決着は近くて遠い
「あんのバカバカ!!!!」
むーかーしむかし、悪魔とかいう最強の魔物に対して接近戦を挑むとかいう馬鹿がおったんじゃ……
飛び出した瞬間はポカーンとして動きが止まってしまったけど、どうにか助け出すことが出来た。
行動自体は馬鹿だったけど、発動させた魔法は初心者にしては中々のもので、当たりさえすれば悪魔にも一定の効果はあるだろう。
……当たりさえすれば。
「煽り過ぎた私も悪かったわよ…… でも突撃は無いでしょ…… 悪魔が国滅ぼしたっていう話したわよね……」
杖を振って攻撃を逸らし、時につららを飛ばしながらグチグチ愚痴を言う。
しかもあんなヤツのために隙まで作ってやらなきゃならないなんて……
そう思いながらも緩む口元。キックをバックステップで躱しながら天に向かって叫ぶ。
「とーっても、ワクワクするわね!」
私は久々の戦いで、命の輝き的な何かを感じているらしい。強敵、そして重ねての縛り。
こんなの魔法使いとして楽しすぎる。
エヴァンはどっか隠れて隙を伺ってるみたいだから、私がちゃんと決めないと。
師匠として。
正直、最初はウザかったし期待してなかったんだけど……
彼はこの1時間で魔法をモノにした。課題は多いけれど。
それを導いてやるのは、私の責任だ。
「グラァァァ!!」
「っと、あっぶな!」
考え事をしている間にも、悪魔は止まってちゃくれない。
最強の魔物というだけあって攻撃も殆ど効かないし、逆に相手の一撃一撃は避けた傍から森林を破壊し尽くしていく。
「お前、結構強いわね……」
最後に悪魔と戦ったのは2年前。
敵は隣国の30年物ダンジョンから溢れたスタンピードのボスだった。
その時は、現役バリバリだったから楽に下せたんだけど、今は違う。
「グラァァァ!!」
「やっぱ条件が悪いわ……」
前より強い悪魔に、前より弱い私。倒そうと思えば方法は数多あるんだけど、隙を止める手段なんてそんなに無い。
……ぱっと思い付いたやつは使いたくない。
「言っちゃった手前、隙を作るのは絶対…… うーん、全身凍らせてもコンマで復活するだろうし……」
悩んでいる間も、攻撃が止まらない。
パンチ、パンチ、キック
連打を氷の盾で防いでいく。
パンチ、パンチ……
手に闇を纏わせたパンチ
「グラッ!!」
「ごほっ!!」
「……ヴァネッサ様!!!!!」
戦闘勘が鈍った私は、通常攻撃を防ぐつもりで普通の氷の盾を貼った。
しかしそれでは強化されたパンチの前では紙に等しい。
盾は粉々に砕かれ、大きなのを1発腹に貰ってしまう。
衝撃で吹き飛ぶ私、追撃を狙う悪魔、叫ぶエヴァン。
あー、これは骨がイっちゃってるな。そんなことを漠然と考えつつ、もう一度魔法を唱えようとする。そんな時だった。
「ラッ!!!」
「おらぁぁぁぁぁ!!!」
視界に入ってきたのは一瞬で迫ってきた追撃の黒い右腕。
あー、やばいなこれは。
そう思った刹那の後……
さっきとは全く逆の立場で私と腕の間に黒髪の凛々しい騎士が滑り込んできた。
得物が纏う炎は、さっきまでその性格を表すかのように澄んだ蒼だったのに、怒りの感情によってドス黒く変色している。
……私の為だと思うとなんだか嬉しい。
まぁそんな悠長な隙は無くって、腕は私の代わりにターゲットとなったエヴァンに向かって行く。
もう1秒と時間が無い。
このままじゃアイツが死んじゃうから、本当に本当に嫌だけど、死んでしまうのはもっと嫌だから。
「ぐっ……【氷結時計】!!!」
お腹の痛みを堪えつつ魔法を唱える。
……カチリ
変化は一瞬で起こった。
小さな音と共に、エヴァンの頬までもう1ミリという所で黒い腕が、いや悪魔の全身が止まる。
それだけではない。エヴァン自身も、風で動いていた木々の葉っぱたちも。
私以外の全てがその動きを止める。
数多ある氷魔法の中でも、私が作り出したオリジナル。
世界の時を凍らせる魔法。
この世界で動くことができるのは、私と"許可"された人だけ。正真正銘の必殺技だ。
まぁその代わり魔力はすっからかんになるんだけど。
だから早く"許可"を出してエヴァンに悪魔を殺して貰わなきゃならない。
魔力切れと腹の痛みでフラフラになりながら立ち上がった私は、目の前のエヴァンに向かって歩いていく。
「はぁぁぁぁ……」
今から出す許可のことを考えれば、それだけで気が重くて死にそうになる。
でもやると決めたのは私だし、やらなきゃ本当に死んでしまう。
「……昔の私のばかやろう」
この魔法を使ったのは、実は今回が初めてである。こんなの使わなくても最強は私だったから。そして"許可"の代償がとてつもなく嫌だったから。
氷結時計を生み出したのは、私が7歳の頃だった。その頃から天才だった私はたったの3日でこの大魔法を編み込み編み込み……
最後の仕上げ、許可のところで条件に悩んだ。
悩んで、悩んで。そして最後に手元にあった御伽話を見て、決めたのだ。
「んっ……」
触れ合った唇から、氷像のような騎士に零度の世界で唯一熱を持つ魔女が体温を伝播させていく。
冷えきった大事な人を溶かすのは、お姫様のキス。
この条件を決めた、自分が天才だと思っていたアイツを絞め殺してしまいたい。
まぁそれでも、私の魔法に狂いはないから。
「んん……っ んんんんん!?!?」
騎士は目を覚ます。
「……ぷは」
「いやどうしt」
「うっさい!」
踏ん切りがつかずに悩んでたから、もう時間が無いのだ。
「黙って炎出してこいつの首切って!」
「え、は、はい!」
叱咤すればエヴァンは動き出す。
唇に残る違和感を、擦って消しちゃいたい様な、したくないような…… みたいに私が考えている間にも、エヴァンは棒を構える。
なんかそれはそれで不満だ。もうちょっと気にしてくれてもいいのに。
自分でもよく分からない感情の中、ジーッと魔力を通す彼を見つめて…… 気付く。
「あ、ちょっと待って!」
「……なんです?」
こっちを振り返る彼の顔はいつもより赤らんでて、こっちまで恥ずかしい。
なんだろもうやだ……
いやいやいや。変な思考を首を振って消し、私は亜空間から1本の剣を取り出した。
「この魔剣あげるわ。棒じゃ切れないでしょ」
「……いいんですか!?」
「うん、元はヨントのだし。とっとと受け取りなさい」
ぐいっと剣を差し出し、ずいっと後ろに下がる。渡す瞬間に縮んだ距離に反比例するように、心臓の音が大きくなったから。
「……やりなさい」
「……【炎刃】」
あー、なんかさっきからやばい! でも仕方ない!!
今度こそ、騎士によって美しく構えられた剣に炎が宿る。
怒りの黒色は消えて……
「何よその色!?」
「うわっ、えぐっ!!」
ショッキングピンクの炎がメラメラと吹き上がり、止まった世界を桃色に染めていく。
「しっ!!」
動揺しながらもゆっくりと、しかしハッキリと訓練された太刀筋は弧を描き……
「グラァァァァァァ!!!」
紫の血が飛ぶ。時間が戻る。
「よくやったわ、弟子!」
「はい!!!」
始まってから1時間と3分。
スタンピードは終結した。
――――私のファーストキスを生贄に
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