第18話 第四象限
日本語とは、情景描写にすぐれた、趣深い言語体系である。しかし同時に、科学的とは程遠い言語である。情報量に応じて主語が長く、大きくなる言語は、結論に重きを置く学問と共存するのは難しかった。
何が言いたいのかと言えば、ここでは簡単に、結論だけを述べようということである。結論としては、水源の水底の先には、ダンジョンの第二階層が存在していた。
幻想的な光景を生み出していた水辺、池、水源には、視覚的に確かに水底が存在し、我々の常識的にも、水底がなくては水辺は水辺たりえない。万有引力を生まれながらにして受け続けてきた我々にとって、それはあまりにも常識的で、すなわちそれは、ダンジョンにとっての常識が、以下に我々にとっての非常識かを如実に表す現象であった。
******
「いてててて…。」
水の先に空気があるという事実を確認し、居ても立っても居られなくなって飛び込んだはいいものの、その先に待っていたのは自由落下であった。
水がそこに保たれているから、そんな非現実に確かに触れたから、確実に待つであろうその未来すら霞がかかって見えなくなっていたのだろう。幸いにして大きな怪我はしなかったので、腰をさすりながら周りを見れば、そこには、映像で、画像で、何度も見た熱帯林が広がっていた。さかさまになって。
さかさま。逆であるさま。ここでのさかさまとは、文字通り、視界に映る全てが逆であるというさまである。木々は尽く天井から生え、俺の落ちてきた水辺は近くの川へと流入している。気を抜けば自分がおかしいのかと疑いたくなるようなその光景は、体に感じる重力によって否定される。
「また面妖な場所だな…。しかし見たところ、この視界内には水があり、食べ物があり、そしてなぜか光がある。上の階層のような微弱なものではなく、太陽を感じさせる光だ。つまりこの階層は、安全以外のすべての要素で、俺にプラスだ。」
ひとまずは、近くにある、膝のあたりまで伸びている木を使い、荷物と服を乾かす。その後、この場所では木が邪魔で長所を発揮できないだろうから、ヘクシーは送還し、マーチたちを顕現させた。
「この場所は気温も高ければ湿度も高い。なかなか服は乾かないかもしれないな…。その間、周囲の警戒を頼むよ。ここは上の階層と違って開けているから、セムの能力は相性が悪いかもしれない。できるだけ近づかせないことが重要だ。いいな?」
「ピ!」
もちろん俺も周囲の警戒をする。が、同時にこの階層での行動指針も立てておきたい。最悪の場合、木をつたって上の階層には帰れると思うが、そんな消極的な行動は望ましくないな…。精神的に。とりあえず今すべきこととしては…
・服、荷物を乾かす。
・この階層のモンスターの強さなどの把握。
・9以下のモンスターの登録。
・未確認のカテゴリの把握
・食料の確保
このあたり。ひとまずの基準としては、仮眠が取れそうな程度に安全な階層なのであればここをメインに。仮眠すらとれなさそうな危険地帯なのであれば、一階層を拠点に据えつつここをメインに。死の危険が高いほどの危険地帯なのであれば引き返す。といった感じだ。
ここを拠点に活動するなら、まずはこの階層のモンスターを登録したい。これは、この階層のモンスターならばこの階層での活動に適しているだろうという考えに基づいている。とにもかくにも、まずは早く服を着たいな…。いくら誰の目もないとはいえ、固定された価値観が俺の羞恥心を掻き立てるゆえに。
―――――あとがき
こんにちは。今回の話は楽しんでいただけたでしょうか。個人的に、第四象限というタイトルはとても気に入っています。この第四階層こそが主人公の第二のステージであり、x軸を中心に180度回転させると、第一象限にあった点は第四象限に来るからです。
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