9月27日(月曜) その日②
俺たちが緊張しながら体育館下のピロティまで到着すると、そこでは体育教師の中村が倉庫の前に広げられた沢山のテントと格闘している場面と遭遇することとなった。
「おう、お前ら。手伝ってけ」
中村は俺たちの姿を見るや、丁度良いとばかりに気軽に用事を言いつけてきた。
「無理だわ、先生」
運んできたテントを下ろしながら広瀬が返す。
「薄情だなー。まあ、お前らのとこはまだきちんと畳んである方か……。行っていいぞ。生徒を勝手に使うとまたうるさいからな。……ああ、待て下ろすな。机と椅子は上だ、上」
下ろすなと言われたがそれには構わず、中原たちに長机を一旦地面に置かせて、俺と広瀬がその上からパイプ椅子とたこ焼き器の箱を受け取った。
「全くお前らは、始めるときはやる気出すくせに、片付けるときはホントいい加減だよな」
俺は中村がテントの資材を動かす度に鉄同士が鳴らす高い音を、気が気でない思いで聞いていた。
だが、やめてくれとも言えず、ここでかまけているわけにもいかない。
汗だくになっている中村一人を置いて、俺たちは体育館に続く外階段に向かう。
「先生!」
突然広瀬が発した大きな声。俺の肩がビクンと跳ねた。
「……何かヤバいことが起きたら音を出さずに慎重に逃げてくれ。アイツら声や音に反応するから」
広瀬が去り際に振り返って、中村にそう声を掛けた。
置き去りにされた中村は腰を伸ばしながら、不思議そうな顔でこちらを見ていた。果たして今の一言だけで意図が伝わるだろうか。言葉自体は聞こえただろうと思うが……。
外階段を最初に上りきったのは一番荷物の少ない俺だった。
音を立てないように注意しつつ、重い鉄の扉をゆっくりと内側に押して開く。
今の時間、どの学年の、どのクラスも体育の授業がないことは事前に調べて確認してある。その下調べのとおり、体育館は無人だった。
慎重に、頭を中に入れ、体育館の隅々まで視線を行き渡らせる。
「大丈夫そうだ」
俺が振り返ってそう言うと、広瀬と吉岡はようやく落ち着いた表情を見せた。
外階段の上からはグラウンド全体がよく見える。
グラウンド脇にある旗を掲揚する棒についたロープが風に吹かれて揺れているのが見えた。しきりに聞こえていた金属音はあのロープが棒に当たる音だったようだ。
グラウンド自体には何も動く姿がない。
何の変哲もない秋晴れの風景。
これからこの下で何かが起こるのか?
アレは? 〈モヤゾンビ〉はどこからやって来る?
体育館に入ると、俺は五人を後ろに引き連れて広い体育館を横断し、用具室を開けた。
長机とパイプ椅子を他と同じように揃えて置くと、何事も起きないまま片付けが終わってしまう。
「たこ焼き器もここ? 調理実習室とかじゃないの?」
「調理実習でたこ焼きなんて作るか?」
「ああ、そういうのは全部そこの台車の上みたいだな。ほら、他のも置いてある」
荷物を片付けた俺たちは、心も幾分か軽くなっていた。
「なあ、そろそろいいんじゃないか? 説明してくれても」
「そうだなあ……。もしかしたら世界の危機? だったかもしれないってやつ?」
「はあ? マジメに言ってんの?」
本当にこのまま何事もなく終わるのだろうか。
いや、まだだ。まだ緊張を解くのは早い。
問題の渡り廊下を越えていない。
一同が用具室を出て、渡り廊下に続く扉の前まで来たとき、中原が言った。
「なあ、戻って中村の奴、手伝ってやらねえか?」
そう言って、先ほど入ってきた外側の扉の方を指した。
ドアは開いていて、そこから空の青い光が見えている。
何故開けたままなんだ。
普通、最後に入った者が閉めて来るものじゃないのか?
ドアにはご丁寧にストッパーがしてあった。
ストッパーを噛ませたのは俺だ。後の者が入りやすいようにと。
そうか。最後の二人は長机を持つのに手が塞がっているからドアを閉められなかったのか……。
何かがカチリと噛み合う感じがした。
「なあ」
中原がもう一度促してきた。
広瀬と吉岡が不安そうな表情で俺の方を見る。
「駄目だ。渡り廊下を通って教室に戻る」
渡り廊下は目と鼻の先。
もし何事かが外で起きているとすれば、今がまさにその時だ。
今は間違っても外にいてはいけない。
それに、〈何も起こらない〉としても、今、渡り廊下を通らなければ意味がない。
夢で見たとおりの条件が、全て揃った今でなければ、予知夢が外れたと確信することができない。
「それよりも……」
あのドアを閉めよう。
その言葉を最後まで続けることはできなかった。
何の前触れもなく、強烈な振動に脳と身体を揺すられた。
俺だけではない。
広瀬や吉岡たちも頭を押さえて痛みに耐えている光景が目に映る。
これは……痛み、なのか?
それすらも分からない。とにかく、とても不快な何かだった。
何が起きたのかも分からないままに視界が歪み、俺はその場に立っていられなくなる──。
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