第3話

「ところで、今、何時?」

 ゆすらは待合室を見渡すが、時計を見つけるより早く、阿久利がスマートフォンを見せてくれた。

 4時。朝方だ。

 受付終了間近に受診し、泣き疲れて眠ってしまったから、9時間くらい眠っていたはずだ。

 眠ったのに、体から疲れが抜けない。眠る前の疲労の量を朝までキープしている感じがする。

 でも、仕事は休めない。今日は早番。明日は休日出勤の予定。

 職場である総合病院から離れたメンタルクリニックをインターネットで探していたら、懐かしい名前を見つけた。藁にもすがる思いで初診の予約をした。いざ受診したら、このざまだ。

 この時間にバスは出ていたっけ。タクシー代を払えるくらいのお金は持っていたっけ。そもそも、診察代の分のお金はあったっけ。

 それらが駄目なら、徒歩で帰宅するしかない。

 ゆすらはソファーから重い腰を上げ、ふらついて膝から崩れた。

「ゆっちゃん!」

 阿久利も膝をついて、ゆすらを支える。

「お願いだ。行かないで、ここにいて」

 王子様みたいに格好良い彼が、視線を合わせて乞うてくる。

「ゆっちゃんは、勇気を出してここに来てくれた。俺は、ゆっちゃんを救いたい。これ以上苦しむゆっちゃんを、見たくない」

 ゆすらは、目を合わせることができずに俯いた。

 救いたい。苦しむゆっちゃんを見たくない。

 それは、医者としての使命か。それとも、昔馴染みへの同情か。

 どちらにせよ、ゆすらはこのメンタルクリニックを受診したことを後悔した。

 弱った自分を知られたくなかった。迷惑をかけたくなかった。

 「ゆっちゃん」は、綺麗な思い出のままでいたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る