9月16日(木曜) 黄昏⑦
広瀬が無言になった。
やはりあれに不穏なものを感じていたに違いない。
来週末の文化祭で、俺たちのクラスは、たこ焼き屋をすることになっていた。
設備はほとんど有り物を使えるし、設営も前日にテントを建ててテーブルを並べるだけなので手間がかからないから、三年生の俺たちにとっては割と安牌な企画だった。
そして、そのたこ焼き屋の調理と販売をする時間帯を分担するためにグループ分けをした。それが今日の午後のことだ。
最初に夢を見たときから一緒にいるメンバーが不思議な組み合わせだと思っていたが、その文化祭で班別けされたメンバーが、夢に出てきたメンバーとそっくりそのまま同じだったのだ。
白峰を含めた七人組だということを除いて。
班決めのとき、俺たち四人は広瀬と吉岡が声を掛け合って同じ班になるように黒板に名前を書いたが、そこに中原と岩見、倉田が加わったのは俺たちが意図したことではない。なんとなくあぶれたメンバーがそこに収まったという感じだ。
嫌でも予知夢との関係を意識してしまう……。
「最初に渡り廊下から見た〈モヤゾンビ〉の姿は女子生徒に見えた」
「それが白峰かもしれないって?」
「その可能性は、あると思う」
「似てたのか?」
「いや、散々説明しただろ? 誰に似てるとか似てないとか、そんな判別できるような対象じゃない」
「だったら……。心配しても、しょうがないだろ?」
広瀬の言うことは多分正しい。
分からないことを気にしても仕方がないのかも知れない。
だが、そう否定する広瀬の言葉からして、不安な気持ちが滲み出るようだった。俺を説得することができれば、自分もその不安から逃れられるのに……。そんなことを期待しているふうにも聞こえた。
「吉岡が泣いてた」
「知ってるだろ? あいつは怖がりなんだよ」
「渡り廊下から逃げるとき、何で俺たちは体育館を通って外に出ようとしなかったんだと思う?」
「それは……、扉の開閉音がデカ過ぎるからそうしなかった、って話じゃなかったか? それに俺たちの目的は逃げることじゃない。学校の中に〈モヤゾンビ〉を封じ込めることだろ?」
「それは後から決めたことだ。二度目の夢を見て、その内容を皆に話すまでそんな発想はなかった。二度目の夢のとき、確かに俺たちは最初一階に降りようとしていた。結果的に視聴覚室にたどり着いたのは、下に下りる道が塞がってたからだ」
「……やべぇ、混乱してきた。これ、白峰たちがいるとこで話したほうが良くねえか?」
「今言ったのは、それらしく当てはめて考えたことだから俺も確証はないんだ。ただ、あの時、体育館側から抜けるって選択をしなかったのは、そっちには進めないっていう分かり切った理由があったからじゃないかって、今はそう思う」
「理屈じゃなくて直観だって話をしてるのか?」
「……自分が夢を見ているんだと俺が気付いたとき、最初から、何か恐ろしいことが起きているという実感があった。二階の窓から外にいるアレの姿を見る前から……」
これは今初めて組み立てている推論ではない。
ずっと不安に思い、そういうこともあるのではないかと考えていたことだ。
だが、こうして声に出して説明してみると、本当にそれが真相なのではないかという思いが増していくのを感じる。
その不安が、その最悪の未来を引き寄せることになりはしないかと恐れながら……、それでも、一度語り始めたことを止めることはできなかった。
「俺が見た夢は、最初からじゃない。途中からなんだ。何か良くないことが起きて、それで俺たちは体育館の扉を閉めた。その向こう側に……」
「白峰がいたってことか?」
「……かもしれない」
広瀬が歩くのをやめてこちらに向き直る。
「サノヤスはどうしたいんだ?」
「白峰を死なせたくない」
「いいぜ。協力する」
「正確には白峰に及ぶ危険を極力減らしたい」
「いいよ言い直さなくて。死なせたくない、の方が格好良くキマッてたから」
こちらは真面目に話しているのに、つくづく軽い奴だ。
「当日、白峰を体育館から……、いや、できれば学校からも遠ざけておきたい。何かいい方法はないか?」
校内で騒ぎが広がってから後のことは、これまでの半年で、散々情報を精査し準備を進めてきた。だから、現時点で一番不確定要素が大きいのは、最初の夢で見た渡り廊下の、直前の場面だった。俺が見ていない、夢が始まる前が一番危ない。
白峰に登校させないようにするのが最も確実だが、せめて、あの場所とあの時間帯さえ避けることができれば……。
「お前、中学同じってことは白峰の自宅とか知らないか? 親か誰かに頼んで、当日どこか遠くに旅行に行ってもらうとか」
〈モヤゾンビ〉を封じ込める作戦と準備はすでにある。その大部分を考えたのは白峰だが、実行は本人がいなくても何とかなるだろう。
「いや、落ち着けよ。当日っていつなんだよ。明日か?」
そうだった。問題はどの日がXデーとなるのか、ここに至っても分かっていないということだ。
もしかしたら、もう明日にでも事が起こるかもしれないというのに、俺には白峰を学校から遠ざけておくための具体的な策が何もなかった。
切羽詰まった俺に対し、広瀬は事もなげにこう言った。
「なあ、だったら本人に直接そう言ってみたらどうだ?」
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