騎士は突撃す
棒を構える。
こんなふいに、憧れの魔法が使えるようになるなんて思ってもみなかった。
こうなってみると、ヴァネッサ様は本当に王都で有名な魔法使いだったんだなぁと思えてくる。
最初に会った時は半信半疑で、ただの適当なお姉さんなんじゃないかと思っていたんだけど……
この1時間、実感する。
彼女は間違いなく、最強だ。
というかこれに上があったら世界はとっくの昔に滅んでるだろう。彼女だって面倒いだけみたいだし。
「……ありがとうございます」
「なにが?」
「いや、色々と……」
暖かい膜の中で、隣にいる彼女に万感の感謝を伝える。返ってくる言葉は素っ気ないけど、ちょっと喜んでるみたいで。とても嬉しい。
「じゃあ、やりますよ!」
「ゴタゴタ言ってないで早く。最初は小石を飛ばすだけでもいいの。とにかくやってみなさい」
「……はい!」
魔法を語る時の彼女も、魔法を教えてくれる時の彼女も、とても無邪気でキラキラと話をする。
言葉が染みて、引けていた腰がすっと立つ。
気負わず、さっき習った通りに。さっき出来た通りに。
「【炎刃】」
一言唱えると、手に持つ棒に蒼炎の刃が纏わりついた。
やはり騎士足る自分自身、誇れるものは剣術だ。師匠に似た訳ではないと思うけど……
小石を飛ばす? そんな精密操作は得意じゃない。だから……
込める命令は単純に。
『炎よ手元に居ておくれ』
騎士には、ただ1本の剣があればいい。
不思議と熱さは感じない。
でも隣の彼女の存在が、僕の顔を真っ赤にしているから。
戦う前に心臓が裂けて死なないように。
ついでにノルマの一太刀食らわすために。
「騎士エヴァン、行きます!」
名乗りは騎士の誉だ。
一言叫んで名残惜しい暖かな膜を、彼女の隣を飛び出す。
そして目の前の紫の巨体へ向かって走り出した。
「やぁぁぁ!!」
「グラァァァ!!!」
炎の棒を振り上げる。毎日訓練している剣術の成果を、ちょっとでもカッコイイ所を気になる人に見せたくて。
迎え撃つのは大音量の咆哮。
ちょっと服が揺れるが、そんなことは気にしない。
ただ前へ、この刃が届くところま……
「あっぶないわよ馬鹿!!! 飛び出すなよ脳筋め! これだから騎士っていうのは……」
無我夢中で走っていた僕の耳に可憐な声が入り、視界が一瞬で切り替わる。
ぶつかりそうになる駆ける足をギュッと止め、驚きながら前を見る。
ふわっと顔面に広がる金色の髪は、つい1秒前まで後ろに居たはずの魔女様のもの。
そして彼女が、杖から発生させた氷で動きを止めているのは、前へと突き出された悪魔の腕。
――――僕が気付かなかった、助けが無ければ命を刈られていたであろう瞬速のパンチ。
「なーに突撃してるのよ馬鹿!!」
「いや、どんだけ頑張ってもコレしかできなったので……」
「じゃあ言いなさいよ! さすがに近距離戦で勝てとは言ってないでしょ! 一撃でいいって言ったでしょ!!!」
「……はい」
叱る合間にも目で追えない速度で攻防を続ける一人と一体を見て、自分の馬鹿さ加減を知り、項垂れる。
そんな僕に、不甲斐ない僕に。彼女は苦々しく微笑んで、1つミッションを下した。
「でも威力は中々ね。いいわ、私が隙を作るから…… そこに渾身の一撃を入れなさい。したらアンタを正式に弟子にしてあげる」
「……ありがとうございます!」
「ふふっ、精々頑張んなさい!」
きっと最後の慈悲だろう。褒め言葉も適当なんだろう。でもとても嬉しくって。今度こそ期待に添いたくって。噛み締める様にして返事をする。
ヴァネッサ様は、今度はそれをパッと花が咲くように笑って受け止めてくれた。
あぁ、僕はこの人を裏切れない。
魔女は、杖を振り、踊るように攻撃を加えていく。
その度にキラキラと氷と、それに反射して金の髪が舞う。
なんて美しいんだろう。そう思えば思う程、無様な自分には到底釣り合わなくて。悲しくなってくる。
でもだから、今は少しでも彼女に近付ける様に。
少しでも期待に添えるように……
木々の間に姿を隠した騎士は、師匠を、友を、そして思い人を信じて"その時"を待つ。
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