闇の残響者

草笛あつお

闇に蠢く者


 ああ。お腹が空いた。


 夜も深まった頃、急いで用事を終わらせ、私は暗い路地を走っていた。腕時計を確認するともう直に晩の8時。そんな時、学校からの帰り道で着信音が鳴った。

 誰だろうか。気になった私は鞄から徐にスマホを取り出し、画面を見て発信者の確認をすると、電話に出るかどうか判断に迷った。

 それもそうだ。画面に出ている名前は私が苦手とする高校の同級生の床嶋とこしまアカネの名前を表示している。

 立ち止まって、画面を見つめながら出るべきか出ないか逡巡する。

 電話に出ると、どうせまたくだらない私とアカネの絆の話を延々と話すのだ。

 学校でもいつもそう。

 私と二人きりになると必ずアカネは会話の主導権を勝手に握って、私に友情を押し付けるような出鱈目な理想の話ばかりで私をしらけさせるのだ。

 私が友達と話している時も、友達のいないアカネは私にいつも話しかけてくる。

 私は彼女に気遣って、彼女を不快にさせないようにする毎日。

「福田リサさんって優しいのね」

 やはりアカネが転校してきた時に、優しく接した事が間違いだったのかもしれない。

 どうするべきか。私は眉間に皺を寄せながら考えていると、犬の散歩をしている中年の男性が横を通り過ぎて行った。

 犬は老犬のようで、今にも倒れそうな疲労を顔に湛え、足もフラフラとしている。

 かたや犬の飼い主の中年の男性は関係なしに激しくリードを引っ張っていた。

 なんだかその光景が私とアカネとの関係に酷似しているようで、苛立ちが沸き起こる。

 面倒くさい。学校が終わった時間まで私に構わないでほしい。

 まあ、仕方ないか。学校で一人も友達を作れないアカネは私にしか声をかける存在がいない。

 急いでいるのだが、ここで少しぐらいアカネの相手をしてやった方がいいだろうか。

 少し考えた結果、無視を決め込んでスマホを鞄に突っ込むと、着信音は止んだ。

「面倒くさい」立ち止まっていた私は暗い路地に向かって走り、イライラするとさらに空腹感が増したのだった。


 だが、それからもアカネの着信は何度もあった。

 我慢できなくなった私は鞄からスマホを取り出すと、

「もしもし?」

『ね? なんですぐに出てくれないの? 私達の絆ってそんなもの?』

「ごめん。スマホをずっとバイブにしていたのよ」

『本当? 実は私のこと鬱陶しいと思ってる?』

「ちょっと! 本当に違うから」

『まあいいけど。 リサ今どこにいるの? もう帰ってる?』

 スマホの通話口から不満を含んだアカネの声が漏れた。

「うん。ごめん。今帰ってるところ。何か用?」

『今から会ってほしいの? いけるでしょ?』

「ごめん。今からアカリとご飯に行く約束してるんだ」

『アカリ? アカリって志賀アカリのこと?』

「うん。そう」

『ふ~ん。ご飯ね~……』

 そこでアカネは言葉を切った。まさか怒ったのだろうか。

 そしてしばらくすると通話口の向こうから小さな舌打ちをする音が響く。

「ア…アカネ?」

『へ~。そっか~。私とアカリのどっちが大事なの? もちろん私だよね?』

 まただ。アカネの気持ち悪い友情を押し付けるような発言。私はアカネの所有物ではない。

 だけど、私は「二人とも大切な存在だよ。けど今日は先にアカリと約束をしちゃったから、今さら約束を破るのは無理でしょ?」と言って、アカネを怒らせないようにする。

『ふ~ん。まあ…別にいいけど』

「ごめん。急いでるからまたね」

『あ! ちょっと待ってよ! もしかしてリサ…あの道通ってるの?』

 アカネは少し疑うように聞いてきた。

「あの道?」

『リサの帰り道であるでしょ? 暗くて不気味なあの道』

「ああ~。うん。もうすぐそこを通るところだけど、それが?」

『ほら? この前話した時に、そこでよく事件が起きるって教えたでしょ』

「事件って何よ? いきなりやめてよ。怖いじゃん」

『え? リサ忘れた? も~。帰りにそこを通った時に後ろからいきなり噛みつかれるって話でしょ』

「あ~思い出した! 最近、噂ののこと? なんか、夜に一人であの道を歩いていると出るっていうやつよね?」


 そう言いながら私は問題のあの道に近づいていた。

 私は空を見ると、今日は満月の不気味な空が広がっていた。先月も、こんな空だったと思う。

『さあ~私も最近聞いたからよく知らないけど、数分前まで後ろに誰もいなかったのに…笑ってそこにいるらしいよ。…その鬼が』

「へ~。三流のオカルト話みたいね」

『そうね。けど、それに噂ではその後に仲間が来て、体のあちこちを噛まれるとか』

「典型的な三流オカルト話じゃん。アカネはなんか興味津々のようだけど?」

『まあ確かに。リサの言う通り、少し興味があるかもね。でもさ…その話ってちょっと興味わかない?』

「興味なんかわくわけないじゃん。超信じられないし。目撃者もいないのに、アカネはそんなこと本当に信じてるの?」

『私は友達として気を付けてって言っているだけ』

「ふ~ん。それでその後はどうなるの?」

『噂ではその鬼に遭遇した人は鬼の血を体に入れられて、鬼にされるみたいね』

「ふ~ん」と私は適当に相槌を打った。

 ああ~面倒くさい。本当にアカネとの会話の時間が無駄だ。

 他に友達を作ろうとは思わないのだろうか。

 でも、こんなことしか話題がない奴に誰も寄ってこないだろうに。

 自分の好みで人を厳選しているから転校してきて一か月も経つのに、友達が増えないのだ。


 その時、コトンっと靴音が鳴った。私は振り返って、来た道の方に視線を向ける。

 心許ない街灯が灯っているほか、不気味な暗闇が広がるだけで誰もいない。野犬や野良猫の気配さえ感じられない。

 今、ここにいるのは私一人だけ。

 一人……。

 頭の中に一人という文字が駆け巡り、少しずつ恐怖を刻んでいく。

「ていうか、それ実話なの?」

『先週もその前の週も女の子がその辺で襲われて攫われたみたいね。で、…まだこの話これで終わりじゃないの』

「まだあるの?」

 そこでアカネは話を中断した。

「どうしたの?」

『ああ…。やっぱり私の勘違いかもしれないから気にしないで』

「え? 言い出したなら最後まで言ってよ?」

『ごめん。私の勘違いだと思うから本当に気にしないで』

 まただ。私はアカネのこういう勝手なところも気に入らない。

 言い出したなら最後まで言えと、言いたいところだが私は心の内に止めた。

『まあ。リサも早く帰りなよ? じゃないとリサも襲われて鬼になっちゃうかもね』

「いやいや…そんなのあり得ないよ。…アカネってさ~…そういうくだらない話で私を怖がらせたいわけ?」

『違うわよ』


 コトン。

 まただ。また不気味な靴音が反響音を築いて、私の鼓膜を何度も叩く。

 私は振り返って辺りを見渡した。思い切って淡く灯る街灯の下まで足を運び誰か近くにいないか確認したが周囲には誰もいなかった。

 気のせい?

『リサ?』

「うんうん…。なんでもない」

 私は止めていた足を動かし、アカリと約束している場所まで急いだ。

『もしかして誰かにつけられてる?』

「ちょっとやめてよ!」

 私は再度、後ろを確認した。けど闇が広がるばかりでそこには誰もいない。

『ヤバくない? 近くに交番は?』

「この近くにはないわ」

『本当?…ちょっと気を付けえたほうがいいよ。この事件さ…信憑性がないのだけど、これ本当ならシャレになってないよ』

「大丈夫。大丈夫。アカネさあ…ちょっと気にし過ぎじゃない?」と私は笑って誤魔化した。

『けど本当なら怖いでしょ? 一人の時が危ないみたいだし…』

「大丈夫だって! そろそろ切るよ? もうすぐアカリと待ち合わせの場所だし。遅れたらアカリ怒りそうだから」

『リサ? もし何かあった時知らないよ』と通話口から呆れるようなため息の音が響いた。

 イライラした私はしつこいアカネが鬱陶しくなり、「そんなことあるわけないじゃん。…もう切るよ?」と語気を荒くする。

「だいたいさ、今時そんな話で小学生も怖がらないって」

『そうかな? それはリサの思い過ごしだと思うけど。次の標的…リサかもよ?』

「バカバカしい。そんなのあるわけないよ」


 コトン。

「ああ! もう! さっきからいったい誰なのよ?」

 私はスマホを耳に当てたまま、後ろを振り返って叫んだ。

 だがそこには誰もおらず、学校に繋がる通学路は不気味なぐらい閑散としていた。

『大丈夫? リサの思ってるより大丈夫かどうかなんてわからないと思うよ。…この鬼ってかなりの神出鬼没のようだから。気が付いた時にはもう後ろに迫っているとか』

 私は顔を左右に動かして周囲を確認するが、人の気配はどこにもなかった。

 誰もいないことを確認して、しばらく走るとコンビニエンスストアが見えてきた。

 よく見ると、そこに志賀アカリがスマホをいじって立っているのが見える。

「ごめん。アカネそろそろ切るね」

『ええ。けど気をつけなさいよ?』

「わかってるって。じゃあね」

 そう言って通話を切り、安心した私はアカリの所に向かった。

 アカリが私に気が付くと手を振って「リサ遅い~!」と顔を綻ばせる。

 腕時計に視線を走らせると時計は晩の8時を過ぎていた。

「リサ遅い! もう今まで何してたの?」

「ごめんね。ちょっと用事があって、寄ってたら遅くなっちゃた」と私は笑った。

「用事?」

「うん! それじゃどこ行く?」と私は優しく笑った。

「う~ん…。私はどこでもいいよ」

「それじゃ、駅前のファミレスにしようか」

「オッケー! それにしてもリサも大変だね。どうせ文化祭が近いからって、中島にこんな時間まで手伝わされたんでしょ? 何かあったら責任とれるのかって話だよね?」

「はは! 違う違う! 中島先生はそんなことしないよ。まあでも少しこき使い過ぎだよね」

 私は顔の前で激しく手を振った。

「アカネが転校してきた日もこんな感じだったよね。リサに面倒を全部押しつけてさ」

「まあね…」と私は苦笑いした。

「けど? 文化祭の準備してなかったのなら今まで何してたの?」

 アカリは首を傾げた。

「う~ん。どう言ったらいいのかな…」私は自分の頭をかきながら、どういうべきか考えた。

「気になる?」

「うん」

「じゃ…ちょっとついて来て」と、アカリの耳にそっと呟いた。

「いいけど誰かに聞かれちゃ不味いことなの?」

「そうね。あんまり知られたくないわね」


 それから私はアカリの腕を引いて、通学路の途中にある廃屋に連れて来ていた。

「ここ何?」

 当然アカリは大いに戸惑っていた。

 それも当然だ。私が襲った被害者たちを攫ってここに閉じ込めていたからだ。

 そう。もちろん血を吸うために。

 アカネが言ったに笑ってしまいそうになったが、私はそれに近い存在。

 私は吸血鬼だ。

 昨日までここに二人の人間を監禁していたが、血を吸いすぎて殺してしまったのだ。だから新たな標的である志賀アカリを何事もなかったかのように、ここに連れてくるためには二人の死体をキレイに片付けておく必要があったのだ。

 ここに死体がそのまま残っていればまず騒ぎ出すことは間違いない。

「ね? リサ? ここはなんなの?」

 そう言ってアカリは後ろを振り返ろうとする。

 私は笑みを浮かべて、アカリの首に飛びつこうとした。


 ああ。お腹が空いた。


      **


「警察は?」

「わんさかいるよ。今、数人の刑事が嫌そうな顔をして死体の周辺を調べている」

 男は双眼鏡を持って、笑みを浮かべながら廃屋の中を覗いていた。

「どんな状況?」と男の横に立って不気味な空を見上げながら女が言った。

「保護された若い女が見える。多分、お前の言っていた女で間違いないな」

 廃屋の周辺に立ち入り禁止のテープが引かれ、警察車両が慌ただしく出入りしていた。

「は~。あれだけ言ったのに」

「ずっと近くから監視してたけど、やはりあの女のようだな?」

「ええ。思った通りよ。あの女、ずっと私に隠して、あの道で人間を襲っていたみたいね」

「だからずっとそんなにイライラしているのか?」

「そりゃそうでしょ」

「で? どうだ? あの女は?」

「いや。駄目ね。私の血がの心臓を潰したのを感じる。死んだわ」

「なんだ…。また最初からやり直しかよ」

「仕方ないでしょ? 私の血を与えて、次の満月まで私の血に耐えうる個体は早々見つからないわよ」

「はあ~。満月の度に仲間を増やすのも一苦労だぜ。しかも満月の時にしか俺たちは血を頂けないのだからな」

「私に責任転嫁しないでよ? それに私の忠告を無視して、あの女が勝手に事件を起こしていたの。

「それはお前の監督不十分だろ? 俺達はどう足掻いてもお前に逆らうことはできないが、永遠ともいえる寿命を得た」

「あの女は浮かれてしまったと言いたいの?」

「そりゃそうだろ。お前がちゃんと次の満月までに勝手に血を吸ってしまうと死んでしまうから気をつけろとあの女を監視して制御しなければならなかったと、俺は思うのだが」

「喧嘩売ってるの?」

「別に…。それで? 次の標的は決まっているのか?」

「そうね…。一人…イキのいい娘がいるわ」

「名前は?」

「ほ~。それでその女だけか?」

「ええ。私がみたところ、私の命令に耐えれそうで、かつ私の従順な仲間になれそうな人間はその子だけだったわ」

「か~。お前さんは本当に厳しいよな。見ただけでそんなことがわかるのかよ? 仲間にできるかどうかは相手ともっと親しくなってみないとわからないだろうに」

「わかるわよ。それが私の力だから」

「だから必要以上に学校の人間とは関係を持たないのか?」

「そう。無駄なことはあまりしたくないしね」

「ほ~。でもあれだな…。あの女は本当に残念な奴だったな? 福田リサにいろいろとを諭してやったんだろ?」

「そうね。でもあの女は私の忠告なんて意に返さなかったから。ずっと邪険にされていたし。手に入れた寿命に溺れてしまったのかもね。アカリとご飯なんて行く気すらなかったくせに、約束があるから無理だって嘘をつくぐらいだし」

「端から信じてなかったんだろ?」

「ええ。私に隠れて絶対何かやってると思ってたから」

「哀れな奴だ。せっかくお前さんが気を使ってやったのにな」

「いいの。もう死んだ奴に用はないわ」

「あ~おっかね~。で? 次はいつ襲うんだ? 今晩は待ちに待った満月だぜ?」

「そうね…。じゃあ志賀アカリがこの場を離れた時を狙うわ。志賀アカリの帰り道でいい暗がりがあるのよ」

「どこだどこだ? 後ろから声かけて、油断したところを一気にガブリってか? ああ~怖い怖い」

 女は不敵な笑みを浮かべた。

「へへ…。あ~楽しみだ。そいつがどんな風に顔を絶望に歪めるのか。楽しみでおかしくなっちまいそうだ」

「はあ…。あんたって野蛮よね」

「ぬかせ。お前にだけは絶対に言われたくね~な。ターゲットの血をおいしそうに吸っている時のお前の方がよっぽど野蛮だ」

「ふん。…そろそろ行くわ。あんたも先に行って、を集めといて」

「ああ~。わかってるよ。満月の晩。獲物の血を頂くときは平等に仲間に分け与える。これがお前の方針だ」

「もう聞き飽きたわ。いちいち口にしないでくれる?」

「へいへい。俺たちはお前には逆らえないし、従うしかない。じゃあ頼むぜ? …」


               了

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闇の残響者 草笛あつお @kusabueatuo

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