



「なぁに言ってんの。数年前までアンタもこのスーパーよく来てたじゃない。それより、何食べたい?」



食べたいもの?正月にいつも食べてたのは……。



「ばぁちゃんの蕎麦」



「えっ?」



「ばぁちゃんが作った蕎麦が食べたい」



ばぁちゃんは毎年、皺だらけの小さな手で蕎麦を打っていた。



ボロボロだし、見た目は悪いけど味はどの蕎麦屋よりも美味しかった。



「アンタ、そんな無理言って。我が儘言わないの。ほら、これにしましょう」



母が籠に入れたのは家族人数分の緑のたぬき。



「えぇ、緑のたぬきぃ?」



「アンタ、これ好きでしょ?」



「私どっちかって言ったら赤いきつね派なんですけど」



「あら、そう?でもおばあちゃん、緑のたぬき好きだったのよ」



「ばぁちゃんが?」



「アンタが上京して大人たちだけでご飯食べるとき作るの面倒でね。たまにこういうカップ蕎麦やラーメン食べてたけど、おばあちゃん美味しい美味しいって食べてたわよ」



「ふぅん」



ばぁちゃん、好きなんだ。



まぁ、美味しいもんね。



また一つ緑のたぬきを手に取って籠に入れる。



「ばぁちゃんの分」



「ふふ。おばあちゃん、喜ぶよ」



今年からはばぁちゃんの蕎麦は食べられないけど、



今年からはばぁちゃんが好きな緑のたぬきを食べて新しい年を迎えよう。



ばぁちゃん、天国で美味しい緑のたぬき食べてね。

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