第36話 冥府の門

 飛び込んだその先にあったのは、薄暗くじめじめとした世界。今までの階層は木々や壁が邪魔をしてその全容が把握できなかったが、この階層では、少なくとも視力の許す限り、遠くの方まで見ることができる。薄暗い中でなんとか目を凝らせば、無限に広い階層の中に広がるは墓地の山。背が低いために障害物たりえぬ墓場の草原の先には、大きく、しかしかつての荘厳さを失ったであろう宮殿が見える。例えるならば、ここは冥府。屍と霊の住まう国であった。


「さて…。ひとまずは、この辺りを探索するか。」


 この階層に巣食うモンスターや、この階層特有の環境。それらを知って、それらに慣れて、そうしたらあの宮殿に向かってみよう。あの宮殿への興味は尽きないが、それはこのあたりへ向かう興味と共存できるものなのだから。


******


「ん?」


 それは、探索開始からものの数分の出来事。近くにあった、ぼろぼろの墓場に視線を向けたときだった。感じたのは、少しの違和感。訝しみながらもその場に静止すれば、その違和感は徐々に大きなものに変わっていく。そして、あたりを見回しながらその原因を探り始めたころには、足が震え、立つのもやっとといった状態に陥っていた。


「くそっ。」


 なんとか、意志の力で震える足を抑え込み、もはやできる事は考える事のみとばかりに脳を動かす。一階層、二階層の共通点を洗い出し、それをこの場に当てはめる。ダンジョンとは理不尽の塊だが、その理不尽は大半が能力によるもの。つまりは、知らないからこその理不尽なのである。そこには必ず理由が存在し、常識は通じなくとも本当の意味での理不尽はない。それが彼の中でのダンジョンであり、彼の勝機の欠片であった。


(第一階層は迷宮。第二階層は熱帯林。違いは…。)


 迷宮、第一層で遭遇したモンスターは、バクやゴブリン、キャニス・ドミナスに薄雪馬。あとはラビウルフか。

 熱帯林、第二層では、手長に始まり、メーデーフライ、バリディア、ヤーガー、リフレクト・スネークに遭遇した。

 

 ふと、思う。俺の中で、もっともダンジョンらしいのは第一階層。そこにゴブリンが、ラビウルフが、バクが、出現することに違和感はない。同様に、森林たる第二階層に猿が、蛇が、蜻蛉が、現れる事にも違和感はない。ならば、この階層にも、違和感のないモンスターが現れるとしたらどうだろうか。こんな、薄気味悪い墓地に出現する、正体の分からぬモンスター。候補は少ない。見えぬほどの遠距離から攻撃でkるモンスターか、もしくはモンスター。であるならば、試す価値はあるか。


5 of the ▲グレーの5を使用だ。」


 5 of the ▲グレーの5。デバフの系統たるグレーの中で、最も使いどころが限られるであろうその能力は、敵単体の可視化。攻撃を受けるなどしてその存在を認識してからでなければ使えず、その敵が複数であればそのうちのランダムな一体しか可視化できぬその能力は、不可視の敵に対する最大の切り札たりえるだけのポテンシャルを併せ持つ。


 使用と同時に、肩に置かれた手に気づく。反射的にその手を振り払おうとするが、振るった手はそのまま空を切る。まるで、そこに手などないかのように。仕方なく、すでに限界に達した足を酷使して距離を取れば、感じていた違和感は消えた。


「あの野郎か。」


 そこにいたのは、ぼろを纏った老人の姿をしたモンスター。不可視であったこと、宙に浮いていることを考えれば、霊体であろうと予想できる。そして、現在その対処法がないことも。手がすり抜ける、つまりは物理的な接触ができない相手に対する攻撃方法を、今の俺は持っていないから。なれば、今は逃走あるのみ。行く先すら決めぬ逃走は、遅々とした移動をする霊を前に容易に達成せしめられた。


「さて…。」


 霊は、どうやら移動が遅いらしい。これは朗報である。なぜならば、違和感を感じた瞬間に距離を取ることで容易に危機を回避できるからである。しかし、現状で霊を撃破、撃退、登録する手段がないのは間違いなく悲報だろう。あの霊が偶々移動が遅かったという線を捨てられぬ以上、より慎重な行動を強制させられるのだから。








―――――あとがき

 こんにちは。いよいよ第三層です。第三層のテーマを考えると、第三層だけではカテゴリをすべて出す事は出来なさそうです。しかし、少なくとも今回出てきた仮称霊は新カテゴリですから楽しみにお待ちいただければ幸いです。

 可視化は、隠れ特性として可視の敵に使用すれば遮蔽を貫通して視認可能というものがあります。しかし、これは設定のみで使用することはないだろうと思うのでここに書いておこうと思います。

 

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