第52話 ラブゲーム

 登録モンスターたちに比べ、あくまで人間という枠の中に住む彼の肉体は脆い。さらに言えば、彼自身が将棋でいうところの王将や玉将、チェスでいう所のキングのような、守られるべき存在であるため、戦線の維持は戦力であるモンスターに任せ、情報の収集に専念する。時間をかけるということは、敵の情報をよりよく収集し、精査できるということであるが、敵にとってもそれは同じであり、さらに今回の敵は魅了という状態異常を持つ。そのため、時間経過が不利に働く可能性は十二分にあり、そこを見極めるということは、間違いなく将たる資質の一部である。


******


 数分の観察を経て、一つの違和感が浮かび上がる。それは、戦闘が均衡状態を保っているにもかかわらず、敵モンスターにはカゲロウとオルデラ、ヘクシーの三体を同時に相手取るだけの身体能力も、能力アビリティもなさそうだということ。純粋な戦闘能力で見れば間違いなくこちらが上手なのにも関わらず、こちら側の攻めは綺麗にいなされているということである。


「また躱された…。なんだ?なぜこれほどまでに最小の動きで躱せる?能力アビリティか?」


 敵は、こちらの攻撃を最小の動きで巧みに躱している。しかしそのうえで均衡状態にあるのだから、その秘密さえ、攻略方法さえわかってしまえば一気にこちらに形勢が傾くだろう。


「一つ試してみるか…。」


 敵の意識がヘクシーに向いたところで、手に持った拳銃で敵を撃つ。両の手で支え、体勢もしっかりとしている状態で放たれた銃弾。視認していても、人間程度の身体性能ではその速度から回避は不可能と断言できるだけの攻撃は、人間にも再現可能な運動によって回避される。その事実は、多大な驚愕といくつかの情報を運んだ。


「やはり眼だけに頼っているわけではない…?それにあの回避の仕方だ。あの動きの速さでは、認知してからでは確実に間に合わない。攻撃の前にその予兆を掴んでいるのか?」


 未来予知とも捉えられそうなその現象は、彼に一つの決断を促した。それは、一言で表せば一気呵成。攻撃の予兆を掴んでいたとしても、その体はそこに存在するのである。ならば、回避不能な同時攻撃によってその牙城を攻め落とす。それが個の数分で彼に考え付いた唯一の方法である。


「お前たち!合わせろ!」


 その一言は、彼らのように特殊なつながりでもなければあまりにも情報不足だった。しかしながら、彼ら登録モンスターはしっかりとその真意をくみ取る。彼らもこのままではじり貧だと感じていたのだろうか。その真偽は定かではないし、その過程にそこまでの価値はない。ここで価値のある事実は、今この瞬間に彼らの心は一つの方向を向いていたということだけである。


 再び、拳銃を敵に向けて撃つ。その銃弾を避けることのできる方向は、右と左と上。銃弾を上方向に躱した先にはカゲロウが構え、右にはオルデラが、左にはヘクシーが構える。どこに動いても攻撃は避けられず、動かなくとも攻撃を受ける。それはまさしく詰み、チェックメイトの状態であった。


「くっ…。」


 逃げ場を失った敵は、仕方なくその腹に銃弾を受けた。その貫通痕から血しぶきが舞い、その直後には足にオルデラが噛みつく。オルデラによって急所が設定されてしまっている以上、もはや敵の命は敵の掌中を離れていた。


「はぁ…、はぁ…。そうか。私の負けか。」


『殺害可能なモンスターの存在を確認。登録しますか?対象モンスターはカテゴリ2【不死種】に該当。最適なスートは、ハートです。』


 いつもであれば、間を置かずに登録を宣言する所だろう。しかし、言葉を話し、人と似た姿形を持つ存在を問答無用に管理下に置くというのは気が引けた。


 敵のもとに歩み寄り、銃口を向けながら話しかける。


「俺の能力の一部となることを良しとするか?断った場合は、尊厳ある死を約束しよう。」


 それは、飛べぬ苦しみを知るからこその言葉。自由を奪われ、命を自分のために使うことができないということは死よりも恐ろしいことであるという認識があるために出てきた言葉だった。


「…知っている。お前の能力のことはな。その上で言おう。私は、愛には愛で報いる存在だ…。」


『服従状態のモンスターの存在を確認。登録しますか?対象モンスターはカテゴリ2【不死種】に該当。最適なスートは、ハートです。』


「ならば迷うこともない。登録しよう。」







―――――あとがき

 次回はモンスター情報&名前決めの回になると思います。しかし、今週は少し用事が多いため、投稿が不定期になる可能性があります。その場合は、少しの間待っていただければと思います。


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