《三度目の夢》

 学校の視聴覚室の中だというのはすぐに分かった。

 前回の夢の最後で、自分たちが目的地としていた場所が視聴覚室だという予想は付いていたので、つい先日、皆で連れ立って下見をしたばかりだったからだ。


 視点が低い。

 机の天板が目線よりも上にあった。

 どうやら床の上に腰を下ろして座り込んでいるようだ。

 夢はまた、前回の続きではあるのだろうが、今回は少し場面が飛んでいるらしかった。

 前回の夢で、三階まで階段を上り、視聴覚室の前に来るところまでは見届けたが、そこからドアを開けて中に入る映像が抜けている。

 それどころか、どういうわけか、あれから数時間、いや、下手をすると丸一日以上経過しているような感覚があった。

 そう感じる原因をたどっていくと、身体に寝起きのような倦怠感があることに思い至る。

 また、前回の夢までにはあったヒリヒリとした緊迫感が薄らいでいるようにも感じる。

 その代わり、心の奥底に重く鈍い感情が、澱のように淀んでいるのが意識された。

 当面の危機は去ったものの、事態を好転させる手立てがなく、追い詰められている状態であることを意味しているのだろうか……。

 疲労感や感情は生身の知覚ではなく、夢の中の自分を通して伝わってくる情報でしかないため、どこまでが夢から直接得た情報で、どこからが自分の類推であるのか、その境界が非常にあやふやだった。


 視線を上げた先では広瀬がカップ麺をすすっていた。

 その奥には倉田がスマホをいじっている姿が見えた。

 そこで、おや? と思う。

 倉田に話し掛けながら長谷川が視界に割って入って来たのだ。

 その手には広瀬と同じカップ麺があった。

 箸で蓋を押さえている様子から察するに、今お湯を注いだばかりなのだろうか。

 いやいや。そんなことはどうでもいい。

 かなりの違和感だ。

 長谷川はあのときグラウンドにいた。

 それもかなり遠くにまで走って逃げていた。

 あそこから校舎に取って返し、視聴覚室のある三階まで上って来たということだろうか。折角あそこまで行ったのなら、学校の外に逃げてしまえば良かったのに。

 いや、外に出れば助かるかどうかは分からないが、それでも、わざわざ騒ぎの中心に戻るリスクを取る理由があるだろうか。

 長谷川の姿を視界に認めた瞬間、そういった疑問が次々に湧いたが、やはり、夢の中の自分にとっては、長谷川がそこにいることは別段驚くことではないらしく、二人の会話を他愛のない内容と見なしたのか、すぐにそちらから視線を切ってしまった。


 顔を横に向けると自分の右隣には、吉岡が膝を抱えた状態で眠り込んでいた。

 この夢から覚めた後で、吉岡と隣り合って寝ていたという話をしたら、また嫌な顔をされるだろうなと思う。

 そもそも、何故自分の隣なのだろうか。

 オカルト研究会に顔を出すようになって、多少親しくなったとはいえ、より親しい相手というなら、広瀬の隣にいる方がまだしも相応しいのではないか。

 現実の世界を完璧にトレースしているように見えるこの夢の中にあって、この吉岡との距離感の齟齬だけは執拗に意識される。

 しかし、エレベーターの件もある。

 もしかすると、この夢が見せるこの時までに、帳尻が合うようにできているのだろうか。

 例えば……、例えばの話だが、吉岡との関係が劇的に変化する出来事が起きる、とか……。


 無為に思いを巡らせていると、猛烈な眠気が襲ってきた。

 夢の中で眠気とは酷い矛盾を感じるが、眠気という表現が一番しっくりくる。

 目の前が暗くなり、意識を保っていられなくなるような感覚だ。

 しかし、この奇妙な感覚には確かに覚えがあった。

 過去の二回の夢で、目が覚める直前に感じていたものと同じ。

 まさか、夢から覚めようとしているのか? こんなにも早く?

 気持ちは焦るが、自律的に身体を動かせない自分にはどうすることもできない。

 薄れ行く意識の中で、夢の中の自分が顔を上げた。

 床の上の一点に据えられていた視線が上方を向き、椅子から立ち上がって近付いてくる広瀬の姿を捉える。

 夢の終わりが近い。

 おそらくこれが、この夢で得られる最後の情報になるだろう。

 意識を広瀬の唇の動きに集中させる。

 広瀬が、言葉を発した。

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