第54話 鋼鉄の母性
「これは?」
「ふむ、それか。それは私の寝床だ。」
そこにあったのは、吸血鬼にふさわしい寝床の代表格である棺桶。信仰の欠片もないモンスターであろうに十字架を施した棺桶は、外側は古ぼけているものの、使用していることを明らかにするように、中は最低限の清潔さを保っていた。
「これ、使えるのか…?」
「ふむ。敢えて私情を言わせてもらえば、これは持っていってほしいのぅ。この棺桶は寝やすいのじゃ。」
いや、お前は登録されたから全霊からすれば睡眠は不要なのでは?そう思うも、登録しておくことにした。理由をつけるとするならば、アイテムを登録するという事象を確認すること。アイテムは成長可能という一文の価値を見極めておきたいといったところか。だが、意思疎通が可能という存在によく思われておきたいという側面が全くなかったと言われれば、そうかもしれないと答えるしかないのも事実だろう。
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アイテム:ヴァンパイア・ウーム
固有名称:設定可能
成長方向:防御力or移動速度
固有能力
・ララバイ
内部に生命体が存在する状態で頑強になり、かつ自立行動が可能になる。
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「なるほど…。アイテムにも名前がいるのか。アイテムにも能力があるのは意外だな。そのおかげで見るからに有用そうなのはありがたい。成長方向という項目は、これは俺が選ぶのか?分からないことが増えたな。成長ということは今はまだ弱い?弱い物を使うということはリスクが…。」
「ほほう。これが登録というものか。やはり主観と客観、俯瞰と凝望は違うな。」
「それはそうだろう。対義語なんだから。」
「そうつまらぬことを言うな。余計な問答というのはなかなかに面白いものであるぞ。」
思考の海での漂流から俺を引き上げたロゼローリエは、なかなか楽しそうに話をする。その姿を見て、ふと思う。言語を操りながら、そこに他者が存在しないという世界はどんな世界だろうか、と。言語とは表現の道具である。表現が存在しない世界に、その道具は必要ない。しかしながら、言語とは自身の思考に具多性を持たせるものでもある。結果としてそこに残るのは、孤独な社会的動物である。
「そうか。お前も苦労していたんだな…。」
「ん?何かは知らんが、用が済んだならば先へ行こう。私も少しワクワクしておるのでな。」
「そうだな。」
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ひとまずはその部屋を後にし、見逃したものがないか探しながら考える。その内容は、ヴァンパイア・ウームの名前である。
「どうすっかな…。」
生物と非生物の差は大きい。物につけてしっくりくる名前はなかなかどうして難しく、なかなか考えがまとまらない。あまり考えに集中してしまうと見逃しを探す行為で見逃しを行うという本末転倒になりかねないため、それもまた難しい所だった。
「ん?何か迷っておるのか?」
「いや、さっき登録した棺桶の呼び名をちょっとな。」
「ふむ。私も何か案を考えようではないか。」
「ん?頼ってもいいのか?」
「うむ。お前に決めてほしかったのはあくまで私の名前なのでな。」
「なら、少し考えてみてくれよ。」
そんな会話をしながら歩く。緊張感はなくなってしまったが、一度探索した場所だし、そこまで緊張するのもよくないだろう。会話の相手ができたことは、精神的な面でもよい影響があったのは間違いがなかった。
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「あれは?」
「あれはモンスターだな。どうだ?ヒュア。」
ロゼローリエは、どうやらすぐに考えることに飽きたらしく、この宮殿に存在するモンスターには何かに擬態したモンスターが多いのをいいことにモンスタークイズを出してくる。ロゼローリエが指さしたものがモンスターかどうかを当てるという、ただそれだけのクイズである。しかし、モンスターとは何度も戦闘を重ねたからか、思ったよりもその正答率は高かった。今この状況ではどうでもいい事実ではあるがやはり自分の変化を自分で評価するのは難しく、会話による発見があるというのは、間違いなくロゼローリエにしかない魅力であった。
「よし。ヴァンパイア・ウームの名前は、マリア・イアンにするか。」
もう、これ以上悩むのは時間の無駄だろう。これ以上考えてもいい案は思いつかない自信がある。ララバイという、字面から母を思わせる能力は、安心した睡眠を与えるという特徴にもあらわれる。母を関するもっとも有名な女性、マリアと、鉄の乙女アイアンメイデンから取った名前には、処女性を持つメイデンという単語は含まれない。こうしていい所を羅列すればとてもいい名前だと思えてくるから、人間というのは都合のいい生物だ。が、まあそれもまた愛すべき一部だろう。今はロゼローリエに付き合っておいてやりたい。
―――――あとがき
こんにちは。会話の中で、思いもしなかった発見があるというのはよくあることなのではないですか?課題の提出や小テストの存在など、高校時代には何度あったか覚えていません。まあ、そういうときには大抵もう遅いんですけどね。では、また明日。
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