第32話 猟夫の利

 カゲロウがこちらへ戻ってくる。現在は接敵状況でないために、その意図はおそらく《モンスターの発見》の報告。俺は奇襲されることに非常に弱いが、俺の持つ手札は一つ一つ強力で、さらに多様であるという長所がある。状況の整理、情報の収集、計画と準備。それさえできる時間があるならば、俺の能力は常に敵の優位に立つことができる。言うなれば、究極の後出しじゃんけんこそが、俺の長所である。


 であるならば、今の状況はまさしく理想的。隠密、索敵は彼の土俵ではないものの、本来あるべきトンボのサイズに戻り、空中を自在に駆ける彼を発見することは容易でもない。索敵役としても、いずれはふさわしいモンスターを登録したいものだ。しかし、今すべきは彼の報告を聞くことだろう。


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 カゲロウの話では、そう遠くない場所でモンスター同士の戦いが発生しているらしい。その外見を聞いたところ、片方はどうやら虎?豹?ジャガー?のようなモンスター。もう片方は、鹿?のようなモンスター。この二体は捕食、被捕食の関係であるのが自然だが、どうやら二匹の争いは、以外にも互角の様相を呈しているらしかった。


「ならば二体とも、登録してやるとしようじゃないか。ふふふ。今の俺は残念ながら漁師ではなく猟師だがな」


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 漁夫の利。諍いの最中にある二者ではなく、全くの別人、第三者がすべての利を手に入れること。その話では、豹ではなくシギ。鹿ではなくハマグリ。主人公も漁師ではなく、しかしそれでも、今の状況と目標をここまで明確に、簡潔に表現できることなど、そうはないことではなかろうか。


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 カゲロウの移動に比べれば遅々としてはいるが、それでもかなりの速度でその場所に到着する。そして改めてそのモンスターを目視し、確かに鹿と、ジャガーのような、豹のようなモンスターだなと感想を抱く。そして同時に、なぜ争いが長引いたのかも悟った。


「なるほど…。鹿のモンスターは防御フィールドみたいなものを張っているのか。そして、ジャガーは飢えているから執着していると。なるほど…。では、まずはあの防御を突破する方法を探すか。」


 実は、この周囲から手長が尽く姿を消したために一定以上の力量を持つ肉食モンスターは飢餓に陥っているのだが、その原因にとってそれは与り知らぬことだった。


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 とりあえずは、発見されないよう距離を取り、身を潜めて観察する。鹿の防御が俺にも突破できないようならば、漁夫の利を得るなど夢のまた夢。一瞬にして水泡に帰すだろう。しかし、この均衡は永遠ではない。なぜならば、心なしか痩せて見える豹に然り、その場で踏みとどまっている鹿に然り、体力と飢餓が存在すると考えているからである。その均衡が途切れる瞬間から、どちらかが死ぬまでのわずかな時間を見極めることが、漁夫の利の基本であり最難所である。


 しばらくすると、ようやく均衡を崩すきっかけが見つかる。遠目からでもよくわかるほどの変化とは、すなわち鹿の角が落ちるということ。角が落ちるとともに消えかけた防御の壁は、おそらくはもう片方の角を犠牲に復活する。その光景は、もう一度同じだけの時間を過ごせばこの均衡は崩れると確信させるだけの力があった。


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 であるならば、今すべきは、この場所に第三者、いや、第四者の介入がない状況にすること。確実に、俺だけがおいしい蜜を吸える状況にしなければならない。理想的状況を崩す者の介入を、来るべき瞬間まで防ぐことこそ今の俺の使命となった。


「マーチ、カゲロウ。この付近に近づいてくるモンスターがいないか見張っておいてくれ。命を賭すほどの任務ではないが、できるならばあの二体は登録したい。どちらも、特に鹿のほうが役に立ちそうなんだ。」


 かわいらしく敬礼を取り、マーチは近衛兵に指示を出す。カゲロウはその姿を傍目に、速やかに仕事に向かった。


「さて。これで残りは8か。何を使おうか…。弓か?それに身体強化と無音移動でちょうど8。他の遠距離武器は殺傷能力が高すぎる。使い慣れていて、適度な殺傷能力があり、無音移動のバフまできれいに使える弓というのは、意外にいい選択肢ではなかろうか。」


 身体強化や無音移動は時間制限があり、弓は身体強化後に顕現させることで最大限その力が発揮できるために、ひとまずはいつでも使用できる状態にだけしておいて、再び俺は観察に移った。







―――――あとがき

 こんにちは。昨日はどうやら投稿を忘れてしまったようです。申し訳ありません。余力があれば午後にでももう一話投稿するかもしれませんので、期待せずにお待ちください。

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