第41話 ヴァルハラの忠犬

 ヴァルハラ。ダンジョン第三層たる墓地の原の中に佇む、古びた宮殿。その入り口と予想される付近には、番犬たるモンスターが存在する。その首輪は門の取っ手と繋がれており、剝き出しにしている闘争心を抑え込む。その足首と肩回りには炎を纏っており、長く伸びる尻尾は曲がりながら天に向かう。その口から垂れた唾液は、足首の炎に熱を吸われるらしく地に着くまでには凍り付いていく。その様子を遠巻きに見つつ、彼は観察を続けていた。


******


「さて…。ぐるっと一周してみたが、この入り口以外には入り口はなかった。となるとここから侵入するしかないのだが、果たしてあいつは倒せるか?」


 見るからに闘争に向いた体、闘争を望む心、そしておそらく、その闘争を後押しするだけの自信を与える能力。今までで一番の強敵なのは明らかだろう。そして、もう一つ考えるべきは、このモンスターが守る場所には、それ以上の力を有するモンスターが存在するという懸念。同時に、あの鎖が絶対的なものと仮定すれば、逃走自体は容易に可能であるという条件も忘れてはならない。それに付随する、逃走を許すにもかかわらずあの位置に存在し続けているという前提もだ。


 ということは、情報のアドバンテージを許し、さらにはタイミングを決定する権利も失い、その上で敵を退け続けるか、または逃走自体を許さずに殺害ことが可能か、ということだろう。それは、敵の戦闘力を後押しする証拠に他ならない。しかし、敵がその場でとどまり続けるならば、その範囲に入らずに試みることができるものは、尽く試みる価値があるということである。


「セムを顕現。」


 久方ぶりに顕現させたセムを見て、里帰りにも似た懐かしさを抱く。第二相、第三層のように開けた場所では、セムはその真価を発揮できない。しかし、敵が動かない、動線が限られるといった状況では、セムの能力は十分に光り輝くことができるポテンシャルを秘める。


「奴の周辺に、セムは誘いの吐息を、ヘクシーは病の風を。奴の鎖が油断を誘うブラフという線を考えて、いざというときのためにすぐに後退できるようにセムはヘクシーの上に乗っかっておけ。ヘクシーは、自分の判断でその場を離れていい。吐息と風も、生存を優先してキャンセルしていい。いいな?では頼む。」


 ヴァルハラの周りは開けているものの、乱立する墓と階層の薄暗さを考えれば、あちらから俺を視認するのは困難だと思われる。俺の方も、奴の足首の炎がなければ発見すら困難だったのだから。そんな事情もあり、セムは最大濃度で吐息を放つ。同時に、ヘクシーに跨る騎士はその背の剣で空を薙ぐ。ヘクシーに聞いた話では、その病の風は剣を薙ぎ払ったその幅のまま直進するらしい。その性質上墓の陰からは姿を晒すものの、それもまあどうにかなるだろうという心構えだった。


 俺の方は犬のモンスターの動向を観察する。少しして、その動きが細かく、活発になっているのを見て、少なくともその身に何かが起こったのだろうと察したのだろうということは窺えた。その直後、奴は確実にこちらを直視した。目があったのだろうかと錯覚するほどに正確にこちらを捉えられたことを確信し、ヘクシーに叫ぶ。


「退け!」


 その内容からは読み取れなかっただろうに、ヘクシーはしっかりと真後ろではなく、斜め後ろに下がる。その直後には、イヌとヘクシーを結んだ半直線上を、炎の渦が通り抜けていった。


「くそっ!撤退するぞ!」


 ロクロに飛び乗りながら、再び叫ぶ。直線ではなく、横方向の動きを混ぜながら、逃走は開始される。セムは送還し、ロクロに進路を任せて後ろを振り返れば、その犬は鎖が引きちぎられんばかりにこちらに向かおうとしている。しかし、その鎖は予想以上の頑丈さを持っており、どうやらこちらを追いかけてくる事は出来なさそうだった。


******


 ひとまず十分だと思われるほどに距離を取り、考える。あの攻撃は、なかなかの速度を持ち、そのレンジも相当に長い。接近戦での強さは未確認だが、間違いなく弱くはないだろう。しかし、即座に反撃を行ったということは、吐息と風のどちらかは効果的だった可能性が高く、それが攻略の糸口になりそうだった。








―――――あとがき

 こんにちは。今日から一月ほど、私用により毎日更新が不可能となるかもしれません。自由な時間を見つけ、なんとか途切れないように頑張ろうと思いますが、途切れてしまった場合はご容赦ください。

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