第2話 つまらないセカイにサヨウナラ
毎日がただただつまらなかった。
決まった時間にアイシャさんは現れては下の始末と瓶に入ったミルクらしき物を事務的に与えては部屋を出て去って行く日々の繰返しだった。
何故か前世の記憶があるだけに自由に動かせない身体や話す事も出来ない自分の不甲斐なさに辟易とする。
赤子なのだから当然とも言えるのだが、これ程迄に自分で何も出来ないというのが辛いとは思わなかった。
毎日決まった時間にしか人は来ないので時間は有限に近い程ある。
ならばと何か出来ないかと考え前世のテレビでも見た事がある不思議な力は無いものかと試行錯誤してみてもついぞ何も不思議な事が起こる事は無かった。
あれ以来最初に扉の向こうでアイシャさんと話していた男性が現れる事は無かった。
ただただ無為な時間を過す日々。
何故気付いたらこんな世界に居て何も出来ない赤子になっていたのか自問自答しても誰も答えてはくれない。
退屈な日々に自分が何もかも諦めていくにはそう時間は掛からなかった。
誰からも望まれていない。
この世界に産まれた意味も見出だせない。
産まれながらにそう気付かせる位には今自分の置かれている状況を理解出来ない程俺の中身は若くなかったからだ。
諦めの境地に達し精神修行とも言える無為な時間を数年繰返しようやく自分の力で動ける様になった時には俺は三歳になっていた。
動ける様になって初めて分かった事がある。
一つはここは俺が全く知らない異世界だと言う事。
俺の産まれは貴族家の末弟であり領地を治める父と母それに二人の兄と姉が居る事。
この世界にはやはり魔法という不思議な力がありそれは産まれもった時に既に発現しており瞳の色で判別が出来る事等。
簡単に言えば産まれた瞬間に才能の有無が分かり黒い瞳即ち無能力という事が家族には分かってしまったのだろう。
貴族の家の子息が無能力等有ってはならない。
そんな所から俺は生かさず殺さず放置されていたのだろう。
そういえばアイシャさんの瞳も黒色だった。
あの俺を見る酷く冷めた目に感情の見えない無表情を思うとそういう事だったのかと腑にも落ちる。
誕生早々にお先真っ暗とは
ここから粉骨砕身成り上がろうにも俺には全く何の力も備わって居ない。
一発逆転の不思議な力が隠されている様子も無い。
せいぜい前世の知識を利用して商売等も始めてみようにも文字の読み書きすら出来ず原資を稼ぐ手段も無い。
まともなら親なら話をして最初の原資を貸してもらう事も出来たかもしれないが産まれから三年が経っているにも誰一人として俺には会いに来ないのだ。
こんな家の為に何かをしようなどいう気も起きる訳がない。
ただただ暇で無意味な時間を浪費し俺は完全に腐り切っていった。
退屈な日常と何も変わらない毎日を過ごし俺は五歳になっていた。
あれからも誰も来る事は無くアイシャさんも変わらず事務的な対応をするだけだった。
そんな無為な日々を過ごす中一つの変化が訪れた。
いつもと変わらず無表情で食事を運んで来た。
部屋を去り際に一言
「食事後、旦那様がお呼びです。また、後程お迎えに上がります。」
振り返る事も無く背を向けたままそう言って彼女は退室して行った。
これだけ放置されて今更何の用があるのだと思わなくも無いがどうせ碌な用ではないだろう。
しかしこれはこの屋敷から出る千載一遇のチャンスでもある。
それに俺には秘策があった。
この機を逃したらいつ訪れるかは分からないチャンスに全てを諦めていた俺は久し振りに瞳に色を取り戻したのだった。
食事後暫くすると部屋の扉がノックされアイシャさんが入って来た。
短く一言ご案内しますとだけ言って。
俺は特に返事もせず彼女の後を追う。
今まで自分の居る部屋から大して出た事も無かったので初めて見る屋敷内はそれは立派な物であった。
改めて本当にそれなりの身分の元に産まれていたんだと思ったが、ただただそれだけでなんの感慨も浮かばない。
アイシャさんの後ろを付かず離れずの距離を保ち付いていくと大きな扉が見えてきた。
アイシャさんはその大きな扉の前で立ち止まるとノックをする。
中から尊大な男性の入れという声が聞こえて来た。
記憶に有る様な無い様な何処か懐かしい感じもしたが、その位でどうにか思う程には俺の無駄に無益に消費された時間は長くは無かったからだ。
アイシャさんの失礼致しますの言葉と共に扉は開かれ俺は中に通せれたのだった。
部屋の中には左右に高価に見えるソファが有り奥には執務机、その執務机の奥には見るから高貴に見える男性が高価に見える椅子に座っている。
左のソファには生意気そうな二人の男の子
右のソファには綺麗な女性とそれに似た女の子が座っていた。
禄に礼儀すら習っていない俺はただただ立ち尽くしていると正面に座っている男性が何やら俺に関わる話を始めたが全くと言っていい程頭には入って来なかった。
小難しく長ったらしく如何に自身の家系が優秀で有るのかを語っている様だったが正直一ミリの興味も抱かなかった。
雄弁に語っている正面に男性を無視し俺は左右に居る男の子二人と反対側に居る女性と女の子に目を向けた。
そして全員を見回して気付いた事があった。
皆瞳に色が有るのだ。
兄らしき二人の瞳は赤、母らしきは女性は水色、姉らしき女の子は緑だ。
改めて正面の未だに話し続けている男性を見るとその瞳は赤色で有った。
薄々気付いては居たが何故俺がこんな扱いを受けていたのか理解する事が出来た。
自分の瞳は
もう正面の男性が何を言っているのかまともには聞いて居なかったがこのまま延々と壊れたラジオを聞かされているのにもウンザリしていたので無能力で必要とされていない俺は早々と退場させていただこう。
初めての家族との邂逅がお別れの場になるとは誰も思っては居ないだろう。
改めて目に焼き付ける様に俺の母、兄弟、姉の顔を見渡す。
正面の未だ話し続けている壊れたラジオは無視で良いだろう。
いくら無能力とはいえ普通自分がお腹を痛めて産んだであろう子供に五年も会いに来ないの異常じゃないかとも思うが、五歳にもなった俺を見ても全く驚いたり嬉しそうな表情一つ無いのを見ると本当に居なかった者と思われているのだろう。
未だに身振り手振りで何かをのたまっている壊れた
流石に自身の前まで急に歩いて来た者に男性の身振り手振り付の流暢な演説も止まった。
周りの兄弟や母らしき女性も何事かと固唾を飲んでいる。
へぇ、そんな表情も出来るのかと感心もしたが、ただそれだけしかない。
俺は前世で敬虔な信徒だった訳では無かったが、元日本人だった故の習性だろうか自然と手を合わせ目を瞑る。
【こんなツマラナイセカイに生まれ変わらせていただき本当にありがとうございましたと】
俺のしている不思議な仕草にあ然としている男性を視界には入れずに部屋に入って来た時に目に付いていたある一つの物を素早く手に取るとそれを自分に向け思いっ切り喉に突き立てた。
かなり激痛におかしくなりそうだがこれで間違いなくこの世界からフェードアウト出来るだろう。
暗転する視界の中何やら悲鳴やら怒号やらが聞こえるが一秒でも早くこの世界からサヨウナラしたかった俺は激痛に耐えながら更にペーパーナイフを押込み自らにトドメをさしたのだった。
願わくば次は貧しくともまともなセカイに出会えますように。
そしてこの世界での俺の短い人生は呆気なく自らの手で幕を下ろしたのだった。
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