ある冬の日、コンビニ店員の日常

一条 飛沫

暇なコンビニ店員の日常

今年も寒い季節がやってきた。風は音をたてて吹き荒び吐息は白く凍る。ここ福岡でも雪が降りそうな気温だ。都会を抜け、電車で一刻ほどいったこのコンビニは今日も高齢者達を相手に声を張り上げて商売だ。といっても売り上げは町の駄菓子屋さんと競うほどしかなくレジに二人以上人が並んだのをみたことがない。


 私の仕事は滅多に来ない客を今か今かと待つことである。当然売り上げが少ないため従業員の数は少なく、常に店には一人しかいない状態だ。今日も今日とて常連の爺さん、婆さんの相手以外することがない。


 まだ申の刻だと言うのに日は西の山の陰に隠れ、黄昏時が訪れる。余談であるが黄昏時とは暗くなり人の顔が判別できず『誰そ彼』と、問わなければいけない時間のことだそうだ。まさに今がその時である。


 そんなことを肉まんの什器じゅうきに手を触れ、冷えた手を温めながら考える。こんなことをしているうちに時計の針は酉の刻を回っている。この時間にもなれば客は誰一人として来なくなる。


「いけない、あの子達がくる頃だ。…………準備をしないと…」


一人呟きながらそそくさといつもの物を取りに行く。バックルームはとても冷え込んで室内だと言うのに吐くいきは白く染まっている。


 やがて大量の何かと紙皿を腕いっぱいに抱えて外に出る。コンビニ特有の音がして自動ドアが開く。ドアの前には既にみんなが座って待っていた。私は紙皿を数枚並べて、その上にあるものを出していく。昔は外を歩けば出会えたはずだが今じゃみんなと会うのも一苦労だ。


 しかし増えたものだ。最初はお腹を空かせてコンビニに迷い込んで来た子に餌を渡したら今では十匹をゆうに超えるような大軍勢である。いつの間にか違う種族まで混ざっている。仲がいいのはいい事だがこちらのお財布事情も察して欲しい。といってもこの子達には分からないのだろうが。


 ふと上を見上げると満点の星空が広がっている。北の空に煌々こうこうと輝く北極星を見つけ、自己満足に浸る。今日は星がよく見える。こんな日は星を眺めながら飯でも食べたいものだ。そう思い私は思い出した。


 立ち上がり店内に戻り、それをとりに行く。みんながどうしたのかと私の背を見ているので急ぐことにしよう。ちょうど今日が賞味期限だったはずの『赤いきつね』と『緑のたぬき』を陳列棚からとる。お金はあとで払うからいいだろう。店内でお湯を入れもう一度ドアをくぐる。みんなは私が帰ってきたことに安心したのかまた顔を下げて食事を再開する。未婚の私からしてみればこの子達は息子、娘のようでたまらなく可愛い。


 そんなふうにみんなの食べる姿を眺めているうちに3分が経過した。『緑のたぬき』の待ち時間が3分で『赤いきつね』が5分なのか不思議に思っていた時期もあった。私はこれでも発売当初からやく半世紀以上にわたって2つの商品を食べ続けているがどちらが好きかいまだに決められない。しかし今はそんなことは関係ない。


 私は自分が思っていたより腹をすかしていたらしい。蓋の隙間から漏れる出汁の匂いが鼻腔をかすめた瞬間お腹がグゥーと情けない音を発する。我慢ができなくなった私は割り箸を綺麗に割ったあと、両手を合わせ「いただきます」と挨拶をすると『緑のたぬき』の蓋を勢いよくとる。最初に手をつけたのはもちろん天ぷらである。サクッと言う音とともに口いっぱいに天ぷらの美味しさが広がる。すぐさま出汁を一口飲む。これは冷えた身体にはたまらない。勢いよく蕎麦を啜り上げ、啜り上げ、ひたすら啜り上げる。


「ほぅっ」


汁を一滴残らず飲みきり思わず声が漏れる。あっという間に完食してしまった。蓋を開けて1分ほどしか立っていないにもかかわらず。いや、むしろ良かったのかもしれない。ちょうど『赤いきつね』が出来上がった頃だ。


 『緑のたぬき』を食べたせいか今度は落ち着いて蓋をとる。わかってはいた事だが蓋をとった瞬間に出汁の香りが一気に押し寄せてきてなんとも言えない幸福感に包まれる。その状態でまずは出汁がよく染み込んだ油揚げにかぶりつく。じゅわっと染み込んでいた出汁が染み出し、口の中が幸福でいっぱいになる。幸福の中に更なる幸福を求め麺を啜る。


「ふぅ」


気づけばカップの中は空になっていた。汁の一滴もなく、綺麗な状態だ。ちょうどみんなも食べ終えたのかそれぞれ帰路につき始める。私はいつも通りそれを黙って見送る。


 最後に狐の親子とたぬきの親子が一組ずつ残った。どうしたのかとじっとみているとまるで「また来る」とでも言うように一声鳴いて去っていく。


「ああ……またおいで」


私もそれに応え優しい声でささやいた。


 この冬が終わり、春がくれば私も定年だ。定年後はどうしようか……。そうだ。この近くであの子達と一緒に過ごすなんてどうだろう。もちろん『赤いきつね』と『緑のたぬき』と一緒に。

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