第2話

 二次会はカラオケだった。唱う気分でなかった僕は失礼させてもらうことにした。三次会はしゃれた店で飲む予定だから先に行っていればと言われたのだが、長々と酒を飲んで皆を待つ元気もなかった。篠塚美紀を思い出して浸っているというのに、酒で押し流すような真似はしたくなかった。

 駅に着いて券売機の前に立ち、運賃表を眺め上げる。この辺りの駅もとうに電子マネーに対応しているのだが、今夜は紙の切符を手元に残したい気分になっていた。

 と、真横に人の気配を感じ、振り向いた。

「――北川さん」

 目線をやや下げ、北川の姿を確認した。かすかに息を切らしているようだ。

「帰ることにしたの? それとも僕を連れ戻す役目を押し付けられた? まさかね」

「話したいことがあるの。少しの間だけ、付き合ってください」

 彼女にしては強い口ぶりで言ってきた。僕からすれば、篠塚と常に引っ付いている女子という以外、影が薄く、口数の少ない子と思っていた。これが本当の姿なのか。それとも、年月が人を変えるというやつか。

「話?」

「美紀のことで」

 この他の話なら、僕は恐らく敬遠したに違いない。篠塚のことだからこそ、応じる気になった。

 駅の近くに適当な喫茶店がなく、仕方なしにファーストフード店へ入った。二人とも冷たい飲み物だけを買い、二階席に落ち着いた。

「美紀から秘密にしておいてと頼まれていたから、ずっと話さなかったんだけれど」

 北川はいきなり切り出した。僕はきっと眉を寄せただろう。

「秘密にしておいて、というと?」

「一次会でみんなの言っていたこと、当たっているのよ。美紀の内緒話って、あなたへの告白だったの」

「そうか」

 何故だか笑みがこぼれた。空白が埋まっていく。しかし、目の前にいる元クラスメートを放って、ずっと浸ることもできない。この感情を噛みしめるのは、自分一人になってからにしよう。

「北川さんはそのことを知ってた訳だ。どうしてずっと黙ってたの?」

「自分から告白するから、絶対に言わないでと頼まれていたのよ。金曜だったかな、それとも土曜だったかもしれない。告白の決心がついたと美紀から聞いたときは、いよいよねって思った。美紀なら私が応援しなくても間違いなくOKがもらえるね、とか言って励ましたわ。本当にそう信じてた。それなのに」

 黙り込む北川。無理をして、あとを続けることもない。僕が待っていると、やがてゆっくり喋り始めた。

「美紀がいなくなって……私、凄く迷った。このこと、南野君に伝えた方がいいのかな、黙っておこうかなって。美紀との約束があるからだけじゃなくて、南野君に重荷になりそうな気がして」

「確かに当時、教えられたとしたら……。多分、今よりももっと篠塚さんを忘れられなくなって、立ち直るのにもずっと時間を要したと思う。その意味ではありがとうと言いたい気分だが……」

 僕は北川の若干伏せがちな顔をちらと覗き込んだ。

「言わなかったせいで、北川さんの負担になったんじゃないのか」

「そんなことはないわ」

 彼女は急いで面を起こすと、首を横に振った。それから、ふ、と頬を緩める。

「少しはあったけれど。でも男と違って、女はあんまり引きずらないから。美紀の存在を忘れたんじゃなくてね」

「分かってる」

「いつか機会が来ると思ってた。ただ、今日、会えたから話した、というのとはちょっぴり違う。南野君、あなたの方も美紀を好きだったと、今日はっきり分かったから。これは言わなければいけないと思ったの。けど、二人きりになかなかなれなくて。追い掛けることになるなんて、予想外だったわ」

「こっちも驚いた。告白されるのかと思ったよ、ははは」

「残念でした」

 二人してひとしきり笑ったあと、北川が再び話し出す。

「正直な気持ちを言うとね、私も南野君のこと、いいなって思ってたのよ」

「――小学校のときの同級生が、そんな世渡り上手な台詞を口にするのを聞いたら、お互い年を取ったんだなとつくづく感じるよ」

「ちょっと、茶化さないでよ。真剣に言ってるのよ。酔いの勢いもあるけれど、もう、全部話しておかないと気が済まない」

 目がすわった北川。僕は飲み物を干すと、わざとらしく居住まいを正してみせた。

「拝聴しましょう」

「……私もあなたのことを好きだった。けれど、美紀にかなうはずない。それに、あなたが美紀を好きなのも、子供心に何となく見て取れてたのよね。だからって、身を引いたんじゃないわよ。あとになって考えたら、美紀が南野君を好きだと打ち明けてくれて、それで私もあなたのよさに気付いたっていう感じだった」

 なるほど。それは多分、北川は篠塚に憧れていたということなんだろう。憧れの同性の行動をトレースする、そんな心の動きだったのではないか。そう思うことで、僕自身、ほっとできる。

 北川が彼女自身の気持ちを吐き出して、これで話は終わりかと思ったが、そうではなかった。

「教えてあげるのを迷ったのには、他にもまだ理由があるの」

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