第七章 四面楚歌その二

 あれから露軍から提供された宿舎で、まりん達は六日を過ごした。基本的に特別な用事がない限り、敷地から出ることは許されず、外出の際も監視がつく。

 そんな待遇にげんなりしたのか、朝からまりんの部屋に押しかけてきたミリルは、机の椅子に腰かけ、不満げにグラスで葡萄酒を傾けていた。

 葡萄酒に限らず、この時代においてアルコール類は貴重品扱いになる。

 彼女が言うには、今飲んでいる酒は宿舎内にある将校用の貯蔵庫からくすねてきたものらしい。

 ミリルは本来、酒をあまり好まないそうなのだが、今はとにかく酔わなければやっていられない気分なのだそうだ。

 そんな彼女の愚痴を、先ほどからまりんは向かいの席に座りながら聞いていた。


「まったく、露軍の規律はどうなってるのかしらね、まりんちゃん」


「そ、そうですね……それより大丈夫ですか、ミリル。さっきから同じことばかり、繰り返し言ってますよ?」


「セクハラっ! あいつら、私の身体に気安く触ってくるなんて。私だってね、誰からでもお姫様扱いされたい訳じゃない。相手は選ぶんだからっ」


 よほど強い酒らしく、ミリルはすっかり酔いが回っている。一本目の瓶を空にした彼女が、二本目に手を伸ばしかけたのを見て、まりんはさっとそれを奪い取った。

 ミリルは何の真似だといった表情で、まりんをじっと見つめる。飲酒を邪魔されて怒っているというより、まりんの行動の理由を理解できていない顔だ。


「駄目ですよっ……さすがに飲み過ぎです。いつ戦いに駆り出されるか分からないんですし、控えないと」


「分かってる、分かってるわよ! 私はねぇ! お酒なんて集落じゃ滅多に飲めなかったから、ちょっと酔いを楽しみたいだけなのっ、まりんちゃぁん!」


 急に怒鳴り声を上げたミリルは、今度は机に突っ伏して泣き出し始めた。

 唐突に怒ったり泣いたり、情緒が不安定なのだろうか。やがて彼女は凶熱を目に宿し、机を両手で引っ繰り返して、立ち上がった。

 その常軌を逸した行動にまりんは驚き、いよいよ非難の眼差しを向ける。


「な、何てことするんですかっ、ミリル」


「まりんちゃんが、意地悪するからだよ。もういいっ! もう一本、お酒をくすねて大佐と飲んでくるわ。君が私から取った、そのお酒はあげる。好きにして!」


 泥酔状態で我儘な子供みたいになったミリルは、不貞腐れて部屋を出ていった。まりんは室内に一人だけ残され、困った顔で、倒れた机を元に戻す。

 お姫様を絵に描いたようなミリルが、信じられない変わりようだ。お酒に酔うと誰でもああなるのだろうかと、驚かされてしまう。

 酒の旨味は、未成年のまりんには分からない。しかし、何かに逃げたい気持ちなら、何となく理解できる気がした。

 まずストレスの一因になっているのは、まりん達に割り当てられた部屋だ。窓には鉄格子が取り付けられ、まるで囚人のような扱いで息が詰まる。

 しかも、食事も粗末で不味く、一日に一食しか食べさせてくれないのだ。極めつけは、部屋の外に出れば露軍人達の目が光り、自動小銃で威嚇されるときている。

 六日間もそんな窮屈な暮らしを強いられて、ミリルだけではなく、まりんだって我慢の限界にきているのだ。

 特に勝気なミリルは待遇の悪さに食料や酒瓶をくすねたりして、少しでも反抗したくて仕方がないようだった。


「はぁ……今にして思えば、東京の集落での暮らしは天国でしたね」


 まりんはさっきの酒瓶を机の上に置き、椅子に腰を下ろして溜息をつく。未成年では飲酒ができないので、これをどうするか悩んでいると、突然、頭に痛みが走った。

 思わず頭を手で押さえて、背もたれに寄りかかる。尋常ではない鋭い痛みだ。しかも、それがずっと続いて、一向に収まる気配がない。

 持病もないし何が起きているのか、まりんにはまったく心当たりがなかった。文字通り頭を抱えていた時、聞き覚えのある男の声が脳裏に響く。


(東郷……まりん。やっと繋がったな)


「えっ? あ、頭の中から声がっ! まさか、カルジっ?」


(その通りだ、今から俺が言うことに従え。さもなくば、ただでは済まさん)


 紛れもなく、カルジの声だった。なぜあの男の声が今、頭の中から聞こえているのか見当をつけようとして、固定翼機でフライト中のことを思い出す。

 やはりあのヒルの仕業なのだろうか。それしか考えられないが、だとしたら、まりんはカルジに命の手綱を握られたことになる。

 内心穏やかではないまりんは、上ずった声で問いかけた。


「し、従えって……要求は、なんですかっ?」


(これから俺は、旭川市に襲撃を仕掛ける。その前に、面と向かってお前と話をしておきたくてな。今から俺の指定する場所に来い。いいな?)


「しゅ、襲撃って……!」


 カルジは恐らく、やるといったら必ずやるだろう。非情な性格の上、数で優る国連軍と敵対している以上、なりふり構ってはいられないだろうから。

 むしろ、国連がいる北海道までやって来て、今日までよく我慢した方だと思う。

 まりんは、ちらりと鉄格子が取り付けられた窓を見た。いくら監視されていても、宿舎から出ようと思えば簡単に出られる。

 しばし、どうすべきか逡巡したが、やがて覚悟を決めた。つかつかと窓に歩み寄ると、鉄格子を両手で掴みながら、手の平から極炎を発生させる。

 火力を抑えて、音を立てずに鉄格子だけを器用に溶かしたのだ。いずれは露軍人達に気付かれるだろうが、できるだけその時間を遅らせたかった。


「ただし、条件があります。ミリルと大佐にだけは、手を出さないでください」


(いいだろう、あの二人は俺の元同志だからな。考えておいてやる)


「約束ですからね」


 勿論、カルジの言葉がどこまで信用できるか分からない。

 いざとなれば、二人を守るために、カルジと戦わなくてはならないかもしれない。

 しかし、それも覚悟の上だった。

 まりんは窓を開け、外の様子を見回してみる。幸い、近くに露軍人の姿はない。見つからないように祈りながら、彼女は窓枠に足をかけ、外に飛び出した。

 下半身から炎を射出して、空に向かって一直線に飛び上がっていく。そのままぐんぐんと旭川市の街並みが見通せる高度まで上昇していった。


「さあ、これからどこに向かえばいいんですかっ?」


(そこから少し離れた位置に、ホテルクラウン旭川と書かれたビルがあるはずだ。ここからなら市内の光景が、よーく見渡せるぞ。今、俺はそこの屋上にいる)


 まりんは、眼下の街並みを見回す。すると、確かにそのホテルはあった。そして屋上には、こちらを見上げる一人の男の姿がある。

 皮製の黒いライダースジャケットとズボンに、同色のフルフェイスヘルメットを被った出で立ちは、前に会ったカルジで間違いなかった。

 国連軍が哨戒をしている旭川市に、どうやってかすでに入り込んでいたらしい。

 その事実に、まりんは背筋が寒くなるものを感じ、ビル屋上に向かって降下しながら、ぶわりと降り立った。


「また会えたな、東郷まりん」


「カルジ・カーティケヤ……っ」


 辺りは雪が積もり、まりんが着地すると足元周辺の雪は溶けて蒸発していく。そしてついにビルの屋上で、まりんとカルジは僅かな距離を開けて向かい合った。

 炎は出力を弱めた状態で、まだ全身に覆わせたままだ。何があっても、すぐに反撃できるように。


「そう警戒するな。お前を同志にしたい俺の考えは、今も変わらない。ただ、事を始める前にお前に聞いておきたくてな。これから俺は何をしたいと思う?」


「国連軍を攻撃するんじゃないですか? 弱き国連を滅ぼして正義を成すとか、前に中二病を拗らせたこと言ってましたもんね」


「違いないな、くくくく」


 カルジが笑うのを、まりんは初めて見た気がした。臨戦態勢の彼女と違い、この男は刀を腰の鞘に納めて、無防備状態で立ったままだ。

 どんな理由でここにまりんを呼んだのか、まるで意図が読めない。もう一度、同志に誘うため? それとも国連軍への宣戦布告を聞かせるため?

 いや、まりんの直感だが、恐らくそれらはどれも違う気がしていた。心の内を読めない所が、堪らなく不気味さを感じさせている。


「今の旭川市には十年前、人類を裏切った国家の軍がいる。俺がこれから始める戦闘行為の目的はな、そいつらに正義の断罪を下すことだ」


「裏切り者の国? そんなのが、ここにいるって根拠はあるんですか?」


「あるさ。当時、北海道に調査団を送った国は、どこも国連加盟国だからな。米国、露国、中国、他には英国と仏国もか。その裏切り国家は恥知らずにも、今、しれっと正義面している。特定できないなら、疑わしきをすべて罰するのみだ」


「無実の人まで、まとめて皆殺しにするって言うんですかっ!?」


「ああ、そうだ」


 カルジの主張は相変わらず常軌を逸していて、受け入れがたいものだった。やはりまりんは、この男の同志になる選択肢などあり得ないと悟る。

 人を傷つけることは好まないが、この男だけは見過ごす訳にはいかない。

 どうせ戦うなら早い方がいい。前傾姿勢で足を踏み締め、いつでも飛びかかれるように備えた。

 しかし、次の瞬間。それを遮るかのように、カルジは腰の刀を肉眼で捉えきれない速度で抜き放ち、天に向かって突き出す。


「気が変わったら、いつでも言え。どのタイミングだろうと、同志に迎えてやる」


 カルジがそう言い放ったと同時、四方八方から何かが破裂した音がした。まりんがビルの端まで駆け寄って地上を確認すると、道路から赤黒い水が噴き出している。

 それも一か所や二か所だけではない。至る所で、地下から噴き上がった水でマンホールが弾け飛んでいた。

 そして道路に積もった雪が、その濁った水で赤黒く染め上げられていっている。

 まりんは、あれが何なのかを察してしまい、戦慄していた。これまで何度も目にしてきた、大量のヒル達の集合体なのだ。

 すでにヒル達は濁流の如く数を増やし、道路にある戦車などの障害物を押し流して、地上の人々を混乱に陥れている。


「地下下水道は、すでに制圧済みだ。今度は、地上を俺の支配下に置く」


「お、お前ぇっ……!」


 激情に駆られて振り返ったまりんだったが、一手遅れてしまっていた。

 カルジはすでにビル屋上の手すりを乗り越えて、真下に飛び降りようとしている間際だったのだから。


「弱き正義、国連は今日限りで終わる。この俺が滅ぼすのだっ!」


「逃げるんですかっ!? カルジっ!」


 まりんの制止の呼びかけを聞かず、カルジは屋上から背を向けて飛んだ。まりんがそこへ駆け寄った時、もう彼の姿は視界の範囲には見当たらなかった。

 眼下では、ヒル達は波となって戦車だけではなく、人々まで押し流している。すでに大惨事になっており、戦争は幕を開けてしまっているのだ。

 飛行中の軍用ヘリコプターだけが被害を免れ、対応に動いている。しかし、ただの軍人に、特殊能力を操るカルジを相手取るのは厳しいかもしれない。

 そうは思ったものの、まりんは今、ミリルと大佐の安否の方を心配していた。二人の無事を祈って、彼女も纏った炎の出力を上げて屋上からダイブする。

 露軍の宿舎とこことは、そう遠く離れてはいない。噴出した炎の勢いを強めて都市の上空を飛び続けると、あっという間に辿り着いて、屋根の上に降り立った。


「ミリル、大佐っ! いたら返事をしてくださいよ! 頼みますからぁ!」


 まりんは二人の名を呼んでみたが、返事はない。さっきまでミリルの愚痴を聞かされていたばかりなのに、あれからどこに行ったというのか。

 否応なく、不安が込み上がってくる。宿舎の広い敷地内も赤黒いヒル達で埋め尽くされて、息絶えた露軍人達の死体が幾つも浮かんでいた。

 最悪の事態の訪れを覚悟していると、宿舎の内部からまりんを呼ぶ声が届く。


「おい、いるのか、東郷まりんっ? 安心しろ、俺とお嬢は無事だからよ!」


「大佐っ! そこにいるんですね!」


 悪い予感が現実にならず、まりんは安心感から、ほっと息をつく。

 すぐに彼らの姿を求めて屋根から飛び降りると、炎を纏わせた拳で壁を打ち壊して、中へと入り込んだ。

 声がした宿舎の廊下に立っていたのは、大佐とミリルの二人だ。しかし、まだ酔いが醒めていないのか、ミリルは大佐にもたれ掛かっていた。

 それを見たまりんは、纏っていた炎を消して、二人に駆け寄る。


「ミ、ミリルは平気なんですか?」


「ああ、心配ねぇよ。ただ酩酊してるだけだ。ったく、大してアルコールに強くもないのに、酒に飲まれやがって。しかも、タイミングが最悪過ぎだぜ」


「実は……さっきカルジが、私に宣戦布告してきました。これから旭川市に集まった国連軍を、全滅させるつもりだって」


「ようやく痺れを切らしやがったか。他に、何か言ってなかったか?」


 大佐は真剣そのものな顔で、まりんに訊ねた。前に彼は、カルジと師弟関係にあったらしいことを口にしていたが、その目的も知っているのだろうか。

 しかし、どちらにしろ、隠す理由もない。まりんは、正直にあの男が話していた狂気染みた殺戮の目的を伝えることにした。


「あいつは十年前、人類を裏切った国の軍が今、旭川市にいるって確信しているみたいでしたね。その国を特定できないなら、国連軍ごと皆殺しにすると」


「……そうか、やっぱりな。相変わらず狂ってやがるぜ」


 大佐はミリルを床に寝かしつけると、自分も腰を下ろした。そのままじっとミリルの顔を見つめて、動こうとする気配はない。

 この緊急時にどうしたのかとまりんが訝しんでいると、彼の方が先に口を開いた。


「悪ぃな、東郷まりん。お嬢がこんな状態じゃ、誰かが側にいて守ってやらなきゃならねぇだろ。俺は、しばらくこの場から動けねぇよ」


「……それもそうですよね。分かりました。じゃあ、守っていてあげてください、彼女を」


「ああ、任せとけ。あの不出来な弟子のことは、お前に頼んだぜ」


 別れ際にまりんと大佐は、視線を交わし合った。大佐の尋常ならざる強さは、まりんも実際にその目で見て、よく知っている。

 彼に任せておけば、ミリルは大丈夫だ。その安心感があったからこそ、彼女は迷うことなく次の行動に移ることができた。

 まりんは先ほど破壊した壁があった場所から、再び炎を纏って外へと飛び立つ。そのまま空高くまで高度を上げていき、戦況を再確認する。

 地上では赤黒いヒル達が各所に散らばって、無数の巨大なスライムのように不定形に姿を変えていた。そして国連軍の軍用ヘリコプター達と交戦の真っ最中だ。

 見た所、国連軍は健闘しているように思える。主にナパーム弾投下によって、スライム達は燃え盛り、被弾の度に後退して、悲鳴を上げているのだ。


「やった、ちゃんと効いているじゃないですかっ! あの大きなスライム、火に弱いみたいですね。国連の人達が頑張っているなら、私だって!」


 国連軍の苛烈な反撃は、まりんに勇気と希望を齎した。ただ、一つだけ問題があるとすれば、今のままではスライム達はとにかく数が多く、埒が明かないことだ。

 しかし、それも弱点が炎だと判明しているなら、あれらを止めるのは、まりんにとって造作もないことだった。

 彼女は更に高高度へと舞い上がってから、拳を振り上げる。そして頭上の拳を地上に向けて突き出し、眼下に向かって言い放った。


「お前らなんて、まとめて焼き払ってあげますからぁっ!」


 まりんは拳から思いっきり、炎を放出しようとした。しかし、その直前、真下の光景を見て思い留まってしまう。

 道路をまるで川のように流れている赤黒いヒル達の上に、意識なく浮かんでいる人達が目に入ったからだ。

 もしかしたら、まだ生きている人間もいるかもしれない。スライム達と一緒に彼らを炎で焼き払ってしまえば、それは正義中毒のカルジと同類だ。

 駄目だ。違う手を考えなければと、まりんは舌打ちして空を巡回飛行して回った。


「カルジ、どこにいるんですかぁっ!? 隠れてないで、出てきてくださいよっ!」


 まりんの体内には、潜り込んだあの小さなヒルがいる。ヒルを介してカルジがこちらの動向を監視しているなら、声だって聞こえているはずなのだ。

 しかも、あの男は、まりんのことを同志に加えたがっている。である以上、どこかのタイミングで姿を現そうと高みの見物を決め込んでいるのは間違いない。

 それも、そう遠くない場所でだ。だから、まりんはひたすら空を飛び回って、あの男の姿を探し求めるしかなかった。

 ビルや民家の屋上、道路上の赤いヒル達の流れの中。どこだ、どこだと必死になって視線を動かし、僅かでもどこかに紛れている可能性を疑って神経を尖らせた。


(くくくく、俺ならここにいるぞ、東郷まりんっ!)


 その時、まりんの脳裏に激痛と重なって、カルジの声が響いた。

 それが合図だったのか、ビルの影となっていた位置からヘリコプターのブレードスラップ音が彼女に向かって上昇してきていることに気付く。

 咄嗟に音のした方向に目を向けると、国連軍の軍用ヘリコプターの降着装置であるスキッドに左手で掴まっているカルジの姿があった。


「やっと見つけましたよっ。カルジ・カーティケヤっ!」


「笑わせるな、俺から出てきてやっただけだ」


 スキッドを握ったまま、まりんと同じ高さまで上昇してきたカルジが挑発気味にそう吐き捨てた。

 そのヘリは装甲がヒル達に覆い尽くされ、内部も同様だった。操縦者ごと浸食され、完全に乗っ取られているようだ。


「さあ、どうする。あまり悠長にしていれば、キャンサー共がこの機会を見逃すはずがないぞ。奴らは、本能で理解しているのだ。人を喰らう絶好の好機をな」


「だったら、その前にお前を倒すだけですよっ! ノコノコと現れたってことは、私と直接対決する自信があるってことですか!?」


「ああ、俺はこれから国連軍を滅ぼした後、そのまま札幌にも攻め込む。今日限りで、すべてを終わらせる計画を立てているからな」


 そう口走ったカルジはスキッドから片手を放し、地上に落下していく。

 だが、その身体が地面に届くより前、カルジを中心として、四方から龍の形を模した赤黒いヒル達が吸い寄せられ、集束していく。

 前にもお目にかかった、あの飛翔する龍達だ。どうやらさっきまで街中を這っていたあの巨大スライム達が、更に形状を変えたものらしい。

 それらが重なり合った集合体は、今も絶えず形状を変化させていく。まるで完全体と成ることを目指して、進化を繰り返していっているかのように。

 そして、ついには、ある空想上の生物の姿となって形状の変化は止まった。

 非常に厚みのある筋肉、その身体からは四肢が生え、背からは巨大な翼を左右に広げている。

 頭部には角を備え、八対の目と枝分かれした舌。体色は濁った赤色をしている。一言でこの怪物を現すなら、ドラゴンだ――西洋に伝わる伝説上の。


「この姿を覇竜王形態、とでも名付けるとするか。国連軍人共の肉を喰らい、地球上最強の存在に俺はなった。場所を変えるぞ。追ってこい、東郷まりん」


「どこに行くって言うんですかっ!?」


「決戦の場だ。言葉で、お前が従うとは思わん。だから、力づくでだ! 俺達が死合うに相応しい舞台は、キャンサー誕生の地、札幌都市圏を置いて他にないっ!」


 カルジを覆い尽くす覇竜王の体内が、バチバチと赤い電流を帯び始める。それらが口内を焦点にして急速に集まり、醜悪な竜は大きく口を開けた。

 まりんは、直感で理解する。こいつが今から何をやろうとしているかを。急いで止めようと飛びかかろうとするが、間に合わなかった。

 刹那、静寂が破られる。周囲の音を掻き消す程の轟音が鳴り、覇竜王の口内から、体内に蓄積されていた膨大な火力が完全放出された。

 放たれたのは、指向性を持たされた赤く発光する超高温のエネルギーだ。

 極太のレーザーとなったそれは、遠く向こうにある広範囲のビル街一帯を猛烈な熱風と炎で焼き払い、破壊していった。


「な、何てことをするんですっ! や、やめてくださいっ!!」


 無慈悲な殺戮を目の当たりにして、まりんが涙を流して叫んだ。

 やはりこの男は許せない、彼女は涙を溜めた目でカルジをきっと睨み付ける。そして暴挙を止められなかった怒りを、極炎に変換して発現させた。

 燃え盛る、逆巻く炎。まりんの全身を纏った炎は範囲をみるみる広げ、やがて巨体を誇る覇竜王のサイズに比肩し始める。今にも呑み込まんばかりに。


「あああっぁあっ! カルジぃっ、もう謝っても許しませんからあぁぁっ!!」


 まりんは、後方に炎を勢いよく噴出させて突撃するが、カルジが纏い操る覇竜王は両翼を羽ばたかせ、上空に逃れてのける。

 そんな彼女を見下ろす形で、覇竜王の体内にいるカルジは笑っていた。


「くくくく、素晴らしいな、東郷まりん。だが、俺達がこのまま戦えば、ここら一帯は焦土になるぞ。さっきの約束もある。元同志ミリルと大佐も近くにいるんだろう? 場所を変えた方が、お前にとっても都合がいいはずだ」


「……どこでだろうと、必ずお前を倒してやりますからっ、カルジっ!」


「その言葉、了承と受け取った。……では、ついて来い! 札幌まで向かうぞ、東郷まりんっ!」


 ふっと、まりんとカルジの姿が消えた。いや、どちらも音速を超えて、瞬時にこの場から飛び去っていったのだ。

 その後、遥か遠くでソニックブームが生じた音が、繰り返され続ける。それは加速に加速を重ねた二人が、旭川市街から離れていった証拠だった。

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