12月

るつぺる

えっくすでい

 今年もこの季節がやってきた。超がいくつつけても物足りない程の大金持ち百五集院家の一人娘レイカは憂鬱を隠せない。クリスマス。父はまだサンタの存在を娘が信じていると信じ、彼女の欲するものを与えるべく執念を燃やす。一方、レイカも気付けば18歳。いたいけに笑みを浮かべて何処からともなく出現する贈物を素直に喜べたのは遠き日々。父が躍起になって「何をお願いしたのかなあ?」と謀ることにはウンザリだった。彼女の願いはただ一つ。黙っていてくれ、思い出の中でじっとしていてくれだった。父には内緒で近頃交際のスタートした彼氏がいる。もいっちょ願わくば平穏の中で彼とその時を過ごしていたいレイカだった。

 一昨年はペガサス、名はマキちゃん。昨年は透明プリン。これはサンタを偽装する父から贈られたクリスマスプレゼントである。しかしながらレイカ自身はこれを心から欲したわけではない。言うなれば挫折してくれ、諦めろといった父への挑戦としての要求だった。だが顕現した。ペガサスも透明プリンもそこに在った。レイカは奥歯を噛み締めた。金持ちってすごい。悔しいくらいに。そういった反省から今年は正直な気持ちをぶつけようと決意した。何もいらないの、彼氏と過ごさせて。きっと父はひどく落ち込むだろう。激怒するかもしれない。最悪死ぬの? さまざまな想像を巡った後、それでも私の人生だというのは若さからくる愚かさか。でもいい。私は私だわかってパパと結論が出る。もう回りくどい策を弄するのはやめだ。


「レイカ」

 来た。

「もうすぐクリスマスだね。ちなみに今年は」

「あのねパパ」

「?」

「私はパパが大好き。だから聞いてほしい」

「どうしたんだいレイカ? なんか緊張しちゃうな」

「ううん、弛緩して聞いて。私ねもう18になります。サンタクロースが本当はパパだって気づいてる」

「ちがうよ。サンタはサンタだ」

「ちがうことない。サンタはパパよ。でね、逃げちゃったマキちゃん」

「ああ、デウスエクスマキナ(ペガサスの名前)のことかい?」

「ほんとは私が逃したの」

「どうして」

「マキちゃんは可愛かった。ちょっと口が臭かったけど馬っていうかそれはペガサスの個性だとして置いといてでも可愛かった。だけど愛せなかった。なぜなら望むべきでない招かれざるペガサスだったから。私、本当はペガサスなんて欲しくなかった。パパには諦めてほしかった。もう私は子供じゃないって、大人なんだよってこと認めてほしかった」

「レイカ」

「パパ、私はもう大人です。クリスマスプレゼントは要りません。彼氏が出来ました。お願いパパ。今年は彼と過ごしたい」


 気まずい沈黙が流れた。父はレイカが5歳の頃に彼女の母親と離婚した。生活リズムの違いに感情が摩擦した結果だ。彼らはレイカにどちらと生きていくかを迫った。5歳の娘には残酷な話だ。ただレイカは言葉で答える代わりに父の太もも辺りをぎゅっと捻った。あの痛みを忘れない。同時に彼は思った。ごめん、レイカ。僕は君を一生かけて守るから。そして今、目の奥に入れても痛くはない可愛い娘をどうにか目の奥に入れられないかとスプーンを握った。もう大人の娘はその手を必死に抑えつけてくる。馬鹿は止して。そうだ。私は馬鹿だ。娘の幸せを一生守ると誓った日から13年。いつからか自分のことを守ろうとしていた。娘の笑顔を彼女のためにでなく自分のものにしようとしてきた。愚かな父である。愛してきたのは嘘ではない。レイカ原理主義である。だが、どこかで自分に言い訳してきた。彼女はもう大人だ。愛する者がいる。これを引き裂く権利はたとえ実の親であっても持たないはずだ。わかっている。自分はそのことを理解している。なのになぜ、スプーンを持つ手は震えて止まらない。


「レイカ」

「パパ」

「泣かないで、私の可愛い子。気づいてやれなくてすまない。君の幸せをパパは第一に考えたい。君はもう立派な一人の大人だから」

「パパァァ」

「でもねレイカ。私はサンタじゃない」

「パパ?」

「これだけは信じてくれ。私は確かに愚かで身勝手で結果的にはレイカにとって迷惑な存在だったかもしれないだが! 私は……サンタじゃ  ない」

「もういいのよパパ 楽になれ!」

「レイカ聞いてくれ。去年透明なプリンを君に贈ったのも、一昨年デウスエクスマキナを連れてきたのも私じゃない! サンタさんだ!」

「そこはもういいってパパ落ち着いて!」

「いいや冷静だね。私は! ぼくぁいたって冷静さ! レイカ、サンタはいるんだ。どうして信じてくれない? あれはパパじゃなくて サンタなんだ サンタはありまあああす!!」

「わかった、わかったよパパ、サンタはいるよねいる あーー居たわーーッそういえば居たなそんなヤツ クラスに」

「わかってない! サンタはいるんだ! サンタ クロォシィズ カミン トゥユアハーサンタ クロォシィズ カミン トゥユアハーサンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪サンタクロ」

「お願い!もう やめて パパ」

 それは天高く白き翼をはためかせ、屋敷の窓突き破りて血濡れの馬頭を覗かせた。荒ぶるいななきは部屋中を響き渡り、飾り立てたクリスマス装飾を破壊しながら駆け回る。再びブルヒィイイ! と鳴き、後ろ足で壊れたダンシングサンタを蹴り飛ばした。父親は衝撃で壁に向かって吹き飛び、大友克洋の傑作漫画『童夢』に於けるチョウさんこと内田長二郎の「ズン」のところみたいになった。

「マキちゃん マキちゃんなの?」

 ペガサスは優しい瞳でレイカを一瞥すると再び窓ガラス(入ってきたのとは別の)を突き破って夜空へと飛び立ってしまった。

「パパ パパぁ!」

「れ、レイ カ」

「しっかりして! パパ! 死んじゃいや!」

「私が 悪かった レイカ は レイカの幸せを たいせ 大切に しなさ」

「やだ ちがう ちがうよ こんなんじゃ ちがうってば! いやあああああ!」

「ハァイ! サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪」

「……」

「私っかーらーメリクリスマッ! レイカッへのメリクリスマッ! サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪ びっくりした? パパは死にません! サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪オイエイ! サンタクロォシィズカァァミントゥユアハー♪アハーン サンタクロース イーズ カーーミーーン トゥハーートッ……」


 レイカはひと月ぶりに母親に電話した。しばらく泊めて。今日という日はいつしか特別となり、世界中の人々が雰囲気に酔いしれることを許される。愛と希望に満ち満ちた街は鐘の音にのせて幸福をイルミネイトする。メリークリスマス、誰にも祝福を。メリークリスマス、絶えることのない愛を。

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12月 るつぺる @pefnk

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