悪の残り香 2

「動いたらよぉ~どうなるかわかるよなぁ~? おい、そこの女。さっさと座れ!」


 人質を取られてしまい現状可憐にはどうすることもできなかった。男の言う通り座り状況を観察し突破口を探るほかない。

 可憐が男を止めるためには人質を解放させ、男と可憐の直線状にほかの客がいない状態を作り出さなければヴィジョンを使うことはできない。一度で仕留められなければ被害は広がるばかり。

 

「どうすれば……」

「俺がやろうか?」

「なんでそんな平然と言えるの」

「二秒だ。二秒隙を作れればあそこまで行ける。もちろんあの女性を解放しないことには話は始まらないが」


 瀬那の速さなら席を立ちすぐに男の背後を取ることができる。問題は女性に浅く刺さっているナイフ。人質を取る場合は本来傷つけずに相手の出方を伺うものだが、男はすでにナイフを刺している。もし、強引に引きはがそうものなら誤って深く刺さる可能性は高い。

 そもそも、男が浅くナイフを刺しているのは本気で刺せるという意志表示。脅しではないということの証だ。


 こういう時、誰かしらが実は通報していて警察がやってくるなんて展開を期待してしまうが、女性の首から流れる血が客全員に恐怖を与えて不用意に動くことができなかった。

 もし、警察やグングニルに連絡し、男が逆上して女性を殺してしまった場合の責任の重さに誰もが耐えきれないからだ。


「おい、窓側の奴ら。ブラインドを閉めろ」


 統率の取れた兵士のように、窓際の客たちは一斉にブラインドを閉め始めた。恐怖が人形に垂れる糸のごとく体を支配している。たった数分の内に男はこの場所を自分のものにした。


「だ、誰か……助けて」


 女性店員の声を聞いて可憐は拳を握った。何もできない不甲斐なさが胸をしめつける。力があるのになぜこうも簡単に動けなくなるのだと感情を爆発させたかった。それと同時に、もし梨花だったらこんな状況一瞬で解決していると想像できる。

 膠着状態の店内で男はぶつぶつとつぶやいた。


「声がする……女の声が。誰なんだ。お前は誰なんだ……」


 まるで薬物中毒者が幻聴を聞いているような姿。 

 女性店員にナイフを刺したまま首を振ったり肩を動かしたりとやりたい放題。人質を取っていることに対して何の抵抗もないようにすら見える。

 可憐はコミュネクトを膝の上で操作しある情報を見つけると、男にばれないようゆっくりとテーブルの上へコミュネクトを置いて瀬那へと見せた。

 そこにはサティスファクションのシール販売によって過剰にシールを利用したものの顔写真と名前がリストになっていた。そのうちの一人、上木武こそが今人質をとっている男だった。


「離脱症状ってやつか……」

「何をしでかすかわからない。一時的な衝動で、幻聴次第では皆殺しをする可能性もあるわ」

「そうなれば一番最初に被害にあうのは」

「一番近い人。あの店員になるってこと」


 人質を取る際には条件を付きつける。しかし、男は何も条件を提示はしてきていない。それが気にかかる。むしろ、シンプルにお金を要求すれば目的を達成してこの場を離れる可能性は大いにあるのに、幻聴に突き動かされているせいで次の動きが予想できない。予想できないということは瀬那や可憐がどんな動きをしても最悪の事態に直結する可能性もあるということだ。

 ひたすら異常な緊張感の中待機する客たち。その時、可憐のコミュネクトにメッセージが届いた。端的「ついた」その一言だけ。メッセージの送信者は詠歌だ。


 ブラインドが下がった窓の向こう側では詠歌が立っている。入り口に向かおうとすると準備中の立て札がぶら下がっており中は見えないように布で隠されていた。

 可憐からのメッセージでここまでやってきたものの、内容は端的に立てこもり犯がいるとだけ書かれてあった。そのために犯人の位置がわからず内部にある金属を、窓に手を触れて探っていた。


「多い……。この形はフォークやスプーン、それに鉄板か。何とか位置を掴まないと」


 詠歌は磁力を扱い金属を操ることができる。しかし、そこに何があるかを完ぺきに理解できるわけではない。位置完璧に特定できたとして、見えない状態で不用意にナイフを動かしてしまえば、ナイフはより深く刺さるか店員の喉を切り裂く。

 浅く刺さっているため、最悪喉を切り裂いても重症には至らないが余計に怪我を広げてしまえばグングニルの信用問題に繋がる。何とかして中を見る方法がなければだめだった。


「――あれ、もしかして君はあの時の?」


 女性の声が聞こえ後ろを振り向くとパトカーの助手席から茶髪ボブの婦警が声をかけてきていた。


「えーっと、誰だっけ」

「覚えてなくも当然だよね。ほら、サティスファクションの佐田洋二を捕まえてた時にいた警察官だよ。私は工藤杏里。で、こっちが早苗先輩」


 運転手の早苗が杏里の横から顔出し小さく手を振った。

 警察を頼ればすぐに周囲を取り囲むことができる。しかし、サイレンを鳴らしたりパトカーが集まって野次馬まで来てしまったら中の犯人が何をするかわからない。


「……あの、私の話を聞いてください」


 そういうと、詠歌はポケットから腕章を取り出し見せた。


「治安維持組織グングニルの草薙詠歌。警察の協力を求めます」


 

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未来都市フロンティア  田山 凪 @RuNext

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