5月17日(月曜) オカルト研究会探訪⑤

「ねっ? 期待の新人でしょ?」


 そう言って吉岡は、その一年の両肩を軽くつまむように持って引き寄せた。


「あの、一年の磯辺です。部室に入ろうとしたら、中から男の人の声が聞こえたので、すぐに入るのが躊躇われまして……。それで立ち聞きしてしまいました。すみません」

「いいって、いいって。それで? どうして人類は滅亡するの?」


 吉岡が、まるで晩ごはん何にするの? と聞くぐらいの軽い調子で訊いた。


「い、いえ。さっきのは、冗談です。ネットの常套句というか……。特にその……、意味はないんです」

「ふうん」


「で、でも、本当に興味深いです。さっきの話。最初から聞いてたわけじゃないですけど、きっとネットの『明晰夢スレ』に出てた夢の話と同じですよね?」


 出たな、明晰夢。

 渡り廊下で白峰も同じ言葉を口にしていた。


「俺が見た夢は、その明晰夢ってやつなのか?」


「……いえ、発祥は明晰夢スレと呼ばれるスレッドからなんですけど、昔から知られている明晰夢とはどうやら違うものだぞって認識され始めて……。

 それからは『明晰夢4K』とか『8K』とかって呼ばれてます。夢のヴィジョンがそれぐらい鮮明だってことらしいです」


「ごめん、そのー、昔から知られてる明晰夢って、そもそもどんなものなの?」


 それを訊いたのは広瀬だが、俺も同じことが気になっていた。


「簡単に言うと、自覚的な夢ですね。夢を見ているときに、見ている当人がこれは夢だぞって気付いて、でも目が覚めないみたいな」

「それだとサノヤスが話してた夢と全く同じに聞こえるけど。単純にどれだけクッキリ見えるかだけの違い?」


「ええっとぉ……」


 磯辺が回答に言い淀むと、ごく自然に白峰が説明を引き継いだ。


「一番の違いは、実際に本人が暮らしている生活圏の様子がほぼ忠実に再現されているところだと言われているわ。

 夢って大抵は支離滅裂なところがあって、自分の知り合いや知ってる場所が出てきたとしても、相関関係や位置関係が明らかにおかしかったりするでしょ? そういう不整合がほとんど見当たらないところが、所謂普通の明晰夢との違い」


「ちょっと待て。サノヤスの夢には吸血鬼かゾンビみたいな化け物が出てきたんだろ? そういうのは不整合じゃないのかよ」

「ええっ! そうなんですか? そこは聞いてませんでした。吸血鬼なんて、えらく古典的ですねぇ」

「気になる点だけど、それは一旦脇に置いておきましょう」


 驚いている磯辺をよそに白峰は淡々と続ける。

 俺にしたところで、脇に置いておける程度の問題なのか、という気はしたのだが、普段自分からあまり話すことのない白峰が、積極的に話そうとしているのを見て、聞きに徹することにした。


「これは主観的な証言でしかないけど、今話題になっている夢は、さっき佐野君が説明していたように、明らかに普通の夢ではないという実感が非常に強いというわ。

 ネットの書き込みの中には、前に自分が見た明晰夢と比べて、はっきり分かるくらい別モノだと主張している人もいるの。明晰夢の場合、夢の中でも訓練次第で、ある程度自由に行動できたりするそうなんだけど、そういったことができる気配がないとか、そんな感じの書き込みだった。

 それとやっぱり細部の情報ね。そもそも夢自体、人間が起きているときに得た記憶を整理するための生理現象で、その結果、副次的に起こる錯覚だって言われてるでしょ?

 半眠半醒状態の脳が作り出した、言わば空想が、現実にある壁のひび割れや床の染み一つまで余さず、全く違和感なく再現されているとすれば、それは相当凄いことだと思う。これも体験者の受け売りだけど、夢というよりも、再現映像が上演されているような感覚を持つんだって」


 再現映像か。なるほど、その表現は確かに良く馴染むかもしれない。


「それで……、これから先は、ネット上でも大分意見が割れてる部分なんだけど……」


 その先を話すのはあまり気乗りしないのだろうか。白峰がチラチラと視線を磯辺の方に向けていた。


「あっ、分かりました。私ですね。これは色々出てる説の一つなんですけど、『明晰夢4K』は予知夢なんじゃないかって説があるんです」

「予知夢ぅ!?」


 広瀬が素っ頓狂な声を上げた。


「いやいやいや、ヤバイじゃん。予知夢だったら。学校ん中、吸血鬼みたいなのが現れて大騒ぎになるんだろ? ちょっと無さげって言うか……。なあ?」


 広瀬が助けを求めるように、こちらに目線を送る。

 俺も気持ちは広瀬と同じである。反射的に「お、おう」と口の中で小さく答えた。


「明確に予知夢かもって言われだしたのは、現実ではまだ観てないはずの映画を、夢の中で観てたっていう証言が出てきてからなんです。内容を突き合わせていくと、本人が知らないはずの映画のシーンを完全に記憶してたっていう」


「イソッチ、それ何て映画だっけ?」

「『クアドロゲイズ』です」


「ああ、そうだった、それ。それさあ、前に聞いたときも思ってたんだけど、結構前からやってる映画でしょ?」

「だな。メジャーな映画だし、今もまだやってるよな? 直接映画観に行ってなくても、予告とかなら生活してると自然に入ってくるんじゃないか?」


 広瀬はここには俺の付き添いで来た、という体裁を完全に忘れることにしたらしい。話を聞く姿勢が前のめりになっていた。


「そいつが書き込んだ時期には、まだ上映してなかったんだっけ?」

「いいえ。先輩たちの言いたいことは分かりますよ。確かに夢で見るまで内容を知らなかった、というのは第三者は確かめようがないんですよ。

 ただ、本人は凄く衝撃を受けたみたいで、それ以来コテハンで暴れまくってますね。その人が予知夢勢の筆頭で、それを立証するために他の証拠を探しまくってるみたいです」

「ん……、何だかいい感じに胡散臭くなったなぁ」


 広瀬が茶化しつつも、ホッとした様子で呟いた。


「でも、予知夢説を支える証言はかなり多いんですよ? 発売前のゲームや漫画が自分の家の中に置いてあったりとか……」

「かなり多いって。そもそも、俺と同じような夢を見ている人間はそんなに多いのか?」


 俺の興味から、かなりズレた話題が続いていたので、口を挟んで軌道修正を促す。

 予知夢であるかどうかより先に、気にすべきことがあるはずだろう、と。


「はい、多いです。一人や二人じゃなくて、同じような書き込みが凄い勢いで増えてるから、今『オカルト板』では無茶苦茶話題になってるんですよ」

「具体的には何人くらいなんだ?」


「今はざっと三〇人以上いますね。一番最初の書き込みは二か月くらい前だったんです。『クアドロゲイズ』の人が騒ぎ出したのが、ひと月前くらいで、その時点で他に五人くらい報告されてました。その辺りから急速に増え始めたんです」


 最初の一か月で六人、次の一か月で二四人か……。

 俺は右肩上がりで指数関数的に増えていくグラフを頭に浮かべた。


「分母はネットのその掲示板の存在を知ってて、そこに書き込みをするような人間ってことになるよな。潜在的には、相当な人数が俺と同じような夢を見てることにならないか?」

「所詮匿名の書き込みだからね? その数を基準に考えるのはダメだって。あ、これ美尋の受け売りね。この前もその話でイソッチと言い合いしてたよね?」


 ……ということは、白峰と吉岡は、その話に懐疑的な立ち位置なのだろうか。


「言い合いじゃなくて議論です。私だって全部本物の書き込みだとは思ってませんよ? 絶対に何割かは、便乗した作り話や、ただ思い込みしてるだけの人も混じってるはずです。けど、日本だけじゃないんです。海外でだって似たような話があるらしくて──」

「私も、最初は大分疑っていたんだけど、佐野君の話を聞いて実際に起きてることなんだって信じる気になったわ」


 磯辺の言葉を途中で遮って、白峰がきっぱりとした調子で言った。


「わ、私もです。私も一緒です。『明晰夢4K』を実際に見た人がこんな近くにいるなんて、凄いです! 大興奮ですよ!」


 磯辺が瞳を輝かせて真っ直ぐこちらを見つめてきた。

 渡り廊下で白峰が一瞬見せた瞳が、これとよく似ていた気がする。


「まあ、予知夢説は眉唾だけど、同じ時期に変わった夢を見る奴がゾロゾロ出始めるってのは……、何かゾクゾクっつーか、ワクワクするよな。もしかしてあれかな? ニュータイプ的な?」

「あ、そうです。そういう話もあります。『そんなことより人類の見る夢がまた一段階上のステージに上がったってことなんじゃね勢』。略して『人類5G化勢』です」


「長ぇよ。そして何をどう略したらそうなるんだよ」

「出た出た。私、ネットのそういう話してるイソッチが好きー」


 ドッと笑い合う三人。

 広瀬と磯辺はさっき会ったばかりのはずなのに、すでに意気投合しているように見える。

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