第51話 愛を呼ぶ香り

 第四階。ヴァルハラと呼んでいる宮殿の最上階には、一体のモンスターが存在する。それは、彼、佐藤英雄の経験からあまりにも逸脱した存在であり、新たな規則を作る存在である。未知と既知の境界は、知らぬ間に目前へと迫っていた。


******


「なんだか拍子抜けだったな…。」


 四階への階段を見つけたところで、そう呟く。最上階目前の階層だというのに、強敵も居なければレアであろう敵もいない。それどころか、モンスターそのものに、三階では遭遇しなかった。


「しかし、嵐の前の静けさという言葉もある。」


 その言葉の通り、今居る静寂には独特の物々しさがあった。虫の知らせというべきか、このまま何も起きず、何にも遭遇せずといったことはありえないと、脳の中の動物的な部分が語りかけていた。


「さて…。ヒュアから聞いたとおり、これよりも上にあるは一つだ。言い換えるなら、四階にいるモンスターは一体。確実に強敵だろう。気を抜くなよ。」


 四階層へとつながる螺旋を上る。一歩ずつ、慎重に。その心持は戦地に赴く兵のようであり、玩具屋へ足を運ぶ子供のようでもあった。


******


 階段の先にあるのは、大きく、古ぼけた宮殿に不釣り合いなほど豪勢な扉と、均衡を保つかのようにみすぼらしい大広間。その扉に手をかけたとき、なぜだか警戒心というものが消え去った。そこに疑問すら抱かぬまま、勢いよく扉を開けたその刹那の後、彼の記憶は部分的な消失を見せる。最後の記憶は、高圧的でありながら母性を感じさせる、高貴な女性の声だった。


「ふむ。近うよれ。」


******


『自動発動:Q of the ♣クラブのクイーン。保持者に対する不利益状態の解消を開始します。』


 気が付けば、その目の前には美しい手があった。その近さを見るに、どうやら口づけをしていたらしい。いや、する前か?兎にも角にも、記憶が消え、異常な体勢を取っているという今この状況の気持ちの悪さに背くことなく、地面を蹴って後退する。


「!?…そう。私の愛を裏切るというのね?」


「顕現状況は…。ヘクシー!今の状況を教えろ!」


 顕現されているモンスターを確認し、ヘクシーに状況を聞く。その視線の先では、女性の形を取っているモンスターが何やら呟いていた。


******


現在の顕現状況


・ヘクシー(2)

・オルデラ(4)

・カゲロウ(1)

・Q:クールタイム中(12)


・合計(19)


******


「そうか。分かった。」


 モンスターとのコミュニケーションは言語を介さないために、言語を通して行う人のコミュニケーションに比べて短時間で、多くの情報を正確に受け取ることができる。問題点があるとすれば、こちらからは言語を介したコミュニケーションしかできないということか。しかし、今この場ではその長所は十二分に引き出されていた。


 ヘクシーから引き出した情報をまとめると、急に俺が魅了されたような状態になったということ。その後すぐに、セムがヒュアと共にカードへ還ったこと。それに伴ってQクイーンが自動発動し、魅了が解けたということ。


「セムに判断を任せたのは僥倖だったか。いや、セムに任せた事というよりは、ヴァルハラで状態異常モンスターに遭遇したこと、かな。…さて。」


「私の無償の愛を拒む。それも良いだろう。であるならば、愛は憎悪と表裏一体だということを教えてあげよう。」


 魅了が解けたとはいえ、再び魅了されたら意味がない。魅了の条件すらわからないし、声を聴くことから視線を合わせることまで、その全てに注意しなければならない。その上で、早期決着を目指さなければならないということは、厳しい戦いであることを裏付ける根拠の一つになっている。


「ヘクシーは少し距離を開けて戦え。オルデラは隙を見つけて致命傷を叩き込め。カゲロウはそのサポートだ。攪乱しろ。行け!」


 登録モンスターに指示を出し、自分の戦闘能力を担保するために拳銃と身体強化を使用する。これで21のリソースは最大まで使用された。それは、自由度という斧能力の強みの一つを消すことになるため、本来であればしたくないこと。それだけの総力戦になるという予想が、その判断からは透けて見えた。


「さて、行こうか。」


「跪くがいい。下郎。」







―――――あとがき

 こんにちは。今回、いろいろと特殊なモンスターが登場しました。その特異性は、今出ているところでは、喋るということが大きいでしょうか。次回でこの戦闘は終わらせられると思っていますから、どうぞお楽しみに。

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