第六章 いざ、世界救済の旅へその二

 米軍厚山基地は、神奈川県にある。大佐が操縦するヘリコプターの後部座席に、まりんとミリルも搭乗し、フライトと洒落込んでいた。

 まりんにとっては初めて乗るヘリコプターの旅になるが、もっと揺れや振動が酷いと思いきや、予想に反して快適な乗り心地を味わえている。

 また本機は七人乗りとなっており、後部座席のスペースはそこそこ広い。そのため窮屈さもなかった。


「はい、まりんちゃん。朝食、まだでしょ? ちゃんと食べとかなきゃ」


「え、それって乾パンですか。ありがとう、頂きますね」


 ミリルがまりんに、缶入り乾パンを手渡してきた。それを見て、ちょうど小腹が空いていたことに気付き、お礼を言ってから受け取る。

 蓋を開けると、中には表面に十五個の針穴がある大型乾パンに、氷砂糖も入っていた。まりんはおつまみ感覚で、一個また一個と口に放り込む。

 保存食とはいえ、味は悪くなくお腹にどんどん収まっていった。


「そのままでいいから聞いて、まりんちゃん。あくまで可能性の話だけどね、北海道についたら君、命を狙われる危険性があるわ」


「え、命をって……ええっ!?」


 まりんの食べる手が止まる。命を狙われるかもしれない――?

 一体全体、どういうことなのか。ずいぶんと物騒な忠告に目を丸くして、咄嗟にミリルにその真意を聞き返した。


「そ、それって……誰からですか?」


「露国と中国よ。あいつらは、自国を脅かしかねない強い力の存在を認めないわ。もし何か強い力があると分かれば、それを自分達のコントロール下に置こうとするか、もしくはそれを消そうと……暗殺に動くかもしれない。だから、君は極炎の能力のことを、絶対に明かしちゃ駄目だからね」


「し、信用ならない国ってことですね……」


 独裁政権が続いていた露国と中国なら、確かにあり得るかもしれない。

 十年前もこの二国では、国家権力の意に沿わない人間の暗殺騒ぎがあったニュースは耳にしていた。

 まりんは急に心配になってしまう。自分が命を付け狙われることに対してではない。同じ国連軍同士でまとまっていないのでは、カルジ率いる救世ボランティアに付け込まれる隙を与えるのではないかと思ったからだ。

 とはいえ、能力を隠せというなら、事情が事情だろうから仕方がない。せっかくのミリルの忠告は、有り難く受け取っておこうと思った。


「ちなみにね、私の魂を操る能力はすでにバレてる。野心を見せないことで、手綱を握れていると思い込ませてるから、見逃されてるんでしょうね」


「まあ、東京で大人しく引き籠っているなら、それで良し。いざという時には、今回みたいに予備戦力として戦わせようって魂胆なんだろうぜ」


 操縦席から大佐が、ミリルの説明に補足してくれた。これから向かおうとしている北海道は、考えているより四面楚歌といえる状況なのだと、まりんも理解する。

 また、それ以上に、弱体化したとはいえ国連軍がミリルと大佐を呼び寄せてまで迎え撃とうとする程、カルジ達の戦力は強大なのだということも。

 そしてそんな彼ら救世ボランティアに兵器支援しているデストック社。元々、悪い噂が絶えなかったが、その実態は世間に意外なほど知られていない。

 世界がこんなことになって、どうやってまだ会社を存続させているのだろうか。また今も尚、兵器の製造を続けられる理由は――?

 何より、世界的な大手兵器製造メーカーとはいえ、一企業に過ぎないにもかかわらず、兵器提供先の救世ボランティアが、今や武力で国連を凌いでいるのだ。

 そんなことが普通、あり得るのだろうか。背景の謎の多さが、正体が割れている露国や中国以上に不気味さを際立たせていた。


「おい、お前ら。もうじき着くぜ。米軍厚山基地は、目と鼻の先だ。降りる用意をしとけよ」


「あ、はいっ」


 話し込んでいて気付かなかったが、いつの間にか目的地に到着していたらしい。大佐は、すでにヘリコプターの降下準備に取り掛かっている。

 外は風が強い訳ではないものの、雪が止むことなくしんしんと降っていた。そのため大佐は慎重に操縦桿を握り、地上に降り立たせていく。

 そして振動がほとんどなく安全に到着した――と、同時に、全身を覆う防寒具を着込み、機関銃で武装した七人の男達がヘリコプターを取り囲んだ。


「ミリル・ベーカーの一行だな? こんな歓迎になってすまないが、そのまま姿を見せながら降りて固定翼機に乗り込んでくれ」


 軍人と見られる男の一人が、ヘリコプターの外からミリル達に指示する。腕章が確認できないから憶測になるが、米軍基地にいてこの風体ということは、彼らは米軍所属の人間なのだろうか。

 それにしても、援軍として呼んでおいて、ずいぶん警戒されているなと思った。

 しかし、ここは素直に彼らの言葉に従い、ヘリコプターから降車すると、突き付けられていた機関銃が下ろされる。

 ミリルと大佐の姿を確認し、敵ではないと判断されたからに違いない。

 そしてやはりというべきか、本来同伴する予定になかったまりんについて、軍人達から質問があった。


「そちらの少女は? 招集を受けたのは、お前達二人だけと聞いていたが?」


「あ、その……私は、東郷まりんと言って……」


 軍人達の持つ機関銃に圧倒され、まりんは挙動不審気味に答えようとする。そんな彼女に代わって、すかさずミリルが続けた。


「彼女は東郷まりん、私達の仲間です。見ての通り、普通の女の子ですよ。何か問題がありました?」


「いや、仕事に支障が出ないなら問題ない。さあ、ついて来てくれ。固定翼機に乗って、北海道まで出発しよう」


 隊列の先頭を軍人達三人が進んで先導し、中間にはまりん達。そして後方に軍人四人が続き、滑走路に駐機されている固定翼機に移動し始める。

 辺りは丁寧に除雪がされていて、歩くのに苦労することはない。雪のため遠目からはその機体が見え難かったが、近づいていくとその全貌が見え始めた。

 固定翼機の左右には広がる固定翼が備わり、配色は全体的に濃いグリーン。機体はそれなりに大きく、この場にいる十人程なら余裕を持って搭乗できそうだった。

 そして乗り込み口には、予めよじ登るためのタラップが下ろされている。

 まずは前を歩いていた軍人三人が先に上がっていき、上がり終えた彼らに促されたまりん達も後に続く。

 背後にいた軍人四人はそれを見届け、敬礼した。彼らは乗る手筈ではないようで、最終的に機体に搭乗したのは、まりん達と軍人三人だけだった。

 軍人の一人が操縦席に腰を下ろし、他の者達は後部の座席に座ると、シートベルトを締める。


「これから滑走路から離陸する。本機の行き先は、旭川空港だ。到着は、今からおよそ三時間三十分後になるだろう」


 操縦席に座った軍人の出発の合図と共に、固定翼機が滑走路を走り始めた。そのまま揚力が得られる速度まで滑走すると、やがて浮き上がって離陸していく。

 窓の外は雪が降り続け、風の音に混じって獣が吠える声も聞こえた。恐らくこの付近を徘徊している、キャンサー達だろう。

 奴らから米軍厚山基地を死守するために、敷地内に一定数の軍人達を駐留させておく必要があったに違いない。

 しかし、一度、離陸してしまえば、もうキャンサーからの襲撃はないはずだ。まりんは安心して座席に背中を預け、隣に座るミリルに顔を向けた。


「ん、どうしたの、まりんちゃん? やっぱり不安?」


「いえ、そうじゃなくてですね。これから向かう北海道の国連軍て、どれだけの数いるのかなぁって」


「うーん、人数だけでいえば、五万ほどかしら。その点なら、カルジ達よりも優っているわ。ただし、兵器の性能と機体総数では、国連側が大きく負けているけどね」


「で、でもっ! あいつらを支援しているのは、ただの民間兵器メーカーですよねっ? どうやって国家よりも大量の兵器を製造できているんですかっ?」


 前々から、腑に落ちなかった疑問だ。まりんはこれから戦うべき敵の戦力の源泉を知っておきたくて、つい座席から身を乗り出してしまう。

 ずっとカルジと交渉を続けていたミリルなら、その答えを持っていると思った。当然、デストック社を経営している、カルジの背後にいる黒幕のことも。

 しかし、彼女から返ってきた答えは、予想すらしていないものだった。


「デストック社はね、もう人間が動かしている訳じゃないの。あの会社は世界で唯一、そして史上初である、人の手を介さないマザーAIによる兵器のオートメーション開発と量産に成功しているのよ」


「えっ? じゃ、じゃあ……経営者や社員がまだいる訳じゃなくて、働いていた人達が死んでしまった今も、機械だけが亡霊みたいに?」


「そうよ。しかも、マザーAIはこの瞬間にも学習を続け、自己をバージョンアップすることで、より性能の高い兵器を生産していっているわ」


 働く人間が誰もいなくなっても稼働し続けている、機械だけによる兵器工場? それが現在のデストック社の正体だった?

 そんな高度なテクノロジーがすでに開発運用されていたことに、まりんは驚かされたが、確かにそれなら理解はできる。

 人口が激減したこの凍り付いた世界でも、デストック社が機能していることに。しかし、まだ残っている疑問はある。


「ということは、そのデストック社の工場をカルジ達が抑えていて、兵器を独占しているってことなんですか?」


「どうなのかしらね。マザーAIは、兵器工場に近づく無関係な人間を排除するよう自己防衛プログラムが組み込まれているらしいのよ。実際、国連軍の破壊工作員達が、それで皆殺しにされているわ」


「つまり……部外者は近づくだけで防衛機能で殺されるのに、カルジだけは、なぜかマザーAIと蜜月関係にあるってことですか?」


「そうなのかもしれないわ、理由は分からないけどね……」


 ミリルでも、分からない理由がある。現在、デストック社が救世ボランティアの過激派に支援している事情がまだ不明瞭であるという。

 元々、社名以外は秘密の多い会社だったが、一部の謎は解けたものの、より一層、深まった謎もあるということだ。

 ただ考えても答えが出ないことで、それ以上、頭を悩まそうとはしなかったが。


「おい、お前ら。デストック社は、米国に本社を置く米国企業だ。あまり米軍人さんの前で悪く言ってやるな。あの会社の亡霊が世界の脅威になってることで、立場が悪いんだからよ」


「それもそうね。気が利かなかったわ」


 ミリルを挟んだ一つ先の座席で、大佐が手足をそわそわさせながら口を挟んだ。もしかして、機内では煙草が吸えなくて、落ち着かないのだろうか。

 しかし、今までデストック社が米国企業だということすら知らなかったまりんにも、この時代の米国の立場を少し察することができた。

 ただ軍人達の顔を窺っても、特別、気を悪くした様子はない。だが、それでもまりんは口をつぐみ、しばらく無言のまま座席で大人しくすることにした。

 もっとも、会話がないのは、機内の全員が同じだ。任務中である軍人達は、緊張を緩めるわけにはいかないのかもしれない。

 耳を澄ますと、外からは今も風の音が聞こえてくる。しばらく時間が経過した。出発してからどれだけの時間、飛行してきただろうか。

 隣に座るミリルは、いつの間にか無防備な姿で寝息を立てていた。その向こうにいる大佐も、腕を組みながら目を閉じているようだ。

 だから、まりんも今の内に仮眠を取っておこうと思った。しかし……。


(……あれ?)


 この時、まりんはミリルの髪の中で何かが動いているのを見つけた。最初は小さな虫かと思ったが、違う。

 それは身体の前後端に吸盤を持つ、赤黒い生物だった。ヒルだ――! そう気付いた彼女は顔色を変えて、すぐに指先で摘まみ取り、床に叩き付ける。


「まさか……今まで、あいつに監視されていたんですかっ!?」


 床に叩き付けられたヒルは、まだ蠢いている。まりんは踏み潰そうとしたが、水のように勢いよく跳ね、彼女の足に張り付いた。

 当然、すぐに慌てて、手で叩き落とそうとする。だが、今度は、まるで粘り気のある餅米のように指に引っ付いてしまった。


「うわ、なんですかぁ、これっ!」


 簡単に潰せるはずが、予想外に悪戦苦闘してまりんは焦ってしまう。ヒルに喰らいつかれた指先を顔の高さまで持ってくると、まだもぞもぞと動いている。

 薄気味悪さでぞっとしていると、ヒルはそのまま指の皮膚を喰い破って肉の中に入り込もうとして、慌ただしく暴れ始めた。


「あ、あっ……!」


 周りを見たが、誰もこの事態に気付いていなかった。このまま体内に入り込まれたら、何が起きるか分からない。思いっきり手を振って払おうとしたが、離れない。

 恐怖しかなかった。何しろ、まりんは以前、キャンサーがこのヒルに身体の内部から喰われたのを見ているのだ。

 焦るあまり、パニックになりそうだった。炎の力で焼いてしまおうかと思ったが、この狭い機内で火を使うのは、場所が悪すぎることはまりんにも分かる。

 もたついている間に、ついに指先から肉の内側まで潜り込まれてしまった。傷口となった指先からは、ぽたぽたと血が零れ落ちてくる。

 だが、体内でまだ蠢いているが、不思議と痛みはまったくない。あるのは、気持ち悪さと恐怖だけだった。

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