エロイカ
「がーーー、疲れたァァァ!!!」
咆哮する私。目の前には首と胴体が離れた悪魔と、それをやった騎士が1匹。
いやぁ、実際に1時間で終わらせたけど中々に疲れた。
普段は週一くらいでしか打てない大魔法を2発打った上に、1年間ほとんど引きこもってた体に鞭を打ってずっと走ったり、重たい刀を振るのはかなりの重労働だ。
「お、お疲れ様です、ヴァネッサ様」
「う、うん…… アンタもね」
労いの言葉には労いの言葉を。
うん、うん。
……うん。ちょっとまだヤバいな。唇がムズムズする。
そんなアレを悟られないように、師匠としての顔になって言葉を出す。
「ま、まぁ最後のは見事だったわ! でももっと伸ばしてあげる。明日からの訓練はビシバシ行くわよ!」
「え、マジですか!? 本当にいいんです!?」
「そりゃーね。基礎だけ教えてほっぽり出すのも道理に反するし。何よりアンタには才能がある」
「……才能?」
「えぇ、私には及ばないけど、並の魔術師よりは遥かに。抵抗出来なかったとはいえ、悪魔に傷を付けるなんてかなりのものよ」
「そうなんですか! そうなんだ……」
坊主は噛み締めるように胸の前で拳を握り、目を瞑る。
まぁ長年の夢が叶ったんだもの、そんぐらいにはなるか。
「じゃあ帰るわよ。魔法のことは諸々終わらせてから相談ね」
「……はい、よろしくお願いします師匠!」
活きのいい返事を受け止め、微笑みを返す。
そしてえっこらせと亜空間に収納した杖を持てば帰宅の準備は完了だ。
って、あぁ。
「エヴァン、悪魔の頭持って」
「なんでですか?」
「いるでしょ、討伐証明?」
「あ、はい!」
フゥゥゥ! 今回の1件、そして悪魔は報奨を山分けしても一生暮らせるくらいには稼げる。てかヨントから毟り取る。
これでエヴァンも鍋の1個で悩むような暮らしから楽になるだろうし、私は新たに生まれた国の英雄を弟子にできてウィンウィンだ。
そして何より、折れちゃったタケミカヅチに代わる刀を買えたりと夢が広がる。人間は嫌いだけど、お金は友達だ。
どうしよう、ヨダレが止まらない。
……まぁ貯金で買えないことも無いんだけど、それでも収入は嬉しいものなのだ。
ニヨニヨしながら杖を構える。兎に角、まずはうちへ帰らないとね。
「しっかり持ったわね? じゃあ行くわよ。服の裾持って!」
「え、なんでです?」
「ほら転移よ転移」
「なるほど。いやでも魔りょ……」
「ん? まぁいいわ。ほれ【てーん…… ごへっ」
あ、ダメだこれ。
やばい、魔力切れとか数年ぶりだから忘れてた。
あ、ヤバいやばい。どんどん眠気が襲ってきて、なんかやばい。
「おやすみなさーい……」
「ば、ヴァネッサ様ぁぁ!!!」
不意に気持ち悪さが湧き上がってきて、目の前がチカチカし出していく。あー、ちょっと寝よ。
思考が狂い、何故かそんなことを思った瞬間。私の意識は暗転した。
……………………
「あーっと、魔力切れの時はどうすればいいんだっけか……」
「取り敢えず頭に氷置いてみたけど、これって風邪の治療法だもんな…… てか魔法ってやっぱすごいな。こんな一瞬で氷塊を作れるんだから」
「……起きなかったらどうしよう」
「いや、きっと大丈夫。あっ、起きた時に横にいられたら嫌かな? 『うげっ、なんでアンタうちの中に居んのよ! でーてーけー!』なーんて言われたり。ははっ」
「やっば、もう2時間も経ったのか。そろそろ下の隊長もやきもきしてるんじゃ」
「それにしても、ほんっと可愛いなこの人は……」
……………………
微睡む意識で夢を見た。
凍る世界で、徐々に近くなる顔。柔らかくなる唇…………………………………………
「あれは事故だからぁぁぁぁぁ!!!」
「わっ! ……おはようございます、ヴァネッサ様」
「あーーーまだ夢かぁぁーーー!」
飛び起きた先は、住み慣れた我がヴァネッサハウス。頭に乗った氷嚢が布団の上にポスリと落ちるが、そんなことを気にしている暇はない。
起きたと思ったのに、夢の中で唇を合わせた顔がベッドの横に座っていて……
……………………。
頭をにさん度振って理解する。あぁ、うん、無事に帰ってこられたようだ。
うん、でもさぁ……
「うげっ、なんでアンタうちの中に居んのよ! でーてーけー!」
「ごふっ!」
私の放った軽パンチが彼の二の腕を軽く打つ。
微妙に仰け反った彼は、すごすごと立ち上がって……
「ハイハイ、すみません。今出ていきます」
なんだ、張り合いがない。ほんの冗談だったのに。
周りを、氷嚢を見れば彼がどうしてくれたかんて一目瞭然で。
「……ありがと」
「え?」
「聞き返すな馬鹿!」
ドアの前に立ち止まった彼に、心からのありがとうを。
「……ちょっと表で待ってて。着替えたら今度こそ転移するわよ」
「え、魔力は?」
「ふふっ、2時間もあれば全快よ! このエネルギー効率の良さ、魔法の強さ! どの分野でも私は最強なのよ!!!」
「すご!」
「わかったなら行きなさい。あっ、……覗いちゃ、ダメよ?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
なんぞ照れる童が1匹おるのぉ……
からかった私も、内心ちょっとドキドキしてるんですけども。
「【ヒール】っと。あー、スッキリ!」
エヴァンがドアから出たのを確認して、私はお腹を捲ってアザが残る体にヒールをぶち込む。
不快感が一瞬で消えて、超気持ちいい。
そのまま立ち上がって、クローゼットから一張羅のローブを取り出して纏えば準備は完了だ。
「終わったわ。行くわよエヴァン!」
「……はい!」
もう名前を呼ぶことに抵抗は無くなってきた。彼は私の人生の中で、モブでは無くなってしまったから。
ポンッと置かれた頭の上の手をちょっと意識しながら、私は杖を振る。
「【転移】!」
呪文を唱えれば、目の前の光景は林から石造りの砦、その中の"北方大将軍"の部屋へと一瞬で変化して……
外には大勢の人が集まる音がする。
でも、残念。彼らのお仕事はキャンセルだ。
「行くわよ、英雄さん?」
「……俺止まってる紫の丸太切っただけなんですけど」
「そうね、でもそれはそうそう出来ることじゃないわ。あなたは悪魔に立ち向かい、私を助けようとしてくれた。それに…… いや、なんでもない」
「……え?」
「私のファーストキスは、そんな安くないから」
「……えええ!?!?」
何に対する驚きよ。
くっそ、こんなクソみたいな反応が返ってくるんだったら言わなきゃ良かった。
「あーあ」
「……ありがとうございます、ヴァネッサ様」
照れながら困った様に笑いながら。そっぽを向いて発せられるそんな一言が、モヤモヤを消していく。
「あーあ……」
どこで私の幸せな1人ぼっち生活は狂ってしまったんだろう。
でもコイツに出会ったことが原因なら、それは悪では無いかもしれない。
「それじゃあ行くわよ」
「はい!!」
お馬鹿で天才なぼっち魔女は、お馬鹿で愚直な騎士を伴って歩き出す。
ただの師弟で終わるのか、何かが起こるのか。それは今はまだ分からない。でも……
「追々責任、取って貰うから」
「えええ!?」
まぁたまには騒がしいのも、嫌いじゃないかな。
山姥と恐れられる隠居魔女は今日も静かに暮らしたい 譚織 蚕 @nununukitaroo
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