第9話 水平リーベ、君の船

一限目。

「水平リーベ、ボクの船 ナナマガリ シップスクラークか!」


 科学軍曹という異名の細山が、ダンベルを片手に怒鳴ってくる。

 火炎とナダリアは、息を切らしながら腕立て伏せをしながら、そして、波瑠と心美はすでにうつぶせになってへばりながら、

「水平リーベ、ボクの船!」

と怒鳴る。

 一のAクラスの大半が、すでに腕の限界が来ているようだ。

 細山は、元気よく十五キロのダンベルを持ち上げている。


「化学式なんぞ、さっさと覚えたヤツの勝ちだ!」


「それはいいけど、この腕立て伏せは何の意味があるんや・・・?」

 ナダリアは汗を流している。


「勉強漬けのヤツは受験に弱い!」

 細山は言う。


「大学受験が、三年間勉強やってるヤツよりも、一年だけやった運動部の方が合格率がいいのを知ってるか? 運動するとドーパミンが出て”やる気”のスイッチが入るからだ!!」


「ドーパミン・・・?」

火円も聞く。


「脳内のやる気を決める成分だ! さあ、水平リーベ、ボクの船!」

「水平リーベ・・・うぐぐぐ・・・」

 火円はともかく腕を上げようとする。


「じゃ、じゃああんた本人はなんでダンベル持ってるのよ・・・・?」


 細山は、キラリと白い歯を見せて

「筋トレが好きだからだ! 俺の友、スミスとアザール、みなさんに挨拶しなさい!」

 細山の膨れ上がった二の腕が、ヒクヒクと動き、火円たちの前で交互に動き続ける。

「ただの筋トレ好きじゃん・・・」

心美は、床に突っ伏した。


・・・・

・・・・・・・・・・・


「まず塊より始めよ! 古典、漢文のキャトリン・李です。キャットと呼んでくーださい」

 金髪でなかなかの美人、ビシリとスーツを着こなしている。


「あーあ、古典、漢文かあ・・・」

 波瑠はそうぼやいた。


「あれあれ? 波瑠さんは、古典と漢文がイヤですかあ?」

ニコニコと笑うキャトリン。


「いえ、そうじゃないけれど・・・」

(そうだけど)と波瑠は心中で思いながら、


「どうしてですかあ? 波瑠さんの国のお隣、中国の歴史が漢文デエス。それなのに、どうしてイヤなんですかあ? なんでも言ってください」


「あ、いえ・・・その・・・だって、英語とかフランス語とかだと今からでも使うけど、古典と漢文って、一生使わなさそうじゃないですか」


 火円も、波瑠のいうことはなんとなく分かる。


「ハーイ、ようく言ってくれましたあ。なんせ、みんなが古典と漢文がやる気が出ない理由を、波瑠さんが全て言ってくれマシたあ」


「あ、いえ・・・」

まごまごとする波瑠。あまり、目立つには得意ではないし、こういうのは心美の出番だと思っている。


「ソウーです! 古典と漢文、多分学者や物書きでないと、一生使わないデース。おおう、キャトリンも悲しいピエンでえす。けど、それを言い出すと、因数分解と微分積分も、設計士じゃないと使わないデエス! そして、この古典と漢文・・・なんと、物凄くコスパがいいんです」


 キャトリンは、黒板に『三十と十四』と書き込む。


「みなさん、古典はたったの三十! 漢文はたったの十四デエス。それは・・・文法! 古典の文法はたったの三十、そして漢文はたったの十四覚えれば、全部読めるようになりマアス! これ、英語の構文だと五百くらいはありマアス!」

 火円たちの目の色が変わる。


「こんなお買い得教科、他にありまセン! そして、私はほんとにただの受験用の教師・・・みなさんの卒業後の仕事は、ぶっちゃけどうでもいいデエス! 解ければなんでもいい! 受かればなんでもいい! それが勉強デエス!」

 キャトリンはズバリとそう言った。


「さらに、みなさんには勉強を駆使した魔法も待っています! さあ、ガンガン覚えましょう!」


・・・・・・・・・・

・・・・・・


「君たち・・・・頭がいい人と頭が悪い人の違い・・・何か分かるかね?」

 やせ細った剛力登山が、そう言う。


「要は数学だ・・・! 野党がバカに見えるのは、数学に弱いからだ・・・! 東大理三に受かるヤツと受からないヤツの違いも、要は数学だ! 河野玄斗が動画で金を稼げるのも、数学だ!」


 剛力は言ってすぐに咳き込む。


「火円くん・・・君はこの問題を、”伊勢海老のエイリアン”から出題されて、解けなかったそうだな? 『1を9998で割って、小数点第97位を求めよ』か・・・」


「はい・・・」


「君、レベル低いね。これ、中学入試だよ?」


 ナダリアは、

「なんやと、ゴラア! それが教師の台詞か!?」

と怒鳴っていた。

 波瑠もむっとしていた。

 もちろん、解けなかったにせよ、火円はみんなの代わりに頑張ったのだ。


 剛力はにやりと笑い、


「仲間には恵まれているようだね、特にそっちに金髪の子は、俺を破滅させようというように計算してるね」


 そう言われ、心美は「はっ? わ、私別に火円のことなんて、どーでもいいし」と口ごもっている。


「けど・・・君らには、これくらい一瞬で解いてもらわないと困るんだよ・・・なんせ、君たちにしかエイリアンは討伐できないんだ・・・! 我々、大人には魔法は使えないんだからね」


「・・・はい」

 剛力は俺を試しているんだ。火円はそう考えることにした。


「では・・・これの解き方を教えよう。一回で覚えてくれよ・・・!」

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リュケイオンの心学魔法 スヒロン @yaheikun333

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