第23話 カタストロフ

「まじかよ…。」

 

 迫りくる大軍を見つめ、呟く。その一言は、現在の状況が想定の範囲から逸れていることを示しており、第三段階の崩壊の序章でもあった。


******


 そもそも、第二段階の目的は敵勢力の誘引にあった。しかし、その目的の裏には、戦力を分散し、敵首領付近の敵を減らすという大きな目的が存在する。

 であるならば、敵がその作戦に気が付き、その前提の上で最も敵の敵、つまり俺の嫌がる戦法を考えるならばどうなるだろうか。それこそが眼前に広がる光景であり、一言で表すならば、である。


 その戦法は、守るべきリーダーを戦場にさらすという致命的な弱点がある。しかし、冷静に考えてみれば、今この状況でそれは弱点たりえるのだろうか。敵は少数精鋭であり、その位置は斥候をもってしても捉えきれない。であるならば、先ほど長々と斥候の前に身を晒したそれは囮と考えるのが自然で、その行動の真意は囮以外に考えられない。囮と分かっている、自軍の最終目標。ならば、軍を割るのはむしろ愚策。守るべきものを連れ立って、全軍で一気呵成に攻め滅ぼす。それが奴らの考える、である。


******


「思ったよりも数が多いな…。それに、あの中心にいる奴。あれが手長の長だ。間違いない。」


 敵の精鋭とみられる筋骨隆々な手長に守られるようにして移動するそれは、神輿のようなものに座しており、おそらくその足で移動することはほぼないのだろうなというほど足には筋肉がない。手には錫杖のようなものを持ち、その表情は俺をあざけるように崩れている。その姿は、長でないというにはあまりに堂に入っており、あれが長でないという前提の下で行動するには聊か存在感が強すぎた。


「弓で射貫けるか?いや、機会は一度だ。どうせならば万全を期すべきか。」


 今この場で切れる手札。そのうち、一度使用し、自信をもってその威力を誇れるものでなければならない。であるならば、


・セムによる、【誘いの吐息】

10 of the ♠スペードの10、狙撃銃


 この二つが候補か。それぞれの長所、短所を挙げていけば、


セムの長所

・隠密性に優れるため、敵が察知できなければ時間経過によって一方的に勝利可能

・取り巻きの処理も同時に可能


狙撃銃の長所

・十分な威力である場合、一撃で、一瞬でケリがつく


セムの短所

・効果が出るまで時間がかかるため、その間の安全性の確保が難しい

・敵が移動するため、吐息の範囲外に出られる可能性あり


狙撃銃の短所

・威力が十分でなかった場合、一切状況に変化がない

・一度斥候を倒しているため、知られている可能性あり


 このあたりか。しかし、ここで真に考えるべきは、負け筋を消すことではなく、勝ち筋を残すことだろう。その考えのもとで言えば、狙撃銃が効果がなかった場合、俺には奴らを殺す手段を持たないということとほぼ同義。すなわち、勝ち筋がなくなり、撤退戦に入るということ。一方、セムの吐息が効かない、または察知されたと言っても、狙撃銃で仕留めることは可能かもしれない。つまり、狙撃こそが唯一の勝ち筋なのだ。ならば、選択肢は実質的に一つ。


10 of the ♦ダイヤの10を使用する。交換先は、10 of the ♠スペードの10だ。」


 手元に唯一残っていた、10 of the ♦ダイヤの10が金貨へと変わったかと思えば、次の瞬間には狙撃銃が現れる。木の上というコンディションは狙撃に不向きで、一度外せばそこまでという精神的な圧力もある。それでも外すという未来を想像できないのは、やはり彼が生粋の変態だからか。冒険できる場さえあればと、そう思いながら暮らす日々の中で、冒険だけでなく力までもが与えられた。であれば、そこからは自分次第。もう、天にすら何も望むまいと、そういう思いが彼にはあるのだから。


射撃Fire。」


 その銃弾は、一筋の軌跡をがいて生意気な手長の長の眉間に吸い込まれる。盾となるべく射線上に飛び出してきた手長を貫いた鉛の弾は、そのまま手長の長をも貫いた。


「グィイイイイイイイヤアアアアアアアアア!!!!!!」


『モンスターの殺害を確認。情報を取得します。同時に、殺害可能状態にあるモンスターの存在を多数確認。登録しますか?対象モンスターの共通カテゴリは、カテゴリ4【未死種】、カテゴリJ【兵種】。最適スートはグレーです。』






―――――あとがき

 今回語られたように、作者の中での主人公の性格は『変態』です。一つ自分にとって大切なもののためならばすべてを捨てられるが、他人に被害を与えてまで行うことはないという感じです。全てを捨てられない人を『常人』、他人に迷惑をかけることも気にしない人間を『狂人』と、作者は定義しています。

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