Flamberge‐死運びのイグナ‐

NORA介(珠扇キリン)

第1話 死神と呼ばれる少年

 丘の屋敷を過ぎた辺りに小さな砂地の町があった。その入口には女性が座り込んでいた。

 木製の台の上で足枷を付けられて座り込んだ女、ずっと何かをぶつぶつと呟いている。


 彼女に近寄ると、微かに声が聴こえる。少年は、その声に耳を傾けた。


「──もう、消してよ…」


 その微かな声に、少年が頷くと、背後から影の様な手が爪を立て、彼女の身を覆い、そのまま握り潰す…


 そのまま彼女が黒い塵にとなり、空に消える瞬間に…金属の鳴る音がした。


 後ろから聴こえた音に振り返ると、そこには男性が居た。地面には食事と思われる物が飛び散っていた。


「今のは…君がやったのかい?」


 訪ねられ、僕は思わず同様した。白髪で黒いコート着て、腰に青白いランタンを付けた男が背中から出た巨大な手で女性を消し去ってしまったら、誰だって驚くだろう。怪しいどころか不気味だ。多分、僕は衛兵を呼ばれてしまう。


「君、私の娘を消してくれないか?」


 そう言われ、僕は驚いた。


 ◆◇◇


 この世界はパンドラの箱が閉じた世界、もしくは死ぬ事の無い世界…この世界には『死』という概念すらない平和な世界なのだ。


 そんな世界で僕は、生物に死を与える力を持って産まれた。

 それで僕は『死』が何のかを伝えられて産まれて来た。僕は死ねない幸せな世界の死神として産み出されたのだ。


 …だから、さっきの女性の様な願いをして来る人は多いのだ。

 しかし、自分の娘を殺して欲しいなんて言う親は初めて見た。

 彼の家は町外れの丘の上の屋敷で、庭には綺麗な花々が沢山咲いている。僕は彼に案内されるまま席に着いた。


「少し待って居てくれ、お茶を入れるならね…」


 そう言うと彼はキッチンでお茶を沸かし始めた。


 僕は気になっていた事を聞いた。

 さっきの女性は何故あんな格好で、縛られていたのかを…


 話によると彼女は領主に生意気な態度を取り、そのせいで女はその部下に拷問を受けていたという。


 そんな女を彼は可哀想に思い、毎日の様に食事を与えていたらしい。


 …話をしてる内に彼は紅茶を運んで来た。


「あの…娘さんは?」


 彼は暗い顔ながらニコリと笑い、僕を二階の部屋まで案内してくれた。


「娘のリンネです」


 それは、とても美しい少女だった。

 綺麗な白い肌で美しいブロンドに瞳はダイヤモンドの宝石の様に澄んでいた。


 まるで…


「人形なんですよ…」


 彼女は産まれ付き目が見えなかったという。


 しかし、彼女は一度も自分が不幸だと口にした事はなかった。

 それどころか自分は世界一の幸せ者だと言った。


 そんな彼女は今、事故の後遺症で記憶喪失になり外の情報をまでもをシャットアウトしているという。


 だから1日中、彼女はこの椅子に座り同じ角度を向いて生きている。


 瞬きすらしないので、彼が毎日の様に目を閉じさせるという。


 それでも彼女は直ぐに目を開けるのだ。見えない世界を見ようとして…


「君は人を消せるんだろ?」


 彼女の事を話終えた彼が僕にそう尋ねて来たので僕は頷く。


「じゃあ頼む、私と娘を消してくれ…」


「えっ、貴方もですか?」


 …思わず僕は尋ねた。

 しかし、その理由を僕は知っていたから聞く必要は無かった。


「…もう疲れたんだ、娘を先に頼むよ」


 僕は頷く、影から伸びる手は少女に手を伸ばす…


「…──やっぱり待ってくれ!…」


 僕は影を引っ込め、彼の方を振り向いた。彼は苦痛そうな表情を浮かべた。


「私からやってくれ…」


 僕は頷いた。

 一度、引っ込んだ手は1つの父親の命を握り潰した。


 消える塵は最期に「産まれてきてくれてありがとう」と音を奏でた。


 次の命を絶とうと少女を見ると閉じた筈の瞳から涙が零れ、彼女は目を見開いた。


「…誰かいるの?」


 そう僕に尋ねているのだろう。

 僕は「君は生きていたいかい?」と尋ねた。


 勿論、彼女は…──。


◆◇◇


 あの父親の足を見て気づいていた。

 あの人は身体が腐る流行病にかかっていたと…彼は自分が歩けなくなったら娘の世話をする者が居なくなる。


 …だから彼は娘を殺す方法を探していたのだ。


 そして自分が死ぬ方法も…


 決して疲れたからではなかった。娘が苦しまない様に考えた結果だった。

 彼女の母は世話に耐えかね数年前に家を出ていった。彼には知り合いはいなかった。


 だから彼は本当は娘には消えないで欲しかった…と僕は勝手に思うのだ。


 本当に疲れていたなら、あの村の入口の女に食事に与えたりする余裕など無かっただろう。


 彼の言葉を聞いた少女は記憶は戻らなかったものの、周囲の情報を受け入れたのだろう。


 しかし、彼女は大事そうにカメラを首に掛け握りしめていた。


「…カメラ、ありがとう」


「気にしないで良いよ、最後の約束だからさ…」


 村人から聞いた話だが「もし娘が生きたいと望むなら…娘を頼む」と自分が病気にかかった時、村の人達に頼んでいたという話を町を出る時、商人の男が教えてくれた。


 …やはり彼女は愛されていたのだった。


「名前聞いてない…」


「そうだね…僕はエレだ、よろしく」


 

 …最近、巷で噂が良く聞こえてくる。美しい少女を連れた旅の死神がやって来るのだと、そんな話を風が運んだ。


「…──それで、本当に良かったのか?」


 車椅子を押される彼女が眠りに就いたと同時に、腰に下げたランタンからは女性の声が聞こえる。そのランタンの炎は青白く揺れていた。


「…孤児院とか言ったか?あそこに預けて来てもも良かっただろうに…」


「でも、彼女が色んな世界を見たいと言うし…放っておけないので」


「はぁ、お前は本当にお人好しだな…」


 これは誰も死なない幸せな世界に、死を送る旅の話である。

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Flamberge‐死運びのイグナ‐ NORA介(珠扇キリン) @norasuke0302

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