やっちゃんらしさの茶道と春
自分なりの茶道
自分なりの茶道。
「それって、なんだろう」
『自分なりの茶道を見つけて、発表してください』
やっちゃんとわたしに課題が出された。すぐ年末が来て、正月をむかえた。
年明け最初の稽古は初釜と呼ぶ。炭点前をして、精進料理にお酒(未成年はジュース)にお菓子にお濃いとお薄、最後にくじ引きをして、今年一年も茶道に精進できるよういのった。
いつものメンツである土曜日組だけでなく、山本社中せいぞろいで、なかなかのにぎわいだった。みんな、新しい一年に期待して、楽しそうだった。浮かない顔をしていたのは、わたしだけだった。
とりわけ、いちばん新入りのやっちゃんはまわりにちやほやされ、いつもとはちがう豪華なしつらえに目を輝かせ、美味しい料理やお菓子にはしゃいでいた。休憩時間には、わたしたちのお点前争いが話題になった。
「さっちゃん先輩に負けません!」
自信満々な発言をして、場をわかせていた。
一方のわたしは、先生のところへすっとんでいき、たのまれてもいない手伝いばかりした。
春までに、自分なりの茶道を見つければいい。まだ先だから、あせる必要はない。そう自分に言い聞かせていた。
そしてそのまま四カ月経った。わたしのお点前は、どんどんひどくなる一方で、お稽古のたびに、なにかすっぽぬかしたり、とてつもないヘマをやらかしたりした。
最初のうちは大丈夫大丈夫、次はうまくいくと、なぐさめてくれた中井さんと綺羅さん。いまでは、気の毒そうな顔をするだけで、なにも言ってくれなくなった。
「スランプだわねえ」
先生のせいだ。先生がやっちゃんを連れてきたり、へんな課題をだしたりするから。だから、わたしの調子が悪くなったのだ。なのに、先生はどこか他人事のように、わたしのお点前にスランプと簡単な表現をした。
「さっちゃん先輩、どうしちゃったんですか?」
やっちゃんも、泣きそうな顔でこちらを見てくる。素人目から見ても、わたしのお点前がダメダメなのは屈辱的だった。でもそのとおり。思うように手が動かせないでいた。
やっちゃんはどんな調子かといえば、それはもう絶好調だった。毎日のように先生のお宅に通っているらしく、家でも田中茶舗で買った自前のお茶碗セットで練習しているそうだ。
「サチ、そろそろ出ないと、お稽古間に合わなくなりますよ」
おばあさまが呼びに来てくれた。でも、動く気にもなれなかった。カーペットに寝そべって、面白みのない真っ白な天井を見上げたまま。なんの面白みもない真っ白な天井。茶室の天井が恋しいとは思えなかった。
「あらやだ。まだ着物に着替えてないじゃないの」
洋服姿のわたしを見て、おばあさまはあきれた声をあげた。
「うん……」
行きたくない。そんな本音は、おばあさまの前では口が裂けても言えない。
これ以上、タエ子先生とおばあさまの溝を深めたくはなかった。ふたりとも、もっと仲良くすればいいのに。みんなそう思っているはずなのに、下についている中井さんもママも口に出さない。
「茶道は順調かい?」
「まあ……」
絶賛絶不調だ。生返事をするしかない。
「まあ……、ね。返事はきちんと、はいかいいえで答えるぐらいしてほしいものね。ついでに、目上の人がきたのに寝そべっているままなのもいただけないわね」
あわてて体を起こして、正座をした。おばあさまは、よろしい、とわたしの前に座った。
「おばあさま、聞きたいことがあります」
「どうぞ」
「おばあさまなりの茶道ってなんでしょうか?」
「あたしなりの茶道?」
おばあさまは目をすがめた。鋭い目線がわたしを射貫く。聞くんじゃなかった。わたしは首をひっこめた。
「さて、なんだろうね」
思いがけない言葉に、なんて反応すればいいのかわからなかった。てっきり、修行とか、自分みがき、とか。そんな答えが返ってくるものとばかり思っていた。
おばあさまは肩をすくめてみせた。生地が、一瞬キュッとしわをつくり、もとに戻った。おばあさまは、どんなときも着物で過ごしている。時代錯誤だ、と家族からはあきれられているけど、わたしはカッコいいと思っている。
そういえば、タエ子先生も、いつも着物だ。おばあさまと一緒。
「お稽古に行って、山下タエ子に聞いてみなさいな。寒河江文京なりの茶道ってものがなにか、こたえてくれるはずさ。さ、行っちまいな」
なかば強引に道具を持たされて、家を追いだされた。そうなればもう、行くしかあるまい。
「なんなのよ、もう……」
気乗りしないまま、機械的に足を動かし、駅へ向かった。
近くの桜は大きなつぼみをつけて、咲かせられるのを、今か今かと待ちのぞんでいた。
やっちゃんとさっちゃんは茶室で 53の3(ゴミノミ) @3in53
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