第3話

「教えてくれたあとになって、随分と色々出て来るんだなあ」

「最後に取っておいたのが、一番いやらしいからね。言っておかないと、私も後味が悪い」

 いやらしいとは穏やかでない表現だ。どきりとさせられた。

「南野君は知っている? 美紀が日曜の夜、自宅から出たわけ」

「聞いた話だと、ごみを出しのついでに、缶ジュースを買いに行った、だろ? あ、いや、逆か。ジュースを買うついでに、ごみを出しに」

 当時、篠塚の家がある区ではごみの収集日の一つが月曜で、前日の晩から出すことが認められていた。お手伝いをよくする子だった彼女は、ジュースを買うついでにごみを出しとくねと、夜九時過ぎに外出したという。

「私が聞いたのも同じ。でもだいぶ経ってから、変な話を耳にしたのよ。何回忌かのお墓参りのときだと思うんだけれど、美紀のお母さんがこんなことを言ってた。『あの子ったらお金を持たずに出掛けて……。もし途中で忘れたことに気付いて引き返していたら、事故に遭わなかったかもしれない』って」

「お金を持っていかなかった? ジュースを買うのがメインで出掛けたのにお金を忘れるなんておかしいな」

 北川の前置きがあったせいもあろうが、不思議に感じた。ごみ出しに気を取られて、お金を忘れる……あり得ない。僕らが小学生のときは、ほとんどの自販機で現金しか使えなかったし。

「でしょう? 美紀はそんな慌て者じゃない」

 北川は僕をじっと見つめてきた。

「私ね、この話を曲解して、あなたを疑っていたときがあった」

「僕を疑う、だって? 意味が分からない」

 唐突な展開に、思考がついていけない。そんな僕を観察するかのように見ていた北川は、一つ大きく頷いた。

「気を悪くしないで聞いて。とぼけてるんじゃないかと思ったのよ。美紀は月曜に告白するつもりで、土曜にその約束をしたんでしょう?」

「ああ、そうなるな」

「日曜を挟んだのは、美紀自身、まだ本当に告白する勇気を持てるかどうか、確信が持ててなかったためなんじゃないかしら。クッションを置いて、もし無理だと判断したとき、相手に連絡を入れる猶予が欲しかったのよ、きっと」

「それは想像だよね?」

「ええ。でも、間違いないと信じてる。それで、ここからが私の疑っていたことになるのだけれど、我慢して聞いて。私は、美紀が逆に、月曜まで待っていられなくなったんじゃないかと、想像したの。プレッシャーに耐え切れなくなって、早く済ませようと考えた美紀は日曜日、あなたに電話して約束の時間を今晩に変更したいと告げる。南野君は受ける。その晩、美紀はジュースを買いに行くのを口実に、外出する。実際にジュースを買うんじゃないので、お金は持たない。ごみを捨てに行くと言い出したのは、両親に嘘をつく心苦しさから。そして南野君の待つ場所へと急ぐ途中、車に……こんな風に想像した」

「想像力逞しいな」

 呆れを通り越し、感心してしまう。

「告白その他に掛かる時間は、ジュースを買ってその場で飲んできたと言えば、辻褄が合う、ということだな。君の想像がもし事実だったなら、確かに僕は悪者になる。篠塚さんの事故を知ったあとも、真実を言わずに頬被りをし通した訳だ」

「ごめんなさい。今日の南野君を見て、分かったわ。純粋に好きだったんだなあって。完全に私の妄想でした」

 北川の目には、篠塚について語る僕が、そこまで信じられるほど純粋に映ったのか。照れてしまう。

 話題の矛先をずらそう。気掛かりは解決していないのだ。

「結局、篠塚さんがお金を持たずに出た理由が不明だな。他に何か目的があり、そのカムフラージュという見方は当たりの気がするが」

「夜、小学生が出掛けてするようなことって?」

「さあ……悪がきならいざ知らず、あの篠塚さんが不良っぽい真似をするとはね」

「あり得ない。第一、私達の子供の頃ってほんと、かわいげあったわよ。妙に大人びた言葉遣いをする子はいなかったし、男女の区別をなくそうみたいな運動がまだなくて、当たり前のように女子と男子で距離を置いていた」

 饒舌になった北川をちらと見て、僕は笑みを隠すのに苦労した。

「それでいて篠塚さんのような存在に憧れてたんだから、矛盾だな。逆パターンはないだろうし」

「逆?」

「あの頃、女子のやるような遊びを男子がしていたら、完全に爪弾きだったと思う。女子が男子の真似をするから格好いい。そんな感じが確かにあった」

「そうかもね」

 相手の反応を聞きながら、僕はふと思い起こしていた。

 篠塚が最後に残したいくつかの言葉。「ベンチ裏」や「サイン」といった野球用語……彼女らしいと言えば言えなくもない。だが、恐らく朦朧とした意識下で発した言葉がこれというのは、しっくり来ない。たとえば両親に助けを求めるとか、好きな人の名前を口にする(告白前日だったのだから)とか、あってもいいんじゃないか。

 一歩譲って、野球の夢を見ていたとして、どうして「ベンチ裏」や「サイン」だなんて、監督の立場めいた単語が出て来るのだろう? 彼女は野球をプレーするのが好きだったはず。あるいは観客としてなら「ホームラン」や「回れ回れ!」辺りが飛び出そうなものだ。

「……ひょっとして」

 考える内に奇妙なことを思い付いた。彼女の残した言葉に、僕の自惚れと願望とを加えた、連想ゲーム。

「南野君、どうかした?」

「あ、いや。学校のことを思い返してた。明日も暇だから、校舎を見に行ってみようかと」

 できることならすぐ見に行きたいが、さすがに無理だろう。それに暗いとちょっと不便だ。

「ふうん。ね、私も付き合っていいかしら」

「彼氏とデートじゃないのかい?」

「ふわぁ、厳しい質問。今のところ、特定の相手はいません」

 二人だけの学校見物が決まった。今日の顔ぶれ全員で行けたらよかったのにな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る