5月17日(月曜) オカルト研究会探訪④
その日の放課後、二人で部室棟を訪ねた。
部室棟と言っても、一階から三階まで全て教室棟のある本校舎と廊下で繋がり一体化している場所だ。文化部の部室が固まってある、というだけの校舎の一区画。
三年間……、正確には二年と少しの間、この学校に通っていながら、俺が部室棟に足を運ぶ機会は数えるほどしかなかった。文化祭のときに、あちこち飾り付けられた様子を覗きに行ったことがあるくらいだろう。
「随分と閑散としてないか?」
「まあ、うちの文化部で毎日まともに活動してそうなのって吹奏楽部ぐらいだしなー」
そう言えば授業が終わってすぐだというのに、すでに管楽器の音が聴こえてくる。
「ああ、そうでもないか。多分、活動してるとこはしてるんだろうけど、少人数で籠ってるから目立たないんだよな、きっと」
その目立たない中の一つがオカルト研究会というわけか。
しかし、オカルト研究会……。
名前から受ける印象と、白峰や吉岡が所属しているという情報が未だにしっくりとこない。一体どんな活動をしているのだろうか。
一階から三階まで階段を上り、いくつかの扉を通り過ぎたところで広瀬が足を止めた。
「ここだ」
外観は他の部室と区別が付かない。
何の変哲もない部室だ。
……本当に何もない。
他の部室の前には掲示してある表札のような物すらない。
広瀬は以前にも来たことがあるのだろうか。
どこを見て、ここがオカ研の部室だと分かったのだろう。
「表札がないことがオカ研の目印なのさ」
俺の心を読んだかのように、広瀬がしたり顔で解説を入れてくる。
広瀬に案内を頼んで正解だった。案内がなければ見つけられそうもない。それが妙にオカルト研究会らしいたたずまいだと感心する。
おもむろに広瀬がドアノブに手を掛けた。
が、ガチャガチャとドアノブが鳴るだけで開く様子がない。
「あれぇ? 先に行って鍵開けとくって言ってたのになあ」
「何やってんの? こっちだよ」
声がした方を見ると、三つほど先のドアから、吉岡がほぼ真横に傾けた上半身を覗かせていた。
「そっちは普通にただの空き部屋」
「ええっ、それってズルくね? 俺ちょっとドヤ顔しちゃったんだけど」
「表札なしの部屋が一つだとは言ってないぃ」
「こいっつ、わざとかよ」
「あはは、絶対間違うと思った」
楽しげに会話する吉岡と広瀬に続いて部屋に入る。
中では白峰がこちらを向いて、背もたれのある大きな椅子に座っていた。
その後ろにはパソコンデスクとモニターが見える。普段の部活ではそれを使って調べものか何かをしているのだろうか。
座ったままの白峰の視線が、部屋の奥にズカズカと立ち入る広瀬の姿を追う。
「オカ研って今何人?」
広瀬が書棚から本を一冊取り上げ、ページを捲りながら訊いた。入って5秒で、もうすでに普段から入り浸っているような雰囲気を出している。
「三人。一年に活きのいいのが入ったの。かわいいよー?」
吉岡が白峰の手前にある椅子の一つに腰を下ろす。
「座って」
俺も白峰に促されて手近な椅子に腰掛けた。白峰が座っているものとは違って、他のは教室にあるのと同じ普通の椅子だ。
長机を挟んで白峰、吉岡の二人と向かい合う形になった。
「英梨奈」
「あー、うん。私ね。……佐野、変な夢見たんだって?」
「ああ」
「よしよし、君には期待してるよー?」
ポツリポツリと呟くように喋る白峰に対し、吉岡の声は一々主張が大きく騒々しい。
「期待?」
「そう。部の活動実績にするの。ばっちり調書取るから気合入れて喋っちゃって」
活動実績? 調書?
何かしら大事になりつつあるのを察し、助けを求めるように白峰の方を見たが、白峰はモニターの方を向いてしまい、キーボードをカタカタと叩き始めていた。そうやってリアルタイムでその調書とやらを取るつもりなのだろうか。
広瀬の方を見るが、これも熱心に本を読み耽っていて助けになりそうにない。あるいは、広瀬の方は面白がって傍観を決め込んでいるのかもしれない。
「大丈夫大丈夫。内容がいまいちでも上手い具合に使うから。なんなら、バーって盛っちゃってもいいし」
「駄目。変な脚色はしないで」
盛り上がる吉岡に対し、白峰がピシャリと釘を刺す。
「う……、じゃあどうぞ」
吉岡がおずおずと手の平を上に向けて話を促してきた。
話しづらい。
「どんな話を期待をされてるか分からないから、脚色のしようもないんだが……」
そう言って俺は、今朝見た夢のあらましを話し始めた。
といっても、夢の中で起きた出来事自体はごく短いものだ。
自然と説明は、何故俺がその夢を特別な体験と感じているかという違和感の理由の方に言葉を費やすことになる。
目の前の吉岡に向かって話しつつも、俺が終始気にしていたのは白峰の反応だ。
しばらくの間、部屋の中には、俺の陰気な声と白峰のタイプ音だけが響いた──。
「ねぇ、美尋。これって、イソッチが騒いでた話となんか似てない?」
俺が一通り話し終わり、一息ついたところで吉岡がそう言った。
「だから、最初にそう言ったでしょ」
「んでも、現実と区別がつかないほどリアルな夢か……。見た本人が言うんだから普通の夢と違うのは確かなんだろうけど、実際に自分で見たわけじゃないし、言葉だけじゃイメージつかみづらいなあ」
「リアルに感じるというのは主観でしかないから、現実の学校の間取りが細部まで忠実に再現されている点に注目した方がいいんじゃない?」
「おっ、美尋ノリノリぃ?」
吉岡が茶化すと、白峰はサッとソッポを向いた。
「活動報告にするんでしょ?」
「へいへい。真面目にやりますぅ」
「その活動報告って言うのは……、どこかで発表したりするのか?」
今さらだが、モヤモヤを残したままでは集中できない。
俺は二人の会話に口を挟んだ。
「ああ、ごめんね。先生に部の活動報告を出せって言われててさあ。ほら、うちら三人しかいないから。存続させてもいいけど、どんな活動してるか説明できるものがないと、他の先生を説得できないんだってー」
「人数が要るなら俺らが入るか? 俺とサノヤスが入れば五人だろ?」
今度は広瀬が口を挟む。
「ありがたいけど、あからさまに数合わせって思われるだけだし。大体私ら全員三年じゃん」
「あ、そうか」
「まぁ、顧問の平野が掛け合ってくれるって言うし、多分大丈夫だよ。問題は来年以降だけど、まぁそこは新人ちゃんが頑張るしかないじゃん?」
一人しかいないという一年の子か……。
丁度そのとき、部室のドアが音もなく開いた。
「お、噂をすればだね。期待の新人。一年のイソッチでーす」
「……あのぅ……、夢の話、してましたよね?」
俺の座っている位置からは見えないが、ドアの隙間から女子の声が聞こえてきた。
「なんだ、聞いてたの? そんなとこに立ってないで入って入って」
吉岡が招き入れる仕草をすると、その女子はドアの陰から勢い良く飛び出してきて、瞬く間に吉岡の隣の椅子に腰を下ろした。
まるで椅子取りゲームだな、と思う。
「話は聞かせてもらいました。ちっ、地球は滅亡します!」
その女子は座るや否や、つっかえながらもそう一気に言い放った。かと思えば、今度はそのままうつむいて黙りこくってしまう。
長い髪の間から覗く耳が紅潮しているのが見えた。
遅れて入口のドアがバタンと閉まる音が響き、部室はしばしの沈黙に包まれた。
…………。
「それ知ってる。キバヤシだっけ? 元ネタは知らないけど、ネットで見たことあるぜ?」
俺は何が起きたのかも分からず、呆気に取られただけだったが、広瀬には何かが通じたらしい。何事もなかったように、気さくにその女子に話しかけていた。
「あ、はい。人生で一度は使ってみたいと思ってたんです。絶対に、今だなって」
一年のその女子は嬉しそうに広瀬の方を見て言った。
話が通じたことに安堵しているようだ。意味はよく分からないが、この子とコミニュケーションを図るには満点の解答だったのだろう。
広瀬のこういった人を選ばないコミュニケーション能力は時々羨ましいと思うことがある。
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