第43話 習って慣れて
ヴァルハラに背を向け、ロクロに跨り闊歩する。その隣にはヘクシーが並び、ヘクシーの尻のほうにちょこんと腰かけたセムが後方を確認している。来るときにリビングデッドを駆逐して回ったために接敵者はなく、それゆえに平穏で閑な時が過ぎていた。
「さあて、どうすっかな。」
考えてみれば、昇華が起こったタイミングは一体のリビングデッドを殺害した後だった。そう考えると、殺害は一つのトリガーではありそうか。しかし同時に、モンスターの殺害だけであれば何度も行っているにもかかわらず、昇華は一度のみ。条件が一つというのは考えにくい。
「ん?」
ふと視界の端に、一体のゾンビが映る。単調で遅々とした動きはまさしく今まで見てきたそれと同じであり、それは体のいい実験台となりえた。
「よし。今のリソースは…、2+10+7。余りは2か…。なら、セムはいったん戻ってくれ。」
セムを送還すると、残りは9。そのリソースを割き、オルデラを顕現する。
「さて、オルデラ。あそこにゾンビが見えるか?奴を倒してきてほしいんだ。登録はもとていない。今必要なのは一方的で容赦ない殺害だ。それは君の領分だろう?できるか?」
オルデラは、というか登録モンスターたちは慢心をしない。見栄も張らない。登録されたという事実から自身の価値を確信しているからなのか、登録されたことで思考する能力でも上がったのかはわからないが、彼らができるというときは、油断や見栄ではなく確信をもってそう言える時である。
オルデラは、しっかりとゾンビを目視する。おそらく、致命傷を与えられるかどうか、検討を重ねているのだろう。それは、奴の移動速度にも影響される複雑なもの。そして、十分に考えたオルデラは、力強く首を縦に振った。
「よし。では行け!」
その掛け声に合わせ、仰角30度ほどで飛び出したオルデラは、まさしく銃弾のよう。そのまま二度三度と跳躍を重ね、水切り石のように近づいて行ったオルデラは、ひと噛みのもとに敵の頭蓋をかみ砕き、その任務に成功した。
「ふーむ。やっぱり殺害だけがトリガーではないんだよな…。こうなるといよいよ分からんぞ…。」
飛び跳ねながら戻ってくるオルデラを見て思う。物語やゲームで例えれば、進化というものに位置するであろう昇華という概念。しかし、この能力に経験値という概念はないはず。ならば何が条件だ?殺害数?それだと、ゴブリンなどたくさんのモンスターを殺害することに協力したセムはなぜ昇華していないのか。謎は未だ解決の兆しを見せない。
*******
「いったん眠るか…。」
ロクロの背中で、落ちないように眠りにつく。熟睡しては落ちてしまうため、セムの能力には頼らない。何度も眠りこけ、そのたびにヘクシーからずり落ち、ロクロからもずり落ちた。そしてその衝撃で目が覚めた。今日もまた、何度かは起きることになるだろう。まあ、霊の被害に遭い続けるより何倍もましなのだが、それは比較対象がひどすぎるだけであって、それが好ましいということではない。0.1を十倍しても決して2には勝てないのだ。
しかし、はじめのうちはセムの能力なしでは熟睡すらままならなかったのに、今ではする気がなくても熟睡してしまうというのは、慣れるという人間の最も偉大な能力のおかげか。匂いにも、環境にも、不便にも便利にも人間は慣れる。一度慣れた物事が変わることを人間は嫌うが、その変化にもいずれは慣れる。慣れれば不便は不便でなくなり、便利には感謝がなくなる。それは、人間の動物的な本質である。
******
「ふぁあ…。」
起床ならぬ起背をし、今回は地に叩き付けられる不愉快がなかったことを喜ぶ。そして再び、散歩のような様相を呈し始めた冒険が始まった。
「今日は何体に出会えるかな…?」
この周辺は、一度全滅させているエリア。しかし、ゾンビに遭遇したこともあり、どういう方法かは分からないがリビングデッドも発生し続けているのではないかという予想がある。その予想を信じれば、この辺りで出会ったモンスターの数からおおよそモンスターの出現率がわかるのでは?というのが、今の裏のテーマである。
ダンジョンについて、詳しく知っている人間はいない。それどころか、仮説を立てられる人間すら少ないと言えよう。そういった意味でも、彼は無意識に世界のトップをひた走っているのである。
―――――あとがき
こんにちは。最近は、かなり後のほうになるだろう話の構想を考えては、いつになるかと待ち遠しくなる日々です。体力的な問題、時間的制限などで毎日投稿がいつまで続けられるかは不明ですが、できるだけ投稿頻度を下げることなく、継続していきたいと思っております。
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