3巻発売即重版記念SS「夫からの禁止令」




妃殿下ひでんかが大変なんです!」


 という皇妃付きの侍女じじょリジアからの伝言をしつ室で受け取り、ヴァルトはすぐに皇妃の部屋へと向かった。


(今日は遅くなるから先に寝ているようにと伝えていたが、一体リィナに何があったんだ?)


 詳細が書かれていなかったことに焦燥しょうそうを覚え、無意識のうちにどんどん足早になっていく。

 そして。


「リィナ! 無事か?」

「へいか……?」


 慌てて皇妃の部屋に飛び込めば、フェルリナはヴァルトを見るなりふにゃりと笑みを浮かべた。

 そのほおは心なしか赤く、目の焦点もどこか合っていないように見える。


「ふふっ、へいか、だいすき」


 いつもなら絶対に自分から甘えてこないフェルリナが、ヴァルトに抱きついてきた。

 呂律の回っていない喋り方も可愛かわいすぎて心臓が追いつかない。


(これは、都合の良い夢か?)


 全力で抱きしめ、その柔らかなローズピンクのかみを撫でながら、ヴァルトの脳内はパニックになる。

 ふと視線をテーブルに向けると、異国から取り寄せたお菓子――チョコレートがあった。

 アクセントにほんの少しだけお酒を入れていると聞いていたが、毒味役もアルコールはほとんど感じなかったと話していた。

 だから、珍しいお菓子としてフェルリナにも食べさせてやろうと思っていたのだが、まさか。


「どうやら妃殿下はお酒に相当弱い体質のようですね……」


 部屋の隅からすっと出てきたリジアは、苦笑をもらす。


「一口召し上がっただけで、お顔が赤くなり、へいに会いたい、寂しいと普段は滅多めったに口にしないお気持ちを漏らしておりました」

「……そうか。状況は分かった。あとは私に任せてくれ」

「はい。それでは失礼いたします」


 リジアが部屋から退室し、酔っ払いと化したフェルリナと二人きりになる。

 ぎゅっとすがるようにヴァルトの服を掴むフェルリナが愛おしくてたまらない。

 ここ最近、お互いの公務が忙しくてゆっくりと顔を合わせる機会がとれていなかった。

 ヴァルト自身、フェルリナが足りなくてどうしようもなくなっていたから、本音が聞けて嬉しかった。


(執務室に残してきた仕事は、グランがいればなんとか明日までには終わるだろう)


 今は仕事よりも可愛い妻をたっぷりと甘やかす方が大事だ。


「寂しい思いをさせてすまない。私もリィナが大好きだ」


 フェルリナを抱きしめたまま、耳元で優しくささやく。


「いつも私のために頑張ってくれてありがとう」


 ひたいに、頬に、くちびるに、甘いキスを落としながら、ヴァルトは愛を伝える。


「ヴァルトさま……」

「ん? どうした?」

「わたし、ちゃんとできていますか?」

「あぁ。リィナは私の自慢の皇妃だ」


 フェルリナが皇妃としての公務を精一杯努めてくれていることは誰よりも知っている。


「ふふ、嬉しいです」


 天使のようなれんな笑顔に、ヴァルトの心臓は撃ち抜かれた。

 そして、愛しい天使はそのまま気持ち良さげな寝息を立て始める。

 すっかり酔ったフェルリナに翻弄ほんろうされまくったヴァルトは、眠る彼女を抱き上げ、ベッドまで運ぶ。


「リィナはどうしてこんなに可愛いんだ?」


 なんてことをぬいぐるみのルーに訊きながら、ヴァルトは可愛い妻の寝顔を見つめていた。




 翌日。


(なんだか、少し頭が痛いような……)


 意識が覚醒し始めて、真っ先に思ったのはいつもとは違う体の不調。

 そして、目を開けて思わず声にならない悲鳴を上げる。


(ど、どうして陛下が……!?)


 たしか、昨日は先に休むよう言われていたから、てっきり会いに来ないものと思っていたのに。

 何故かベッド横の椅子いすでヴァルトが眠っている。


「っ! 陛下を椅子で寝かせてしまうなんて!」


 慌てて飛び起きて、フェルリナは青ざめる。

すると、ヴァルトも目を覚ましたようだ。


「おはよう、リィナ。昨日のことは覚えているか?」

「……いいえ」


 全く覚えていなかった。


「だろうな」


 ヴァルトは含みのある笑みを浮かべた。


「あの、わたしもしかして、陛下に何か失礼なことを……?」

「いや、もっと普段からしてほしいくらいだが……」

「え?」

「とにかく、リィナは今後私以外の前でアルコール類を摂取することは禁止する」


 意図はよく分からないが、ヴァルトが禁止するのだから、しっかりと気を付けておかなければ。

 そう思い、フェルリナは素直に頷いた。

 ヴァルトはフェルリナの返事を聞いて満足気に頷くと、朝から早速仕事に行った。



 後になってリジアから昨日の失態を聞いたフェルリナはあまりの醜態しゅうたいに顔から火が出そうになった。

 ぬいぐるみに憑依している時の夢だと思っていたのだ。


 まさかあれが現実だったなんて――!


 激しい羞恥しゅうちしんと同時に、ヴァルトからの惜しみない愛情も思い出して、ドキドキが止まらなくなる。

 結局、ぬいぐるみに憑依ひょういしてしまい、この日はヴァルトに一日中抱かれることになったのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷酷皇帝は人質王女を溺愛中 なぜかぬいぐるみになって抱かれています 奏 舞音/ビーズログ文庫 @bslog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ