3.
遠くへ、遠くへ、逃げながら暮らした。二人だけで生きていたかった。しばらく旅をして、逃げることには満足した。誰もいない廃墟で暮らしだした。
彼女の碧い目は、近くで見ればいよいよ美しかった。その瞳で捉えられると狂ってしまいそうだった。よく分からない感情が、跳ねまわり、心がひどく震えた。
時折、彼女は寂しそうな顔をした。僕ではなく、空や遠くの街を見つめながら。
そのたびに、自分があの売り物だった碧い目を、まだ手にしていないという気がした。
あの頃よりも、この碧眼が欲しいと思ってしまう。方法も知らずに、強く思う。ひたすらに、そのことで支配されていく。心がくらくらと遊びに出る。何かにずっと酔っている。
ある夜だった。とても深い夜だった。いつまでも光の輪郭が整わない夜だった。
その光りに、あの碧い瞳は飾られて、ひどく美しく、そこにあった。まともに見られないほど、美しいのに、不思議と彼女の頭蓋に収まっていた。
欲しい。ただ、そう思う。どうしよう、というのではない。ただただ欲しい。愛しているんだ。その碧い目を愛している。
狂う。自分は狂っている。知ったのだから、逃げられない。
手を伸ばす。触れてみたい。全てを知りたい。愛している。手にしようとする。ナイフに彼女は暴れる。瞳は金属にのる。これは愛だ。美しい。
僕の手へと降りてくる。温かい。ナイフを捨てて、両手で丸みを感じる。朱が手を染める。やっと碧い瞳は僕のもとにある。
彼女に抱き締められた。片目になった彼女は僕のナイフを持っていた。僕に深く突き刺した。血が溢れていった。痛かった。
痛みで頭が冴えてきた。あの酔いから覚ましていった。なんでこうなったのだろう。なんてことをしたのだろう。なんて自分は汚いんだ。
もう立てなかった。視界の中の灯は、不安定になって揺れていた。
彼女はとても綺麗だったのだと思う。あの碧い目が似合っていた。あの碧眼がふさわしかった。記憶の中、初めて会った時を辿っていく。あの彼女の姿をたぐり寄せる。
なぜか彼女の残像が、手の中の碧い瞳に映った。
そんな気がした。
――終――
売物の碧眼 藤波 融 @yuki_0_sf
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