第27話 マニューバ・トライアングル
急停止、急発進、加速、減速。旋回、直進、上昇、下降。人間の想像できる動きは尽く可能であると、その事実をモンスターは行動で示す。目線をそのモンスターに向けたとき、既にその場に彼はいない。接近戦を強いられる限り、彼のモンスターの持つ機動力はその存在感を強めていく。その翼が持つ切れ味も相まって、周囲には彼のための狩場が形成されつつあった。
「まずいな……。」
現在判明している奴の攻撃手段は、硬質化し、よくよく観察すれば微細に振動しているらしい羽による斬撃のみ。しかし、奴の機動力が予想を大幅に超えたものであり、その動きを捉えきれない。奴自身が接近戦に特化しているらしいがために容易に視界から消え、その一瞬で下手をすると致命傷となりかねない攻撃を仕掛けてくるその姿は、憎らしいほどに危険で、厄介なものであった。
「弓を送還!」
この状況ではもはや使いようがないと思われる弓をとりあえずとばかりに送還する。そして、敵の対処でいっぱいいっぱいになった頭の片隅で、現在の状況に対する最善手を考える。乱雑な机の一端で作業するかのように。
(セムは…。だめだ。マーチたちもだめか。銃器は…。)
奴の速度に対応できるもの。その存在を、記憶の中から探し出す。その間にもその動き、その目は敵の動きに慣れていく。そういった面では時間は彼の味方ではあったが、同時に、かすり傷では済まされないほどの切り傷が、その体に増えていること。そのこともまた等しく事実ではあった。
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「はぁ、はぁ……。」
なんとか、敵の動きに目が慣れてきた。同時に、体力が徐々になくなっていく感覚に気が付く。果ての見えぬ削りあいでは、そのストレスも相まって体力の減りは加速していく。しかしながら、この問題の本質はそこではない。問題は、敵の動きは変わっていないということ。この時点で、時間は敵の側に寝返ったと言えよう。
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「………。」
その体力はもはや底が見え、声を出す気力すらも惜しまれる。その体を動かすのは体力から気力へと遷移し、その頭はほぼ反射のみで敵の攻撃を避けていた。しかし、彼は問題解決を諦めてはいなかった。動かなくなった頭を無理やりに動かし、未来の生を掴むために本能が示す今の生を投げ捨てる。そうして彼は、無限に続く暗闇の中に、一点の光を探し出した。
「…
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実戦では使いこなせないだろうという認識。使用したことがないという状況。いくつもの要因が重なり、最後の最後まで選択肢にすら入らなかった、至高かつ最難の防御の力。それは、ある諦めによって思考の海に現れた。すなわち、使用中の自身の運動を、である。
あくまで、自身の体を動かさず、盾の操縦に全神経を集中するならば、そしてそのうえで、動体視力までも強化したならば、確かに敵の動きを捉えることはできる。本来であれば手に盾を持った方がよほど利口ではあるが、今この状況にまで追い込まれたことで、その使用方法は初めて陽の目を見ることとなった。
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敵の動きは、体力が尽き、精魂すらも枯れ果てるほどの時間、その攻撃に晒され続けたことですでに対応できる程度には慣れている。動きを完全に停止し、盾を操縦するまでの刹那こそがこの作戦唯一の致命的弱点ではあったが、体力の限界に立つことで極限まで削られた、いうなれば無駄のない思考の中で、その綱渡りは達成される。
方法論だけが変わったものの均衡は依然として保たれることとなったが、体力という問題点の解決、操縦の慣れなどの要因を鑑みると、時間という浮気者は、ふたたびこちらの側に戻ってきたということになるだろうか。
進路上の障害は尽く切り裂くことができる。そんなモンスターにとって、その飛行が止められるなど想像すらしないことだったのだろう。表情すら読み取れないそのモンスターの複眼の中に、確かに苛立ちと焦燥を見たとき、俺はこの戦いで初めて状況がこちらに傾いたことを感じた。
―――――あとがき
こんにちは。昨日は諸事情により投稿できず、申し訳ありませんでした。これからもこのようなことはあるかと思いますが、引き続きご愛読いただければ幸いです。
ここからは自分語りとなりますが、マニューバトライアングルという名前は、バミューダトライアングルから安直に連想した名前です。しかし、蜻蛉、主人公、時間という三角関係を如実に表した言葉であり、非常に気に入っている名前でもあります。
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