第8話 パンダの受難

「ようこそ、諸君! このリュケイオンの学び舎へ! これから、学業に部活動にと、全ての明るい未来が待っているでしょう!」

 学園の校長ジェジェルソンが威風堂々と壇上で語る。

 集まったのは新入生55人。

 さらに、マスコミ関係者やカメラマンも集まっている。

 このリュケイオンの学び舎は、偏差値63を超える者でなければ入れない超難関である。


 しかし、卒業後は心学魔法士、心学弁護士、心学医師に共和政府の官僚と、超エリートコースが待っているのだ。

 生徒たちからの一番人気は、やはり心学魔法士。

 競争倍率0.3%とも言われる職業であり、基本的に25歳までで魔法は使えなくなるというが、しかしなんせエイリアンと戦い、市民を守ることができるのだ。

 波瑠の隣では、心美が隣に座っている長身の上級生に「ええー、センパイってそんなことまでできるんですかあ。ココミ、信じられなあーい」と普段通り、“事前準備”をしているようだ。

 心美におだてられ、その先輩は有頂天の様子だ。

 なんせ心美は顔も声も髪型も名前も、全部清純派の女優のようで、違うのは性格だけなのだ。

「ココミ、もうリュケイオンではそういうのはナシって言ったでしょう?」

「ふん、私さっき丁度いいのを見つけたわ・・・いかにも、“元いじめられっ子”みたいな、ダサい三つ編みの女をねえ。クヒヒヒ、今から楽しみねえ。じゅるる、おっと涎がこぼれるわ。あのダサい女をイジメ抜いたら・・・ケヒヒヒヒ」

 心美はなんで私と友達で、なんで私には本音を漏らしているんだろうか、と波瑠はたまに思う。

 心美と一緒にいるので、波瑠のこともイジメ仲間だろうと思われてシンドイ目に遭うことも多いのだ。

 火円が同じクラスだとある程度収まるんだけれど、今回もそうしてくれるだろうか?

「本日は、私たちの大事な新入生のために、多くの関係者に集まっていただき、誠にありがとうございます」

 ジェジェルソンは集まった全ての人々に語りかけた。

「さらに、先日の列車へのエイリアン襲撃とその被害については、この場を借りて謝罪いたします。大切な子供たちを、危険な目に遭わせて本当に申し訳ないことです」

 そこに集まった記者たちから、一斉にカメラのフラッシュが焚かれた。

「校長! これで、エイリアンにより生徒が危険な目に遭うのは三度目・・・! しかも、まだ入学する前でのことなんですよ? ここまでする必要があるんですか!? 英国の軍事研究所によれば、エイリアンは通常兵器でも十分撃退できるとのことです! 心学魔法には、そこまでの意味があるのですか!?」

 ジェジェルソンはさらにフラッシュを浴びる。

 心美は、

「キシシ、あたしマスコミの人だーいすき! おんなじ匂いがするからね」

 心美が笑う。

「私のお仲間がいっぱい集まってきているわ。しかも、自覚ナシ覚悟ナシ、意味ナシの3ナシいじめっ子がね」

と嬉しそうに笑った。

「あんたの方が高等なイジメっての?」

 波瑠はそう言う。

「そうに決まってるでしょう?」

 何故か、きょとんとしている心美。

「エイリアンを完全に退治するには、心学魔法しかないと確信しております」

 ジェジェルソンはそう言った。

「その心学魔法の情報、もっと開示されるべきだという声もあります! 25歳までしか使えないと言われているが、校長は使えるんでしょう!?」

「極めて特殊な条件を満たした場合のみ、使えるケースもあるということです」

「その条件を公開するべきだと言っているんです!」

 火円はナダリアがぐうぐうと眠る横で椅子に座っていた。

 そして、少し納得がいった。

 要はこの記者たちも、魔法が使いたいのだ。

 誰だって、魔法を使ってみたい。

 自分も「心学魔法はカッコいいな」というのが、ここを希望した理由の一つだ。

「みなさんの不満も最もです。しかし、今回の被害は、こちらの鈴木彗星と彼女が信頼した生徒らによって、出来る限り収めることはできました」

「偶然です! それに、市民に被害も死者も出ました!」

 記者の一人が唾を吐きたてる。

「全ては、私の責任です」

「それは、あんたら責任者が、責任を取らない時の言い訳だ」

 と脂ぎった中年記者がしつこく食い下がる。

(一体、校長が何を答えれば納得するんだ?)


 火円はうんざりしながら見ていた。

「ンゴっ? あれ? もう晩飯かいな?」

 ナダリアが言う。

「まだ、午前九時だ」

「何が起きてるんや? 騒がしいな」

「別に見ても見なくてもどうでもいいことが起きてる」

「じゃあ、寝ますわ」

 次の瞬間、またしてもナダリアは寝息を立て始めたので、火円は驚愕していた。

 これだけの喧騒が続いており、生徒の親からも「引っ込んでろ、マスゴミ!」と罵声が飛んでいるのに。

「……いい加減にせんか! 馬鹿ども!」

 いきなり途方もない大声で、一瞬にして壇上は静まり返った。

「ンゴ!? なんやあ? 昼飯かいな」とナダリアだけがつぶやいた。

 大男が壇上に立っていた。

「失礼。共和政府軍の副指令の富樫だ」

 火円もテレビでしょっちゅう見たことがある。

 厳めしい面構えで、55歳だと聞いていたが、かなりの威厳を感じる。

 一人で大型エイリアンを倒したこともあるという猛者だ。

「ば、馬鹿とはなんだ? それが人に対する」

「馬鹿は馬鹿だ。 そもそもお前らは、ジェジェルソンが“学校の校長”で、本当はエイリアンの被害に何の責任も無いということすら分からんのか?」

「ぐ・・・」

 記者たちは静まり返っていた。

「市民を守るのは、全て軍の責務! つまり、今回のできごとは全て、遠征隊に人数をさき過ぎた俺の責任だ! それを分からず、何の責任もない校長と彗星くんを攻め立てているヤツが、馬鹿以外のなんだと言うのだ!?」

 

 火円は富樫をかなり見直していた。

 テレビで見る印象、そして彗星をかなり攻撃していたと聞いていたので、陰険な男だと誤解していたのだが、紛れもない“軍人”であった。

「というよりマスコミ諸君は、要は自分たちも魔法が使いたいのに、リュケイオンがほぼ独占しているのが悔しい、というのが本音だろうがな」

 生徒や関係者から笑い声が漏れ、脂ぎった記者は悔しそうに歯噛みしていた。

「そ、そんな個人的な理由ではない! 市民を守るためにも、魔法の情報を開示すべしと言っているのです」

「だから、議事録は全て公開しているだろう? それとも、魔法の使い方を一から説明するのか? じゃあ、銃火器の使用方法を我々軍人の手で逐一説明せよというのか? 魔法は兵器同然の危険なものだ。民間人にあまり触れさせるワケにはいかんよ」

 しかし、まだジャーナリストは食い下がろうとしているようだ。

「みなさん、お静かに! 全ての責任は、校長である私です」

 ジェジェルソンはそう言う。

「そして、彼ら四人はすでに、魔法が使える準備ができているのです」

 ジェジェルソンは、火円に笑いかけたような気がしていた。

「では、その四人。火円、波瑠、心美、ナダリア。壇上に来なさい!」

 火円は少し前に聞いていた通り、壇上へと昇っていく。

「では、これより四人には、心学魔法士見習いに一気に上がってもらいます! 遠征隊の安否が不明の中で、一刻も早く戦力の魔法士が必要です! 心技体共に備わり、そして弱気を助け、強きを挫く彼らになら、今すぐにでも見習いが務まるでしょう!」


 一斉にフラッシュが焚かれる。

 要は、手ひどい痛手を負ったばかりのリュケイオンの学び舎に、マスコミ用の客寄せパンダが必要だということだ。

「火円くん、今のお気持ちは!?」

「夕張さん、君にはすでにファンがついているけど、率直な感想は?」

「夕張さん、こっちにも笑顔で一枚おねがいしまーす」

 心美は、「ええ? わ、私こんなの分からないよう、波瑠ウ」と言いながら、波瑠に抱きつく。

(なんだか、厄介なことになったな・・・)

 とはいえ、校長も便宜を図ってくれているのだ。

(期待に・・・応えるしかないか)

 火円はそう誓った。

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