9月27日(月曜) その日①

 土曜の文化祭がつつがなく終わった翌週月曜の朝。

 俺たちのクラスは、担任から屋台用の設備の片付け場所が違うという連絡を受け、自習に割り当てられた授業中に、それを正しい場所へ運び直すことになった。

 その割を食ったのは、俺たち七人の班だった。

 正直なところ、こういうことになることは分かっていた。

 文化祭の後片付けをしているとき、他のクラスがテントや机をどこかに運んでいる様子があったのに対し、俺たちのクラスだけがその場にまとめて置いただけにしていたのだ。テントを畳んだ人間は、そこまでは自分たちがやったのだから、運ぶのは別のグループの仕事だと勝手に判断したのかもしれない。

 俺は、そのことに気付いていたが、その場では何も言わず、皆と一緒にそのまま帰宅した。

 荷物はクラス全員で運ぶほどの量ではなかったし、俺たちの班は設営の際にほとんど手伝っていなかったので、後日片付けを振られるとしたら、俺たちのグループに押し付けられる可能性はかなり高いと考えたからだ。

 ある意味作為の結果だったので、朝礼でその話題が出たとき、俺たち四人に動揺はなかった。

 ただ、覚悟を決めるだけだ。


 教室では中原が岩見相手にだらだらと文句を垂れていた。いよいよ席を立って外に出る段階になると、今度は広瀬に喰って掛かる。


「広瀬、お前何で黙ってんだよ? いつもだったらぜってーお前も文句言うじゃん。全員でやったほうがぜってー早いって、お前からも言えよ」


 広瀬はそれには答えず、神妙な面持ちで黙りこくっていた。

 相当緊張しているようだ。


「なあ、おい。こいつどうしたんだ? ウンコでも我慢してんのか?」

「まあ、ちょっとな」


 俺は言葉を濁し、中原の身体を押して教室の外に出るよう促す。

 廊下に足を掛けたところで振り返っても、まだ広瀬は自分の席で立ち尽くしていた。

 ……これは広瀬がやると言っていたことだが、仕方がない。


「皆、聞いてくれ!」


 あまりこういうことをするタイプではないので、自分の声が意外にも大きく響いたことに驚いた。

 それまで騒がしかった教室内が急に静かになった。


「あー……、ちょっと変なことを言うんだが、真面目な話だから聞いてくれ。もし俺たちがいない間に外で何か騒ぎが起こっても、教室からは出るな。ドアを閉めて、声や音を出さずに静かに隠れていてくれ」


 クラス中の人間が俺の方を不思議そうに見ていた。

 やや間が空いたあと、隣の友人と囁き合うような声が波紋のように広がっていく。


「何々? どういうこと?」

「どうしたんだあいつ?」

「佐野君どうしたの?」


 まあ、当然こうなるだろうという反応だ。

 だが、とりあえず今はこれでいいだろう。

 何も起きないまま教室に戻ってきた場合の説明が面倒だが、そのときは全員の身の安全と、俺のバツの悪さがトレードオフになったのだと割り切れば、そう悪い話ではない。


「悪ぃ、サノヤス」


 廊下に出ると広瀬が追い付いてきて言った。


「いいって」


「俺、皆に今すぐ逃げろって言うべきなんじゃないかって迷っちまった」

「いいって」

「おい、今の何だよ、佐野。広瀬も何か知ってるのか?」


 傍で喚く中原がうるさいが今は放っておく。

 吉岡と白峰も別のドアから出てきた。


「佐野、恰好良かったじゃん。ねえ、美尋?」

「ええ」


 何の感情も籠っていないように聞こえる白峰の返事。

 俺は何も言わず、白峰の目を見つめた。

 白峰も何も言わずに、ただしっかりと頷いて、俺たちとは逆方向に歩き去った。


「え? なんだよ、お前らも何か知ってるの? 俺だけかよ何も知らねーの?」

「大丈夫だ。俺も知らない」


 岩見は普段どおり落ち着いている。

 こいつが中原の傍にいてくれるのは助かった。


「だろうな。お前までそっち側だったら俺ショックで寝込むわ。あっ、倉田。お前も何か知ってそうな顔だな」

「知らないよ」


 最後に倉田が出て来たのを確認して俺たちは中庭へと向かう。


  *


 中庭は見事に、俺たちのクラスの荷物だけを残して綺麗に片付けられていた。

 俺たちのテントは土曜日の帰り際に見たときのままの姿でまとめてある。あまりに整然としているので周囲に溶け込んで見える。まあ、これなら片付けは本当にただ運ぶだけで済みそうだ。


「何だよー。何か面白いことがあるのかと思って期待したのに、普通に片付けるだけかぁ? 騙されたぜ」


 中原はボヤきながらも、岩見と一緒に長机を担いで大人しく片付けを手伝っている。俺と広瀬がテント用具一式、倉田はパイプ椅子、吉岡がたこ焼き器のセット。で、大方皆の手が塞がった。


「ちょっと手が足らなくないか? 白峰はどこに行ったんだよ?」


 岩見が誰にともなくそう尋ねたが、誰も何も答えない。

 テントが想像以上に重いので早く移動したい。


「吉岡、頼む」


 持ち手を直しながら広瀬がそう言うと、吉岡が抱えていたたこ焼き器セットの箱を中原たちが持つ長机の上に置いた。


「ほい」


 それを見て倉田も自分の持っていた椅子を二人の机の上に載せる。


「おい、ふざけんな」


 中原は文句を言ったが、重さ的にはまだ余裕そうだ。

 吉岡と倉田の二人で電源コードや他に残った細々としたものを何とか抱え、俺たちは体育館の方に向かって歩き出す。


 移動中、俺たちは周囲をあちこち見回し、互いに目配せし合いながら慎重に進んだ。

 中庭から体育館下に行く途中に人影はなく、不気味なほど静かだった。

 遠くの方から、何かが金属にぶつかっているような、カンカンという高い音が聞こえてくる。何かが風になびいて揺れているのだろうか。


「なあ、これ、なんか極秘ミッション系のやつ?」


 沈黙に耐えられなくなった中原が再び口を開く。

 俺は校舎の壁に反響する中原の大きな声が堪らなくなった。


「中原。後で説明するから、今はちょっと静かにしてくれ。でかい声とか音は……、ちょっと不味いんだ」

「……絶対だぞ?」


 俺や広瀬、それに吉岡が、ただならぬ雰囲気を醸していたからだろう。

 それから中原はピタリと喋るのをやめてくれた。

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