第八章 決戦の地、札幌都市跡その二

 国連軍の戦闘機による、絨毯爆撃が始まった。それによって爆散したキャンサーの肉片が転がる地表を地ならしするかの如く、戦車部隊の進軍も続いていく。

 そんな国連軍に標的にされているカルジも、この侵攻を歓迎しているようだった。

 彼が廃墟の至る所に広げたヒル達は、戦車部隊の進軍を妨害することなく地中に染み込んで、動きをみせていないのだから。

 国連軍と、キャンサーの群れと、救世ボランティアの過激派。これからこの三勢力による各々の命運を賭けた決戦が、札幌都市跡を舞台に行われようとしている。

 まりんが先ほど放った青い極炎が影響を及ぼしたのか、いつしか不思議と止むはずのない、長く降り続いていた雪が止んでいた。


「カルジ、どこにいるんです! 私と国連を利用するんじゃないんですかっ?」


(ああ、利用してやるとも。ザ・フールを倒し、あの光の中心に近づくための捨て石としてなっ。見ていろ、最後に勝つのは必ず俺だ)


 まりんの問いに、カルジから脳裏に響く返答が返ってきた。あの男の狙いもやはりあの場所なのかと、赤い光が天まで伸びる札幌都市跡の中心に視線を向けた。

 国連軍がキャンサーを引き付けているチャンスを生かして、誰よりも先にあの場所を目指しているのかもしれない。

 だとすれば自分も急がなくてはと、左右の足先から炎を放ち、空を飛翔する。加速しながらまりんは、カルジの能力の顕現、ヒル達の動きを目で追った。

 攻撃するにしても何をするにしても、あの男はそれを叶えるために、必ず能力に頼るはずだからだ。

 一見、ヒル達は今の所、地表をもぞもぞと這っているだけのように思える。

 しかし、注意深い観察の末、まりんの目には統一された意思があると見て取れた。


「あそこ……あの一帯を取り囲んでますね。あの中心に何が……」


 うねうねと地上を蠢くヒル達は、ある一点を円のように囲んでいる。

 かなりの広範囲に渡って円陣を組んで、絶えず移動し続けているのだ。まりんは少し躊躇したものの、その中心へと降り立つ覚悟を決めた。

 炎の勢いを調節し、ややあって地面に降り立つと、離れた位置から取り囲んでいるヒル達がまりんを避けるように移動し始める。

 そして遠方からは、今も戦闘機からの爆撃音と戦車の砲撃音が轟いてきていた。国連軍が、ここまでやって来るには、まだ時間がかかるようだ。

 しかし、この時。まりんは、今まで地面と思っていた足元までが、生き物の身体の上だとようやく気付く。

 それを知って、彼女はぎょっとした。そう、周辺とは違い、足元では大量のヒル達が体色を擬態し、空の上からはまるで大地であるかのように錯覚させていたのだ。


「カルジっ、何を企んでいるんですかっ!?」


 まりんは再び叫んだが、今度はカルジからの返答はない。違和感に吸い寄せられるようにここまでやって来たが、嫌な予感がした。

 すぐに空に逃れようと頭上を見上げた時、足がもつれてしまう。咄嗟に足を見やると、数えきれない数のヒルが膝の高さまで纏わりついていた。


「なっ! こ、このぉっ……!」


 ヒル達を足から振り払おうとするが、纏った炎でいくら燃やせど、物量に物を言わせて次々と絡みついてくる。

 それでも諦めることなく必死に抗っていると、脳裏にカルジの声が届いた。


(東郷まりん。その苗字、まさかと思ったが、やはりそうか。お前は……)


 まりんの前方、地中から手が伸びると、ヒルに包まれた人間が這い出してきた。

 その人物の全身からヒル達が剥がれ落ちて、中から現れたのは、黒いフルフェイスヘルメットの男、カルジだった。

 そして彼は炎の中に手を伸ばし、まりんが首から下げた銀のペンダントを掴んだ。


「な、何するんですか! それはお父さんから貰った、大切な物なんです! 触らないでくださいよっ!」


「東郷ゼット博士、あの男が身に着けていたものだろう。見覚えがあると思っていたが、お前はあいつの娘だった訳か」


「っ! お、お父さんを知っているんですかっ?」


 露軍将校のセルゲイだけではなく、まさかカルジの口からも父の名が出てくるとは思わず、まりんは訊ねた。

 だが、カルジは質問には答えず、銀のペンダントから手を放す。


「落ち着け、後で追々話してやる。今はお前と戦う気はない。それよりこの円陣は網だ、あいつを捕まえるためのな」


「ザ・フールを?」


「そうだ。ヒル共に、さっきの爆心地を囲ませ、地中にまで潜り込ませている。そしてあいつの位置を特定するために、円の範囲を徐々に縮めている所だ」


 言われてみれば、確かに地に敷き詰められたヒル達は、範囲を狭めてきている。地中から逃げようとしているザ・フールを捕捉していると聞けば、納得だ。

 そしてあのキャンサーがいる限り、赤い光の中心地に向かうのを阻害されるのなら、優先して倒すべきは誰なのかを、まりんも理解する。


「じきに、あいつを炙り出せる。しばらくそこで待機していろ。戦いになれば、国連軍を巻き込んで、お前の力も借りなくては、あのザ・フールは倒せん」


「混戦をご所望ってことですね……」


 さっきまりんが地上に放った青い極炎によるキノコ雲で、瓦礫などは吹き飛び、ここら一帯は平らになっている。

 その上をヒル達がもぞもぞと動き、グロテスクで悍ましい光景だ。国連軍から身を隠すためか、地面の色に擬態したヒルがまりんとカルジの全身に纏わりつく。

 勿論、気持ち悪さはあった。しかし、国連軍からの爆撃による、とばっちりを避けるため、まりんも身体の炎を消して、それを受け入れることにする。


「うう、早く見つけてくださいよぉ……」


「ヒル達の円陣を、半径百メートルまで狭めた。後少しだ、我慢しろ」


 カルジが言った側から、ヒル達が範囲を狭める速度が上がっていく。もう円陣内はさほどスペースがない。

 つまりさほど距離が離れていないまりん達の近くに、ザ・フールはいるのだ。一体、どこに潜んでいるのか。否応なく、まりんの額から冷や汗が流れる。

 六十、五十……三十メートル。更に更に、範囲は縮まっていく。やはりあいつは、すぐ間近の地中に身を隠していると考えて間違いない。

 緊張した面持ちで待っていたまりんだが、最初は平坦だったヒル達の表面が、少しずつ陥没し始めていることに気付いた。


「カルジっ」


「ああ、どうやら奴は」


 まりんとカルジは、ほぼ同時に地面を蹴って真上に飛んだ。それにやや遅れて、地の底から巨大な両腕が飛び出し、二人を捕まえようと手を伸ばしてきた。

 だが、まりんは炎を再度纏って空に逃れ、カルジは跳躍した先で刀を大上段の構えから、その手に向かって思いっきり一閃させる。


「この刀は魔剣タツムネ、俺の専用武器だっ! デストック社のマザーAIが開発した、対キャンサー用のなっ!」


 カルジが放ったのは、遠心力も味方に付けて、一気に振り下ろした斬撃だった。

 刃が肉に喰い込み、巨大な手の平から肘にかけて、いとも容易く斬り抜ける。その一瞬後に刀傷から血が吹き出し、カルジは刀身を腕の肉から引き抜いた。

 腕の形状から判断して、あの巨腕の持ち主が何者かは明らかだ。陥没していた土中から土や石が噴き上がり、まりんの予想通り、そこからあいつが姿を見せる。


「ザ・フールっ! やっぱりっ!」


 まず現れたのは、上半身だった。そこから地面に両手を突き、ゆっくりとザ・フールは穴から這い上がってくる。

 先ほどのまりんの青い極炎が効いているのか、全身の皮膚は焼けただれていた。

 そしてあいつが現れた位置。四方をヒルに取り囲まれ、深く地下に落ち込んだ窪みは、まるで試合のリング上であるかのようだ。

 その中で、カルジとザ・フールは、至近距離から面と向かって対峙した。

 ザ・フールの巨躯を見上げるカルジは、片手で刀を横に構えている。まりんは、ここから始まるであろう戦いの行方を、空からハラハラしながら見守った。


「頃合いだな、もうヒル共で国連軍から身を隠す必要もない。これみよがしな派手な演出で、戦いの場所を変えさせてさせてもらうぞっ!」


 カルジは人差し指と中指を揃えて、勢いよく右腕を天に向けて突き出す。

 瞬間、カルジを軸とした広範囲の地面が、せり上がり出した。そして土中から赤黒い液体が噴水のように噴き出し、カルジとザ・フールを上空まで押し上げていく。

 その赤黒い水柱が、まりんのすぐ側を掠め、慌てて軌道を修正した彼女は、カルジ達の後を追って、更に高度を上げて飛んだ。

 今の動きで国連軍の戦闘機もカルジに気付いたのか、ほとんど全機が次々と方向転換し、こちらへと向かい始めている。


「自分を餌にして、国連軍を誘き寄せたんですね。ここまでは、あいつの狙い通り。ですけど、無関係の人を巻き添えにするのだけは、させませんから!」


 炎を噴射して、水柱の頭頂部に追いついたまりんは、やや離れて二人を眺める。

 タイマンでは、恐らくカルジに勝ち目はないはずだ。ならば……と、右拳を後ろに引き、腕に纏う炎を激しく逆巻かせて、部分的に肥大化させる。

 目で狙いを定めてから、拳を更に引く。炎は一層、強くなり、いよいよ拳に溜めた分の炎を撃ち出すように、まりんはカルジ達に向かって突き放った。

 拳を模した巨大な炎が逆巻きながら、カルジもろともザ・フールに襲い掛かる。今の時点では、優先して倒すべき相手はザ・フールの方でカルジではない。

 しかし、あの男ならば、どうにでも生き延びられると、まりんは確信していた。


「あああぁっ! 今度こそ、どうですかぁっ!!」


 炎拳は、カルジの背面から炸裂――! そのまま対峙していたザ・フールも巻き込んで、炎ごと遠方へと吹き飛ばしていく。

 すかさず追跡すべく、彼らに向かってまりんは飛んだ。すでにその右拳には、また炎を蓄え始めている。

 二撃目を放って、次こそ致命傷を与えてやるために。それも今度は、超高温度の青い炎をぶつけてやるつもりだった。

 しかし、その時。後方から来た国連軍の戦闘機が、まりんを追い越していった。そしてカルジ達に向かって、誘導ミサイルを次々と発射していく。

 標的をロックオン済みらしく、すべてのミサイルは寸分の狂いなく命中――! その一発一発が着弾する度に、連続で大きな爆発を引き起こしていった。

 放たれていた炎も一緒に散り、二人を見失わないよう、まりんは目を凝らす。そして地上へと投げ出されている途中のカルジ達を見つけた。

 どちらも今のミサイル攻撃によって服や皮膚が焼け焦げたようで、少なからず負傷している。


「いたっ、あそこですねっ! 逃がしませんから!」


 まりんはカルジ達の方へと飛行しながら拳を引き、炎を撃ち出そうとする。だが、落下しながらも、カルジとザ・フールは激戦を繰り広げていた。

 残像を残しながらカルジが振るう刀を、ザ・フールは拳で応じている。斬撃を拳で弾くその様は、肘まで斬られた腕の痛みなど感じていないかのようだ。

 しかし、数秒もしない内に彼らは地面に叩き付けられる。その前にもう一撃をぶち込んでやれればと、そう思っていた矢先、邪魔が入った。

 上空を飛行していた一機の戦闘機から、筒状の物体が投下されたのだ。爆弾だろうか――と、思った後、その筒状の物からは液体が高速で噴出され始める。

 その広がり方を見た瞬間、爆弾や兵器に詳しくないまりんでも、あれが通常のプロセスで爆発する爆弾ではないことを察した。

 もしかしたら大量破壊兵器かもしれない。真っ先に予想したのは、それだった。


「カルジ……っ。あいつは……」


 まりんは、少しだけカルジの身を案じた。能力者とはいえ、生身の人間である彼にあの大量破壊兵器の爆発はさすがに耐えられないのではと心配したのだ。

 あの男は味方ではないが、一時的に利害関係を結んだ以上、僅かだが感傷があった。だが、そんな想いも空しく、形成された液体燃料に火が点き、大爆発を引き起こす。

 その直後、強大な衝撃波が発生し、高温と圧力が瞬時にして辺りに広がった。それが一瞬ではなく、長い間連続して、まりんをも襲う。


「――っ!!」


 まりんは、悲鳴を上げられなかった。声が出せず、呼吸すらできない。内臓が圧迫され、全身が蒸し焼きにされるような、地獄の苦しみだった。

 周囲を物理的に破壊するのではなく、爆風だけで人を死に陥れようとする爆弾。

 恐らく、対生物用に開発された兵器なのだろう。名称こそ知らないが、やはり思った通り大量破壊兵器に違いないと、薄れゆく意識の中、まりんは考える。

 しかし、意識が途切れる前、炎を足から一息に全開で放ち、上空に逃れた。すんでの所で爆心地から離れられたことで、ようやくまりんは呼吸を再開する。


「はあ、はあっ……カ、カルジとザ・フールはっ?」


 地上を見下ろすと、広範囲に渡って地を這っていたヒル達が苦しみ悶えていた。能力の顕現とはいえ、生物である以上は高温と圧力の影響を受けるようだ。

 そしてあのヒル達が全滅すれば、恐らくカルジの力は半減する。もしかすると、国連軍はそれを見越して、あの特殊な爆弾を用意していたのかもしれない。

 まりんは、さっきあの筒状の爆弾を投下した戦闘機を目で追って探すと、他の戦闘機と一緒に旋回して逆戻りしてきていた。

 戦闘機の種類に詳しくない彼女では、あれがどこの国の所属かは分からない。しかし、それでも迷いなくこちらに突き進んでくるのを見て、悪い予感がした。

 そして案の定、そんな嫌な予感は的中してしまう。


「に、二発目……っ!? そ、それも……私を狙っているんですかっ!?」


 戦闘機の一機が、まりんの頭上を通過する間際、再び筒状の爆弾が投下される。それを見上げていたまりんは、内心穏やかではいられなかった。

 またあの苦しみを味わわされると想像しただけで、気が遠くなったのだ。しかし、落下速度は速く、考える間すら与えてくれなかった。

 対応できないまま、再び彼女の間近で、爆弾から液体が高速で噴出される。

 さっきと同じ、爆発する直前のサインだ。この時、まりんの頭を過ぎったのは、カルジが言っていた人類の裏切り者のことだった。


「だ、誰なんですっ。やっぱりいたんですか、裏切り者が……っ!」


 まりんが叫んだ瞬間、形成された蒸気雲に火が点き、空間爆発が起きる。強大な衝撃波に加えて、圧力と高温の猛威が瞬く間に広がった。

 その加害半径は数百メートルにまで及び、ようやくまりんの耳に爆音が轟いたのは、数秒後のこと。

 彼女は口から耳から血を流し、力なく落下していく。その最中も、まるで遠雷のような音が轟き続けていた。

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