9月17日(金曜) 文化祭前
結果は広瀬の言ったとおりだった。
次の日、俺が抱えていた危惧について話すと、白峰はあっさりと了承した。
誰かにこうして欲しいという希望があるなら、周りであれこれ画策するのではなく、まず直接本人に言って頼んでみれば良かったのだ。
「やっぱり話し合うことが大事ってことですよ先輩」
昨日の今日で、フラれたばかりの相手が目の前にいるというのに、磯辺はいつもと全く変わらない様子で座っていた。
繊細なのか図太いのか、俺にはこいつのことが全く分からない。
「そうだな。多分動転していたんだと思う。何故か白峰にそれを伝えても拒否されるような気がしてたんだ」
「いや、自分の命が懸かってるんだから、それはないだろ」
広瀬のやけに得意げな顔が多少ムカつくが、お陰で問題が解決したのだからそれぐらいは我慢しよう。確かに普通に考えれば、可能な限りリスクを回避し、万全を期するのは彼女の性分だ。
白峰は最初からこの話に前のめりだったし、その日のための準備に誰よりも熱心に取り組んでいた。だから、実行の段階になって、自分が蚊帳の外に置かれることを了承しないような気がしていたのだが、とんだ取り越し苦労だった。
少しは白峰のことを分かったつもりでいた自分の傲慢さを恥じた。
「じゃあ来週から白峰はしばらく休みか。役割分担も今日のうちに組み直しておかないとな」
そうだ。白峰がいる前提で組まれていた計画に支障がないかチェックしておかなければ。
「何言ってるの。学校には来るわよ?」
「「え?」」
全員が驚いて白峰を見た。
白峰は皆のその反応の方に驚いたようで、ぎくしゃくと手を振った。
「どうして? 私は体育館に近付かないようにするって部分に同意しただけよ?」
「俺たちがどういう経緯で渡り廊下にいたのか分からない以上、学校に出て来ないようにした方が確実だろ? なんなら俺たち全員で学校を休んだっていいんだぞ?」
俺は反射的にそう言い返していた。
「予知夢のシチュエーションが実現しないようにする方法ならいくらでもあったわ。でもその選択はしなかった。計画の破綻を確定させる情報が出ていない以上、今から大きな改変を狙う方がリスクよ」
いや……、そうだ。そのとおりなのだ。言い返せない。
俺たちの計画の土台は、予知夢が現実になった場合に多くの情報を持っていることを利用して上手く立ち回ることにあった。
予知が外れるならそれで良し。
予知の阻害に積極的に携わらないことと引き換えに、万が一それが起きた場合に、少しでもマシな結果に導くことが大前提の戦略だ。
だから、予知どおりの災厄が起きるのならば、俺が夢で見たとおり、渡り廊下でそれを目撃するところから始まることが望ましい。
俺は、いつの間にか自分が、白峰以外のその他大勢よりも、白峰一人のことを優先していたことに気が付いて焦った。
「問題のメンバーが揃って行動するシチュエーションに気を付ければいいわけでしょ? もし、本当にそうなる状況が訪れたら間違いなくそれが合図なのだから、私は急いで放送室に向かうわ。同じタイミングで磯辺さんにも連絡する」
理に適っているように思える。
白峰の説明を聞いた皆の間にも、安堵の空気が広がるのが分かった。
「まあ、それが落としどころかー」
「複雑だけど、私は美尋がいてくれたほうが安心だし、まあ賛成……かな」
「そうですよね。こんな一大イベントを見逃したら一生後悔しますから。私だったら熱出して寝込む状態でも絶対来ますよ」
「…………」
不安が消えたわけではないが、あの現場に白峰が近付かないということであれば、俺としてもそれで納得せざるを得なかった。
*
その話し合いの後は皆で校内を周り、最終チェックや準備に追われた。
まず、区域限定で鳴らした校内放送が、どの場所のスピーカーから鳴るのかを正確に把握するためにテストを行った。
夢の中で落ちて壊されていた一階実習室棟廊下のスピーカーについては、調べたところ、固定するネジがそもそも付いておらず、金具に引っ掛けられただけの状態であったことが分かった。幸い周りは文化祭の準備期間中なので、すぐに広瀬がどこからか工具を借りてきて、それでガッチリ固定することができた。
次に、部室から食糧や水、それに電気ポットを視聴覚室に運び込む。長く籠城する計画ではなくなっていたが念のためだ。
「何する気だか知らないけど、申請した模擬店以外で飲食物の提供は禁止だからね?」
視聴覚室では、俺たちが文化祭の準備をしていると勘違いした吹奏楽部の水沢にそう声を掛けられた。説明するのも面倒なので吉岡が適当に言って誤魔化し、誤解をさせたままにしておく。
ちなみに、視聴覚室の鍵の件は、白峰の交渉が上手くいったようで、随分前から吹奏楽部が使っていない時間帯も常時開錠した状態にしておく、ということで話がついていた。
彼女らであれば毎日朝練の時間に必ず鍵を開けるので、元いたアニ研の奴らより余程信頼できる。
それから、防火扉の開閉に支障がないことや、各教室のドアの立て付けについても一通りチェックして回った。
防火扉につっかえ棒をするための長机の寸法確認も問題ない。
長さ自体は予め磯部がメジャーを使って調べたと言っていたのだが、実際に夢で見たのと同じように置いてみると、当然のようにピタリとはまり、皆で揃って低い唸り声を上げることとなった。
また、調理実習室の後ろ側のドアに関しては、すでに昨日のうちに調べてあり、下のレールの一部に凹みがあることが分かっていた。引き戸を全開にしてしまうとその凹みに滑車が引っ掛かり、ロックされたように動かなくなるのだ。
その修理まではできなかったが、技術実習室で見つけてきた滑走材を吹き付けると多少マシにはなった。これなら持ち上げ気味にして引けば女子一人の力でも閉められる。
スプレー缶を手に各教室を練り歩き、渋りや音が鳴るドアを見つけては滑走材を吹き付けていく俺たちは、他の生徒から見れば、文化祭の実行委員か何かに見えていたことだろう。
*
本格的に文化祭の準備が始まってからは、俺たちの緊張は一時的に和らいでいた。校内のあちこちに、文化祭用の看板や飾り付けが作り掛けで放置され始めたからだ。
過信は禁物だが、俺が見た夢の視界にそれらが映っていなかった以上、それらが校舎内にある間は予知夢で起きたことが現実になる可能性は低い。
今さらながら、ついにXデーの本命が絞られたというわけだ。
そしてこれも皆で相談して決めたことだが、俺たちはネットの掲示板に、文化祭が終わった翌週の月曜が大災害の起こる日である可能性が高いという注意を促す書き込みを行った。
もはや、その手の書き込み一つで騒ぎになるような雰囲気でもなかったし、逆にその情報が一考に値すると考える一部の人たちにとっては、助けになるかもしれないと考えてのことだ。
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