5月17日(月曜) オカルト研究会探訪⑥

「あのですね。昔の人が見てた夢って、色が付いていない白黒の映像だったって言われてるんです。それが、テレビがモノクロからカラーになった頃に合わせて、人間が見る夢もカラーになったんじゃないかって。俗説に近い話ですけど」


「ああ、それで4Kとか5Gとか言ってるのか。大体分かった。でもなあ、そんなに変わるもんかあ? モノクロからカラーに変わったのと違って、視覚的にはそこまで劇的に進化してない印象だけど……。ブラウン管から液晶だろ? 有機ELと……、あっ、あれかな? VR!」


「えっと、ですね。掲示板だと結構難しく議論されてますけど、出力デバイスの性能に比例するというよりも、もっと大きな枠組みの話みたいですよ?

 要は、普段多量の情報に接しながら生活することを余儀なくされることで、脳の情報処理能力が自然と鍛えられて、その結果、夢の質が向上したんだー、とか。逆にそのレベルの夢じゃないと、脳をクールダウンさせるのに間に合わなくなったー、とか。そういう論調です」


「へー。……でもさ。サノヤスはその夢見たとき、明らかにいつもの夢と違うって感じたんだよな?」

「ああ」


「じゃあさ、昭和の人も初めてカラーの夢を見たとき、『わおっ、今日見た夢、総天然色だったでござるぅう……う? ヤバくね!?』ってなったのかな?」

「広瀬の昭和感の方がヤバイっつーの。江戸に寄せるか、平成に寄せるかはっきりしな」


 ガハハと笑い合う広瀬と吉岡。

 お茶らけているが広瀬の言いたいことは分かる。


「ならんだろ。そもそも普通は見ている夢が色付きかどうかなんて別に意識してないからな」

「だよなー。面白いけど、サノヤスの話を聞いた後だとちょっと違和感がなあ」


「確かに、環境の変化に伴う現象なら、変化はもっとシームレスに起きる気がするな」

「そう、それ。シームレス。さっすがサノヤス。インテリな言葉使うわ。シームレス!」


 こいつはいつもこういうイジりをしてくる。

 最初の頃はマメに言い返していたが、今では慣れて腹も立たなくなった。


「まあまあ。『人類5G化説』も、ネット上の誰かが言い出した説の一つでしかないので。何が正解かも分かりようがないですし、そんな考えもできるんだー、ぐらいで楽しむのがいいと思いますよ?」

「他には? やっぱ宇宙人説とかあるの?」


「ありますあります。『キャトラレ勢』ですね。

 『そんなことができる存在がいたとして、なんでそんな夢を見せる必要があるのか意味不明』の一言で一蹴されてましたけど、何故か今でも根強いです。

 『キャトってる間の記憶を書き換える為に夢を刷り込もうとしたが、現代地球人が見る夢の水準を測り違えたんだ』っていうレスバのくだりが最高に面白くて、私何回も読み返してますよ」


「マジで? 面白そう。今度俺にも見せてよ。まとめサイトとかないの?」

「あります、けど……、今はまだやっつけ感バリバリの緩いサイトしかないので、個人的には原典のログを読むのがお薦めです。あと、実は私、密かに自分でまとめサイトの立ち上げ準備をしてたり……そのぅ……」


 磯辺の声は徐々に小さくなり、最後の方はほとんど聞こえないくらいになっていた。賑やかしいのか引っ込み思案なのか、よく分からない奴だ。


「ウソー。やるじゃんイソッチ。それ部の活動ってことにしようよ」

「ええ。私も最初は部の活動実績がいるって話を聞いて、お役に立てればとは思ったんですけど。よく考えたらただ情報を選り集めただけのサイトって、活動実績としては微妙なんじゃないかと……」


「えー? そうかなあ?」

「私のサイトは主張とかなしで公平に情報を集めた中立なサイトにしたいと思っているので。それより先輩たちの言ってた会報誌の方がいいと思います。もちろん第一号の特集記事はこの話にするんですよね? なんたって身近に実体験者が見つかったんですから」


 再び磯辺がこちらを向いて、キラキラした目で見つめてきた。

 俺はその眩しさに耐え切れずにギクシャクと視線を逸らす。


「まあね。そのつもり。私は、こういうオカルトネタがどんなふうに発生して拡大していくかを観察して分析するだけで、研究っぽくなっていいかと思ってたんだけど……」


「えー。それだと先生受けはしそうですけど、オカルト研究会っぽくないですよー。高尚過ぎます。お高くとまってます。ロマンがないですぅ」

「散々だね」


 吉岡も持て余したのか、目線でこちらに助けを求めてきた。

 俺はこの部のことに関しては、完全に部外者なのだが……。


「まあ俺は、同じような体験をしたのが自分だけじゃないらしいと分かっただけで大分収穫だったよ。さっきも言ったけど、不気味で不安だったんだ。精神的に病みそうというか……。だから、ただの仮定だとしても体験した現象に説明を付けられるならありがたいかな」


「おー。ほら先輩、ほら。やっぱり私たちで解明しましょうよぉ。先輩も困ってるみたいですし。先輩……、先輩はお名前何て言うんですか?」

「佐野」「サノヤス」


 すかさず横から広瀬が口を挟んできた。何故お前が俺の名前を答えようとする?


「佐野先輩、とサノヤス先輩ですか?」


 ほら見ろ。


「俺が佐野康弘。こいつは広瀬だ」

「よろしくな、イソッチ」

「おい、気安いぞ。うちの可愛い後輩に向かって」


 間髪置かずに吉岡がけん制する。


「じゃあ、オカ研の今年のミッションはこれで決定ですね。『明晰夢4K』のぉ、謎をっ解く!」


 磯辺が拳を振り上げ、謎のテンションで気合を入れる。

 どういう節回しで、何を言って合わせれば良いのか誰にも分からないので、磯部の声だけが狭い室内に虚しく響いた。


「まあ……、そうなるんじゃない?」

「私たちは秋の文化祭までだけどね」


 暴走気味に盛り上がっている磯辺に比べ、白峰の態度は実に淡泊だった。

 今のこういう雰囲気は普段教室にいるときの白峰と大差ない。


「やった。私、体験者の書き込みを分類してまとめた資料作ってきますね」

「おー、頑張れイソッチ。分析と作文は美尋に任せとけば大丈夫だから」


「吉岡は何すんだよ」

「私は応援」


「オイ」

「だってー、こういうのは適材適所じゃん? 会話には混ざるよ? 喋るの好きだし。あっ、そうだ。広瀬にも特別に議論に加わる権利を授けよう。実体験者の友達その一、として」


「なんだよそのショボい扱いぃ。あー、俺もその夢見たくなってきた。俺も覚醒してぇなー。よし決めた、明日までに俺もその夢見てくるわ」

「狙って見れたら世話ないって」



 しばらく他愛のない馬鹿話を続けた後は、何となくその日は解散する雰囲気になり、五人で一緒に部室を出た。

 最後に部室の鍵を掛ける直前、白峰がふと思い出したように言う。


「そういえば、佐野君。次はどこかに日付を特定できる情報がないか注意しておいてね」


 何の前振りもなかったので咄嗟には反応できなかった。

 次? 次とは何だ?


「ああ、そうでした。何度も見るらしいですよ? 夢の続き。夢の中で自分が死なない限り、続きを見る可能性が高いみたいです。死んだら続きが見れなくなるみたいなので、サノ先輩、頑張って死なないようにしてくださいね?」


 俺が戸惑っていることを察してか、磯辺がそう付け足してきた。どう考えても、帰り掛けに付け加えるような情報ではない。

 二人は呆然とする俺をよそにスタスタと歩き去っていく。

 もしかすると自分は、思っていたよりももっと大きな、得体の知れない事態に巻き込まれてしまったのではないかという疑念が湧き起こる。

 オカルト研究会の部室を訪れたことで、つかみどころのなかった謎の夢に対し、多少なりとも見通しが立った気でいたが、ここを去る今、落ち着かない不安な気持ちは倍ほどに増していた。

 磯辺の言った話が本当だとすれば、俺はまたあの夢を見ることになるのだろうか。

 そのことを考えただけで、またあの腹の底が冷えるような恐怖が込み上げてくるようだった。

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