第7話 神花
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
神花の声だ。
ここは天国・・・という訳じゃなさそうだ。
神花の小さいけど端正な顔が見える。
「気がついた!? もう、お兄ちゃん!」
「・・・病院? 神花」
「そうだよう! 死んじゃったと思った! 私、お兄ちゃんが死んだらどうしようってそればっかり! ねえ、もう危ないことは止めようよ! ウチに帰ろうよ!」
小さな兎みたいな神花が、珍しく怒っている。
というより、俺はなんで生き延びたんだろう?
「ねえ、お兄ちゃん!」
「神花・・・ここまでどうやって来たの?」
「お母さんと一緒に決まってるじゃない! お母さん、怒ってここの校長さんを怒鳴りつけて、すぐに退学の手続きを取ってるよ」
ううん、そりゃそうだよなあ。
「あの彗星さんっていうカッコいい感じの人にやらされたんでしょ? お兄ちゃん、セキニンカンが強いから、逃げられなくなってさ」
「いや、そうじゃないんだ。俺が自分でやったんだよ」
「ウソ! あの彗星さんが、たぶらかしてユーワクしたんだ!」
「誘惑って、そんな単語何処で覚えたんだ・・・」
火円は、神花の頬を両手で掴んだ。
「大丈夫だって、そんなすぐに退学する訳にはいかないよ」
「じゃあ、まだ続けるの・・・?」
神花は、ぷくうっと頬を膨らませている。
コンコンと部屋がノックされた。
彗星が病室に入ってきた。
神花は、自分の頬を引っ張って、「べーだ」とやったので、火円は「こら」と叱った。
どうやら、彗星のことを警戒しているらしい。
「神花、彗星さんはそんなんじゃないよ」
「べーだ!」
「おやおや、まいりましたなあ。ハテサテ、すっかり神花さんに嫌われてしまったようで」
「お兄ちゃんを危険な目に合わせた癖に!」
彗星は、たおやかな雰囲気を急に引き締め、帽子を取った。
「確かにその通りでございますね、神花さん」
キチンと正座して、両手をそこについた。
「彗星さん? 止めてください」
火円は驚いていた。
「私一人では、被害を防げぬと思いましたので、火円くんの力が必要だったのです。申し訳ありませんでした」
「いいですって! 俺も生きてたんだしさ」
しかし、神花はまだ納得がいかない様子だ。
「ま、謝るのがトーゼンだしね」
「こら、いい加減にしなさい! 神花、ちょっと向こうに行ってなさい」
神花は「べー、じゃあ彗星さんとだけ話してればいいモン」と言いながら、病室を出て行った。
彗星はクスリと笑いながら、
「可愛い妹さんですね」
と言った。
「聞き分けのない子です」
と火円は返す。
「それより・・・本当は彗星さんの方が大変だったんじゃないですか?」
「ハテサテ」
「トボけないでください、俺にだってあの時彗星さんがやったことが、多分ルール違反だってことと、それと彗星さんは『ルール違反』をするだけの力があるってことも知っています」
「オモシロイことを言いますね、ルール違反には力が必要ですか?」
「僕は委員長なので、心美の相手をよくすることになるんです。どうしようもないイジメっ子だし、それなりに違法的なこともやる。ところがね、この“問題児”って子たちは、実は力が無いワケじゃないんですよ。もちろん、ただのしょうもないヤンキーやいじめっ子は、相手にしないんですが、心美の場合、驚く程に上手く校則やルールの穴を突いてくるし、意外にカリスマ性とかもあるんです。僕は知っている。『意図的にルール違反をするヤツには、力がある』ってことを」
「なるほど」
「彗星さんは、優等生だけど、ハッキリと今回は“ルール違反”をして、僕らに魔法を使わせた・・・しかも、それなりに代償を支払うことになったけれど、でも彗星さんの元の実力からいくと、そこまでのダメージでも無かった・・・そんな所じゃないんですか?」
すると、彗星は両手を叩き始めた。
「お見事すぎます! 素晴らしい。貴方の通知簿の『リーダー性、みんなを率いる力』の欄に、担任の先生が『十点満点で百点でも足らない』と書いていた理由が分かります」
「あ、山田先生、そんな風に書いててくれたんですか・・・」
担任の山田の、温厚な顔を思い出す。
「そうね、私はかなりのルール違反で、割と怒られています」
「すいません」
「いいえ、あの時は、被害を防ぐには君たち四人を強制的に魔法士にするしかなかった・・・」
「彗星さんは、人を魔法士に代える能力があるんですか?」
「ええ。と、いうより実はここだけの話・・・偏差値75以上の心学魔法士は、みんなその力があります。けれど、実際にやると、危険性も高い。今回、君の命が無事で本当に良かった・・・」
「・・・俺はなんで、ほとんど無傷なんですか?」
火円は気になっていることを聞いた。
「自分でもバカをやったのは知っているんです」
「ええ、それとその理由・・・今なら分かる。あの時、あの問題は・・・キミの実家の方向に向かっていたのね・・・私が迂闊でした。キミが神花ちゃんに危険が迫っているかもしれないのに、逃げるワケがなかったわね」
「はい・・・」
「まあ、キミが無傷なことは、そこまで深く捉えないでくださいな。要は、キミを守るためのアイテムを使った、というだけ。それなりに貴重なモノだったけれど、大事な生徒を守るためですので」
「すいません」
彗星は、そこでふと笑った。
「まだ、心学魔法士になりたいですか? リュケイオンで学ぶ気はありますか?」
「・・・はい」
最後、あの開成中学の問題に圧倒されてしまった。
ひたすら悔しいし、情けない。
けれど、やっぱり単純に勉強や試験というのは楽しい。
サッカーで敵のエースと一対一になる時に似ている。
フィジカル、技術、スピード全部を使っても止められないドリブラーが突進してきたら?
そこから先は、本当に自分と向き合うだけの世界だ。
「僕は、悔しいけど、やっぱりあの問題を解けるようになりたい・・・1を9998で割って何になるんだろうと思いながら解いていたけれど、それを言い出したらサッカーも野球も意味なんてない・・・! ただ、あの問題を解けるようになりたい・・・そう思います」
「良かった。では、ちょっと君に、パンダになってもらうけれど、いいわね?」
彗星は時折、意味不明なことを言う。
「パンダ?」
火円は生真面目に聞き返していた。
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