第三章 陰りを見せる、仮初めの平和その二

「お腹が空いてるんじゃない? さあ、皆に用意してもらったから遠慮なくね」


 風呂から上がって着替えたまりんは、ミリルに部屋の中央にある木製の椅子に座るように促され、実に十年ぶりの食事タイムとなった。

 机の上にミリルが次々と並べていくのは、カンパンの入った缶詰やトースト。更には肉や野菜の入った、ぐつぐつ煮えた鍋料理だった。

 集落に辿り着くまでの移動の疲れで、まりんの空腹はもう限界に近い。久しぶりの温かい食事を前にして、まりんの腹の虫が鳴ってしまう。


「わ、わぁ……美味しそうです!」


「うんうん、食べていいよ。今日は君の歓迎会でもあるからね。食事班の皆も、特別に豪勢にしてくれたみたい」


「私のために、そんな気を遣ってくれるなんて……感激ですよぉ! じゃ、じゃあ……い、いただきまぁす!」


 まりんは手を合わせて感謝の気持ちを示すと、料理に手を付け始めた。箸を使って鍋から肉と野菜、椎茸を摘まみ取り、次々と口へと運ぶ。

 多幸感一杯の笑顔でそれらを頬張る彼女を、ミリルは満足げに眺めていた。やや遅れてからミリルもトーストを口にしてから、鍋料理に箸を伸ばし始める。


「この肉はね、仕留めたキャンサーのものなんだよ。味はワニ肉に近くて、低脂肪で高たんぱく、低カロリーと三拍子揃ったヘルシーなお肉なんだから」


「え、ええっ! こ、これが!? ほんとにあの怪物の肉なんですかぁ?」


「そう、驚いた? 牛か豚だと思ったでしょ?」


 まりんは、箸で摘まんだ肉を改めてまじまじと見つめた。悪くない味で、見た目も香りも申し分ない。

 これが本当に、あの恐ろしい蜥蜴みたいな怪物の成れの果てだというのか。調理された後とはいえ、この美味な肉からはまったくイメージできなかった。

 しかし、納得がいったこともある。考えてみればこんな極寒の世界では、きっと食料を調達することも一苦労のはずなのだ。

 寒さに適応しているキャンサーの肉が、今の時代の人達にとって貴重な食料源となっていたとしても不思議なことではない。

 それにこんなに美味しいのであれば、まりんも細かいことは気にならなかった。


「でも、美味しいですっ。別にこれが何の肉かなんてどうでもいいですよ!」


「うんうん、良かった。お気に召してくれて」


 まりんの全身の疲労と筋肉痛は、空腹からきていたのだろうか。料理を食べることを楽しんでいると、それらがずいぶん和らいだ気がした。

 食事のボリュームはそれなりにあったはずだが、食欲のままに鍋をつついていると、気付けばあっという間に平らげてしまっていた。


「ご馳走様でしたっ、ミリルさん!」


「私も、ご馳走様。美味しかったね、まりんちゃん」


「はいっ!」


 満腹になったまりんは、ご満悦で箸を置く。ミリルは嬉しそうにその様子を眺めていたが、まりんが食べ終えるのを待っていたかのように表情を切り替える。

 入浴中や食事中の時とは打って変わって、真剣な顔つきになっていた。


「それじゃあ、まりんちゃん。お腹が膨れた所で、そろそろさっきの話の続きといこうか。とっても大事なことだし、君には知っておいて欲しいんだ」


「そ、そうですね……ミリルさんの敵のことですよね? 私も興味があります。デストック社が今も存続しているっていうのも、驚きですけど」


 食事によって中断されていた、本題の、ミリルの敵についての話がいよいよ始まる。現在もデストック社から支援を受けている、救世ボランティアの過激派。

 そいつらこそ、十年前にまりんを殺害した連中の生き残りかもしれない。穏やかな話にはならないだろうと、心を決めたまりんは彼女の言葉に耳を傾けた。


「私達とは袂を分かった、救世ボランティアの過激派。正確には、かつてデストック社の売名活動を目的としていた広告塔ね。世界における新鋭兵器の需要拡大を狙っていたらしいわ」


「十年前も、あの会社の黒い噂はよく聞きました。でも、今となったら、そんな活動に意味はないはずです。つまり彼らは今現在、昔とは別の目的でミリルさん達と敵対しているんですよね?」


「そう、あいつらは今や世界で最も大きな軍事力を持っているからね。でも、好き勝手なことをすれば、弱体化したとはいえ国連だって黙ってはいないわ。目的は分からないけど、国連とは何度も小競り合いを繰り返してるの」


 民間から募った軍事組織が、国連を凌ぐまでに成長していたことは驚きだった。

 しかし、敵がいるにしては、集落の人々の顔には、危機意識がまるでないように見える。

 それにショッピングセンターと敷地内には、銃撃や爆撃を受けた形跡もなかった。

 つまり、戦火はまだ、この辺りまで及んでいないのだろう。いや、もしかしたら末端の人達には、それらの事情が知らされていないのではないかと、思った。

 だとしたら、皆に秘密を貫いているミリルは、この若さで非常に重い責任を背負わされていることになる。

 尊敬の念を抱きながら改めて彼女の顔を見ると、嬉しそうに笑っていた。なぜ微笑んでいるのか分からず困惑するまりんに、彼女は口を開く。


「君が来てくれて、本当に良かったと感謝してる。実は、私だけじゃ奴らと交渉を続けるのは限界だったの。でも、今日からは、武力で奴らを止められるわ」


「そんな……私なんて、どこまでお役に立てるか分かりませんよ?」


 国連が動いているのなら、自分などが戦う必要はないのではないか。再度考えてみたものの、やはり乗り気になれなかったまりんは、弱腰になってそう呟いた。

 そして心の中で、父との約束、父との約束が……と何度も反芻する。

 しかし、そんな彼女の両手を、ミリルは机に身を乗り出してがしっと掴む。更に曇りのない真っ直ぐな眼で見つめられて、まりんは反射的に顔を背ける。


「さっきは承諾してくれたじゃない。大丈夫、君が強いってことは、私が保証するから。だから、私に力を貸して欲しいんだ。ねえ、いいよね? まりんちゃん」


「で、でもぉ……やっぱり私なんかが……」


 まりんとミリルの顔が、お互いの吐息が感じられる距離まで近づく。理解してやっているのか、こんな美人にじっと視線を向けられては緊張感が半端ではない。

 いよいよ場に漂う空気に耐えられなくなり、まりんの方が先に折れてしまった。


「う、うう……わ、分かりましたよぉ。もう……押しが強いなぁ」


 結局、またしても断り切れなかったなと、半笑いするしかなかった。けれど、父だって誰かのために力を振るうことには、反対していなかったのだ。

 ミリルと集落の人達を守るために戦うのなら、父も許してくれるはず……。そう思って、まりんは納得することに決めた。

 けど、それにしても……と、まりんは自分の手の平を見つめる。今更になって自身の全身から業火を放つこの不思議な力は何なのだろうかと、疑問に思う。

 今でも身体の隅々までぽかぽかと温かいのは、能力の恩恵だ。唯一確かなことは一度、死んで目覚めた後から身に付いたものだということだ。

 ミリルが求めているのはこの炎の力で、その気になれば恐らく彼女の望みに応えることができる予感があった。


「うん、ありがとう、まりんちゃん。次の、奴らとの交渉に君も同行して欲しいの。そこで君の炎の力を見せつければ、以後は抑止力として働くはずよ、きっとね」


「ど、努力してみますね……。ところで交渉って? まさか今まではミリルさん一人で、過激派の連中との矢面に立ってたってことですか?」


「そう、だってしょうがないじゃない。皆を危険に晒せないでしょ? それに過激派達のお目当ては、私一人なんだから」


「え、え? ほ、本当に一人、で……」


 憶測で聞いてみたことが、まさか的中していたことに、まりんは動揺する。

 しかも、てっきり十年前のように数に限りのある食料の奪い合いでも起きているのかと思っていたが、そうではなく目的はミリル自身の身柄だったという。

 だとしたら、彼女が集落の中心人物だからという理由だろうか。いや、皆の精神的支柱を奪うためならさっさと殺してしまえばいいだけだし、やはり腑に落ちない。

 ミリルには、過激派がわざわざ交渉までして手に入れたい何かがあるのだ。まりんが思考を巡らせていると、その答えは彼女から告げられた。


「私の身体はね、凍り付いたこの世界に適応しているの。あいつらが欲しいのは、どんな極寒でも生存できる私の特異体質よ。だから、この身を実験体として差し出すことで、集落に手出ししないって契約を結ばせているの」


「適応……? じゃあ、もしかして私の炎みたいな力ってことですか?」


「あはは、あんなに派手じゃないし、戦闘向きでもないけどねえ。でも、奴らにとったら、それでも十分って考えているみたい」


「わ、笑いごとじゃないですよ! 人体実験されてるってことですよね! いくら法律が機能してないからって、そんなのって……絶対に許されませんから!」


 よほど我慢がならなかったのか、まりんは珍しく声を荒らげて訴えた。さっきまで乗り気ではなかったのが嘘のように、今はやる気で満ち溢れている。

 握り締めた両拳に力を込め、その目は燃えていた。十年前のあの日、男児を助けた時のように理不尽への怒りが再び蘇ったのだ。

 奇しくも首筋に男児と同じ火傷痕を持つ、目の前にいる彼女のために。


「ありがと、私のために怒ってくれて嬉しいよ、まりんちゃん。あいつらの実験がどこまで成果を上げているか知らないけど、結果が出たら私はもう用済み。奴らは遠慮なく集落を襲撃してくるはず。だから、そうなる前に……」


「徹底的に叩くんですね? 分かりました。私に任せてください、ミリルさんっ」


「うんうん。でも、その前に別の服を用意してあげるよ。可愛いけど十年間も着てたんでしょ、その服。いい加減に新調しないとねえ、ふふふ」


「え、あっ! そ、そうですよね! お、お願いします!」


 確かに風呂に入る前の身体と同様に、衣服からもそこはかとない臭いがする。

 気恥ずかしさで声が上ずったまりんを余所にミリルは立ち上がると、壁際にある棚の扉を開き、ハンガーに掛けられた服をいくつか手に取った。

 振り返った彼女が見繕ってくれた、コーディネート。それは綺麗めなファー付きコートと紫色のニット、カジュアルなデニムだ。

 洋装店を改装したのであろうこの部屋には、この他にも様々な服が飾ってあるが、彼女が選んだのはそれらだった。

 カジュアルな雰囲気でありながら、袖口のファーが可愛らしさを演出している。恐らく動きやすさを重視したのだと、まりんは察した。


「君とサイズが合えばいいんだけどね。まあ、とにかく試着してみて。下着もあるから、そこはお好みで選んでくれていいからね」


「あ、それじゃ向こうで着替えてきますから」


 まりんはミリルから衣服を大事そうに両手で受け取ると、下着陳列棚に入っていた下着を少し迷った末にいくつか手に取る。

 そしてさっきの風呂スペースに、そそくさと駆け込んだ。カーテンを閉めた彼女は、さっそく着用していた服を脱ぎ捨てて、下着から順番に身に着けていく。

 そして最後には、これまで肌身離さず持っていた父からプレゼントされた銀のペンダントを首から下げた。

 着替えながら脳内で再生されるのは、こんな荒廃した世界でも女は身嗜みを疎かにしてはいけないというミリルの言葉だ。


「そ、そうですよね。女の子がファッションさえ楽しめない世界なんて、それこそ地獄ですから」


 まりんは着替え終えた服を見下ろし、サイズが丁度いいことを確認する。着心地だって申し分なく、すこぶる似合っているコーデだと思う。

 選んでくれたミリルのセンスに感謝した。しばらく木製浴槽近くの鏡を眺めながら悦に浸っていた時、カーテンの向こうからミリルの声がかかる。


「ねえ、まりんちゃん。もう着替えは終わった? そろそろ入ってもいいかな」


「あ……は、はい! いいですよ!」


 浮かれ気分だったため突然の声に驚いたが、すぐにまりんは承諾の返事をした。すると、それを待っていたように、ミリルがさっとカーテンを開けて入ってくる。

 その嬉しそうな顔を見れば、どうやら彼女もまりんの服装にご満悦な様子だ。両手でまりんの肩を掴むと、笑いかけてくれた。


「うん、いいね。これなら男衆も放っとかないよ」


「そ、そうですかね? あ、ありがとうございます!」


 勝手知らないこの世界でも、お洒落を喜び合える女友達ができて良かった。ミリルの反応を見て、まりんは心底、そう思う。

 そしてだからこそ、こんな素敵な人に初顔合わせの時、誤解して迷惑をかけたことが申し訳なかった。

 でも、後悔しても仕方がない。今からでも彼女達の力になることで、親睦を深めていきたいと願った。


「ねえ、まりんちゃん。純粋な好奇心から聞きたいんだけどね。君、これまで男性と交際した経験は? きっと相当、モテたんでしょ」


「え、ええっと……ないですよー。私の根暗な性格じゃ、彼氏なんてとても……」


「ふーん、そうなんだ。……それはいいこと聞いた」


「……え?」


 ふいにこれまで親しげだったミリルの目から笑みが消え、冷たい光が宿る。そして彼女は、まりんを力任せに床に押し倒し、覆いかぶさって唇を重ねた。

 その一瞬の出来事に、まりんの両目は驚きによって大きく見開かれる。しばらく理解が現実に追いつかず、抵抗することもできなかった。

 およそ数分間、この体勢のままだったかもしれない。しかし、やがてまりんの方から唇を離し、圧し掛かっているミリルの上体を両手で押し上げた。

 その際、まりんの首筋からは肉が焼ける音がし、立ち昇る煙と共に拳大の火傷痕が形作られていく。


「ふふ、まりんちゃんの初めて、もーらい。正確には、これで二回目だけどね」


 腰を起こしたまりんの顔からは、一切の動揺は失せている。代わりに浮かべているのは、歓喜の表情だった。

 そして両手で自分の乳房のサイズを確認するように揉みしだいている。まりんは、目の前でそんな行動を取っているまりん自身を呆然と見つめた。

 やがて目の前のもう一人のまりんは、蔑むような目でこちらを睨み、押し退けると、立ち上がった。


「え、んあっ! あ、貴方……え、私っ……?」


「そう、君の身体、頂いちゃった。初めて見た時から目をつけてたのよ。あの天候にすら影響を与える極炎の力も、これで私のものね」


 まりんは自分の姿をした誰かが、自分の声で話しているのを聞いていた。身体を奪われた……? それも口ぶりから察するに、ミリルに。

 動揺しつつも自身の身体を手であちこち触って確認すると、豊満な乳房や肩まで伸びたストレートな銀髪といい、まりんはミリルになっていた。

 あり得ない。そう思ったが、今、現実に起きていることだ。こんな芸当が出来るなんて、彼女は何者だというのだろうか。

 一応、考えてはみたが、そんなことが分かるはずもない。恐々としながら、まりんは自分になったミリルを見つめていたが、やがて目の前の彼女は口を開く。


「寝癖で髪がぼさぼさで、体臭が酷い君の身体を奪うのは気持ち悪かったからね。入浴後まで待ってたのよ。でも、見て。可愛いでしょう、今の私。素材は良かったし、着飾れば化けるって確信してたの」


「そ、そんな……今まで私を騙してたんですかっ?」


 ミリルは冷徹な目で、まりんを一瞥している。そして雰囲気が違う。これがたった今までまりんの身体だったとは思えない程、大人びた顔になっていた。


「騙したなんて、人聞きが悪いじゃない。私はね、ただ皆のお姫様でいたいだけ。最高の容姿、慕われる性格、そして新たに得た、君の炎を操る武力でね」


「な、何ですか、その理由! か、返してくださいよ、私の身体っ!」


 ミリルは一歩、まりんに近づく。そしてまりんの額を、指先でからかうようにトントンしながら笑って告げた。

 その一挙手一投足すべてが、ぞっと寒気がする。蔑んでいるのが伝わってくる顔だ。


「馬鹿言わないで。これから君の力で、さっき話した敵達を倒さないといけないんだから。そうすれば、皆は私のことをもっと尊敬してくれると思わない?」


「な、何を言ってるんですかっ? そんな身勝手な理由で……。貴方のこと、信じていたのに。もう私、貴方のことが全然、分からないですよぉっ!」


「安心して、別に君の理解を得ようとは思わないもの。ねえ、まりんちゃん。炎の力ってどうやって使うのかな?」


 ミリルは自分の両手を眺めながら、力の発動を試みているようだ。しかし、彼女からは炎など、火の粉一つ生じる様子がない。

 まりんは恐れ戦いた。これから自分はどうなるのだろう。殺されるのだろうか、と。なら、隙を見て逃げるなら今しかチャンスはないかもしれない。

 あの時は無我夢中だったが、怒りや絶望といった激しい情動を糧にしてあの極炎の力は燃え盛った。そう、例えば今の彼女に対して抱き始めている感情のように。

 それを思い出した瞬間、まりんは叫んだ。ミリルへの抑えられない失望は、激情となって全身の隅々にまで漲り、力となった。


「あ、ああああぁぁっ!! ミリル、信じてたのにぃっ!! うわああぁあっ!!」


 まりんの手や足、胴体や頭に至るすべてから炎が噴き上がる。身体を奪われたとしても、炎の能力を発現させたのは、ミリルの身と入れ替わったまりんの方だった。

 四方に広がった火炎は部屋のカーテンや内装、薄いとはいえコンクリート製の壁さえ吹き飛ばし、爆発させる。

 だが、それは感情の発露によって引き起こされた、制御不可能な暴発に等しかった。

 まりんは衝撃波でガラス張りの窓を突き破って、外に投げ出される。そしてそのまま四階の高さから真っ逆さまに落下し、地上のアスファルトに打ちつけられた。

 ミリルは割れた窓に駆け寄ると、眼下の光景を確認する。そして路面に横たわりながら尚も炎を発し、周囲の雪を溶かしているまりんを見下ろしながら舌打ちした。


「ん、残念。そういうことか、能力までは奪えないみたいね。あくまで、あの子に頼らないといけないってことか」


 冷たく呟くミリルの背後から、男達の喧騒が聞こえてくる。制御し切れなかったまりんの能力によって、部屋内の炎が外部に吹き出し、ミリルも炎の余波を受けた。

 しかし、ほとんど負傷はなく、まりんの姿をして地上のまりんを凝視している。そこにやがて男達が何人も慌ただしく部屋の中に入ってきた。


「あ、姐さん! 一体、何が……あっ! き、君は……新入りの?」


「こりゃあ、酷い。ガス爆発でも起きたのか……?」


「君、怪我はないかっ!? 念のために、すぐ手当てしてもらった方がいい!」


 部屋の惨状を見るなり駆けつけてきた男達がどよめき立ち、外を見ているミリルの背中に向かって、口々に叫んでいる。

 そんな彼らにミリルは振り返ると、落ち着いた態度で、冷静に言ってのけた。


「私なら平気、それよりミリルを……彼女を助けてあげて。見て、ほら。あの子はこの割れた窓から外に落ちていったのよ」


「そ、外だってっ!?」


 ミリルが指差す眼下には、ミリルの姿をしたまりんがぐったりと倒れている。それも今もまだ炎を全身から燃やし続けながら。

 男達は血相を変え、半数は部屋の外に飛び出していった。そして残った男達でミリルを医務室に連れて行くと言って、抱き抱えながら連れ出していく。

 そんな中、ミリルは笑っていた。まるで男達の反応を楽しんでいるかのように。しかし、男達は必死で、誰もそれに気付かない。


「うん、いいね。ぞくぞくする、やっぱり私は皆のお姫様でないとね」


 ミリルは誰にも聞こえない小声で、密かに呟く。そして自分を抱える男にしがみ付き、まりんのようにか弱い少女を演じようとしていた。

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