第31話 NOT S BUT W
人間は安定を求め、同時に世界もまた、安定を求めている。あらゆる化学反応は、自然にはエネルギーの低い方向に進行し、宇宙の始まりから保存され続けているエネルギーをより安定に分配しようと試みる。今も世界は、安定な未来へ向かう。
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「カゲロウは俺から少し離れて、できるだけ上を飛んでいてくれ。平時は斥候の役割を、俺たちが戦闘状態に入ったら、奇襲の役割を任せる。奇襲の際の理想は殺さず戦闘不能にすることだが、逃がすよりは確実に仕留める方が良い。だから一撃で無力化できないと踏んだならば殺す気でいけ。マーチたちは俺と共に行動だ。とは言っても何体か先行してもらったりはすると思うが。
では、出発しようか。」
五匹のラビウルフを引き連れ、一羽の黒いカナリアを肩に乗せ、出発する。現在使用しているカードは合計13。カゲロウは消費1だから、これだけ顕現させてなお13という破格さに少しだけ違和感を覚える。セムかヘクシーも顕現したいが、ヘクシーはこの階層で重要な小回りが利かないし、セムも自衛手段を持たない割にこの階層で顕現させる魅力が薄すぎる。セムの能力は必要になってから出間に合うことがほとんどであるし、この階層ではセムの存在によって俺の安全性が上がるということもあるまい。必要ない危険を冒させてまでセムを顕現しなくともよいだろう。
何しろ、登録したモンスターが死亡した場合など、感情論的にも理論的にも恐ろしくて試せたものではないし、今現在では予想もつかない。いくら安定を自ら蹴り捨てたとはいえ、魅力も価値もない危険など冒したくもないし。
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その後、発見した手長を一体討伐し、木に寄りかかるようにして仮眠を取った。こうも一日中明るくては眠れないので、睡眠中だけはセムを顕現させる。そういえば、セムたちは食事は不要らしいが睡眠も不要なのだろうか。睡眠をとっているところを見たことも、ましてや要求されたこともない。そんなことをふと思って尋ねてみると、やはり必要ないという返事が返ってくる。モンスターは生物ではないにしろ、食事も、睡眠をも不要で働き続けるなど、やはり生物としては異質。この異質は、モンスターゆえか、それとも登録されたが故か。モンスターが食事をするという事実を鑑みて、今の予想は後者である。
肩に居るマーチと会話を交わしつつ、まずは乾燥肉をかじる。せっかく作っておいた乾燥肉だったが、持てるだけ持ってあとは処分したために残りは意外と少ない。そんな、あくまでも文字に起こせばほのぼのとした、明るさで見れば昼下がりの景色にの中に、異質な存在が映る。兎のような耳を持つその狼は、その体躯、俊敏性の全てを生かした体当たりによって俺を突き飛ばし、そのまま今まで俺が寄りかかっていた木に噛みついた。
「シャアァァァッ……。」
『モンスターの殺害を確認。情報の取得を開始します。』
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種族名:リフレクト・スネーク(4属)
カテゴリ:【未死種(4)】
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自身の屈折率を周囲の気体と等しくすることで、可視光線の範囲で不可視化する。しかし、そこに確かに実体はあるため、音や匂いによる察知は可能。この能力は常時発動している。
・毒性生物(慢性)
体内で毒素を生成する。
・貯食
食べれば食べるだけ体が大きく変化し、時間経過とともに徐々に元のサイズに縮小していく。理論的な上限はないために、実質的な無限の胃袋として機能する。
*リフレクト・スネーク
不可視の体で忍び寄り、慢性毒を持つ牙で獲物を狙う。慢性毒を注入し、速やかに距離を取る。この繰り返しで心身ともに追い詰めていき、最終的に慢性毒によって身動きの取れなくなった獲物を喰らう。貯食という能力によって、長時間の絶食にも耐えられるため極めて合理的な狩りは、同時に慈悲なき所業であり、そこには自然の残酷性があらわれている。
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「いたたた…。ありがとう。助かったよ。」
やはり俺は、彼ら登録モンスターの力に依存している。登録されている武器、バフやデバフをフルに使えば俺も戦えるが、やはり俺は生身の人間。このダンジョンという環境において最弱の存在であることを、久々に思い出させられた出来事であった。
―――――あとがき
こんにちは。今回活躍してくれたラビウルフは、兵種という性質上あくまでも数が多いという武器を持ちます。しかし、そのためかどこかモブ的な位置に落ち着いてしまい、難しい立ち位置になっています。しかし、実は私の最も気に入っているモンスターであるため、どうにか活躍させていければなと思っております。
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