第19話 林帯雨熱
それに気が付いたのは、論理的に言えばまさしく運によるもの。しかし、あくまで体感的に物事を語るのであれば、言語化できぬ第六感によって俺がそれに気が付いたというのが、俺の意見である。しかし、今はそれについて議論する時ではないだろう。重要なのは、今現時点で敵と接触し、それに俺は気が付いている問う事実なのだから。
それは、一言で言うならば猿。脚に比べて長い腕を持ち、逆さに生えた木々の枝を器用に伝って移動している、類人猿の類である。その移動方法は枝の揺れ、軋みによって音が発生する方がよほど自然的で、常識的ではあるが、その猿は不気味なほどに静かに接近してきた。限りなく黒に近い緑の体は極めて有効な保護色として働き、その静音性と相まって、その猿はまさしく無音の斥候。速やかに、そして確実に敵時の情報を持ち帰る、至高の先兵であった。
…どうするっ!?木の上の猿。奴がどれほどの力を持つ存在かは知らないが、俺の手札は地を行かぬ生物への対抗手段が少ない……。退くか…?だが、俺の唯一にして最速の移動手段であるヘクシーはこの階層では無力に近い。徒歩では心許ないし、何よりあの猿はこの階層でのいい試金石となろう。ならば、ここは勝負か。
「現在顕現中の全てのカードを送還。同時に、
選んだ武器は、
この二つのカードを使用することで、高い動体視力から敵を捉え、そして狙撃することが可能となる。…はずである。なにぶん初の使用なので、想定する効力を発揮するのかは分からない。つまりは、出たところ勝負というわけなのだが。
カードを使用すると同時に、世界がほんのすこし遅く進み始める。どこからか吹く風によって揺れる葉のすじの数すら数えられるような万能感の中で、俺はいよいよ狙撃銃を構えた。
猿はカードを使ったその瞬間から、俺を脅威と認識したのか逃走を開始する。しかし、それは悪手というほかない。敵の手に狙撃銃がある限り、活路は常に、前にしか存在しないのだから。
「
そう呟く。そうすることで、その心は歴戦の狙撃兵に重なり、その銃弾は命中すべくして命中する。そんな気がするから。
果たして、彼の持つ鉄の筒から発射された50gにも満たぬ鋼鉄の塊は、まるで決定している運命をなぞるように螺旋を描き、かの猿の後頭部へと吸い込まれていった。
『モンスターの殺害を確認。情報の取得を開始します。』
世界の声がそう囁くのと、その現象が起こったのはほぼ同時。いや、世界の声のほうがわずかに遅れて聞こえたか?とにかく、ほぼ同時と言って過言ではない瞬間に、それは起こった。
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!」
頭部を貫かれ、血濡れになって枝からずり落ちた猿の体は、身体はすでに死に、その脳ももはや機能していないだろうに、本能に従い、奇声を発する。その行動は集団で生きる生物としての在りようを感じさせ、その真意はすぐさま否応なく知らされることとなった。
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種族名:手長の斥候(44属)
カテゴリ:【未死種(4)】【兵種(J) 】
・無音移動
攻撃の意志を持たない限り、無音での行動が可能。
・情報伝達
自身が見聞きしたものを、従属する主たる者へ正確に、映像イメージでもって伝達する。
・死してなお斥候
死の瞬間、敵対生物から得られた全情報を乗せた叫びを発する。その叫びは数キロ先の同胞にまで届く。
*手長の斥候
手長の長に仕えるモンスター。彼は斥候として生まれ、死の間際ですらなお斥候である。察知されず、情報を確実に持ち帰り、そして確実に伝達するその姿は、まさしく生粋の先兵である。
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―――――あとがき
こんにちは。先日、しばらく投稿が止まっていた私のお気に入りの作品が投降を再開し、私自身もモチベーションとなっています。
実は今まで書いてなかったヘクシーの名前は、16進法を表すhexに、虚数単位iを繋げたものです。色を表現する
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